第11話 そして、未来は変わる
夜になり、街灯がつき始める頃。
私は今、家の前にいる。
それは一見すればごく普通の光景だろうが、今回は少し違う。
家の玄関までの間には少し開けた原があって外と中を区切るための柵がある。
そして、その柵の入り口のところに私は立っている。
あの、青年と共に。
そう、あの青年と共に。
見知らぬ青年と家の前に並んでいる。
なんとも衝撃的な光景だ。
ーーー
少し話を前に戻そう。
「……え?」
狭い路地裏にそんな呆気に取られた間抜けな声が響いた。
私は唖然とした。
何故、青年の口からイヴリンの名前が出てきたのか全くわからない。
もしかしたら、イヴリンに対して何か悪い印象でもあってそれを晴らしにきたのか?
……なら、そんな奴が人を助けるか?
じゃあ、なんなんだ……?
「……もしかして、君」
そうすると青年は私に改めて近づいてくる。
私は咄嗟に殴りの構えをとる。
精神を右腕に……。
私は青年を全力に睨みつけた。
「……え?あっ!いや別に君に何かしようってわけじゃ」
「……フラッシュっ」
ちなみに、これはフェイントをかけることにしている。
右腕に精神を集中させながら殴る瞬間に右腕から精神を上手い具合に回して思いっきり左足で回し蹴りを入れてやる。
不審者は成敗だ。
私はそう考えながら私は青年に向かい拳を……。
「君!レーラちゃんだろ!?」
……ん?
今、家族の呼び方で私のことを呼ばなかったか?
「……あれ?」
しかし、それに気づいたのも虚しく青年は私の右腕を受け流しながら横を向いたところに私は体制を変えて放つ左足の蹴りが勢いよく脇腹にクリティカルヒットしている。
私は青ざめる感覚を味わいながらも、全力の蹴りを止めずに放った。
壁に打たれて一回青年は気を失いかけた。
なんとか意識を保っていたが、油断をしていたようでろくな受け身をとれていなかったらしい。
「……すいませんでした」
「いやいや、僕の方が悪いよ。急に近づいて。そりゃ警戒されるよね」
そういうと苦笑いをしながら青年は立ち上がる。
首をぽきりと鳴らすと片手を腕に上げて軽く伸びをした。
「……あの、父とは一体どういう関係なんですか?」
私はそれを聞きたかった。
なぜ、父を探しているのか。
関係を持っていたのならばどういう理由で持つことになったのか。
それを聞かない限り、安心はできない。
もし、悪い理由であればなるべく被害を最小限に抑えて事態を収束するべきだ。
そうすると青年は改まったような姿勢とって話し始めた。
「ええっ、と。最初に名乗るのが遅くてごめん。僕の名前はシャルル・エルディット。元エルメデル王国軍の魔術参謀長を務めていたものだ」
……エルメデル王国、確かリツェード王国と大きな森を挟んだ先にある国だったはず。
エルメデル王国はこの世界では大きな国ではないが力はとても強大な国だったはずだ。
こちらも具体的には調べていない。
もしかしたら、もっと具体的に国だとか地図とかはしっかりと覚える必要かもしれない。
……というか、地図は見たことないな。
あくまで国の配置も知識としてしか覚えていない。
努力が足りんな。慢心はいかん。
…………この状況で、私はどうやって慢心してるんだ?
あっ、自分にツッコミ入れてる場合ではないな。
この情報から導き出されるイヴリンとの共通点……。
それを探さなくてはいけない。
王国軍の魔術参謀長。
魔術参謀長っていうのは戦争をする際や武力同士のぶつかり合いの時に魔術の方の軍を動かす権利のある、とても地位的には高いお仕事のはずだ。
………もしかして、私はとんでもない人に蹴りを入れたんじゃないか?
そんな権限を持つ人を思いっきり全力で蹴りだしたのか。
首が飛ぶのも覚悟した方がいいかもしれないな。
といっても、「元」らしい。
元ということは、今はその役職ではないわけだ。
なら、左手はもしかしたら魔法参謀長時代に落としたのかもしれないな。
……じゃなくて、共通点だっての。
まったく思い当たる節がない。
正直どこが共通点なのかがわからない。
………なら、イヴリンの仕事から当たってみるか。
確か、イヴリンの前の仕事は王都騎士。
王都騎士……、ん?
ってことは……。
そうするとシャルルが話しを続けた。
「君の父であるイヴリン・リームレットとはその王都軍以来の友人なんだよ」
……やはりか。
イヴリンの王都騎士っていうのは国軍の騎士。即ち王都の騎士。略して王都騎士である。
「そういうことですか」
これで納得がいった。
それでの関係があったのか。
ここで敵同士だったらと言われたらどうしようかとも思ったが答えが良い方で何よりだ。
「これで誤解は晴れたかな?」
「はい、先程は本当に申し訳ありませんでした。元とはいえ魔術参謀長の地位におられる方に対してあんな蹴りをしかけてましてやそのまま飛ばしてしまうなど……」
私は出来る限り丁寧に謝罪の弁を述べた。
これだと少し固すぎるかもしれないが、私の時代の子供はこれくらいこの年で出来る奴もいた気がする。
……いや、ここは世界が違うのか。
「いやいや、今は1人の冒険家さ。そんな畏まって謝罪されたり対応されるのは距離が天と地ほどあるように感じられて嫌なんだよ」
「なら、もう少し緩く接した方がいいのですか?」
「そうだね。そちらの方が僕は嬉しいな」
青年はそう言いながら優しそうに笑う。
あぁ、笑顔すら眩しいよ、あんたが主人公だ。
私はここから早く逃げたいよ。
しかし、冒険家……か。
もしかしたらこれを利用すれば私は冒険家になるきっかけを作ることができるかもしれない。
彼が冒険家として功績を残していたり、イヴリンの信頼できる人であるならば、これを理由に少しは話を進展させられるかもしれないな。
これは、利用価値がある。
悪く聞こえるかもしれないが、私はこちらの世界では使えるものを最大限に使わなくてはいけない。
やはり、こういう機会も大切にしていかないといけない。
「……で、そんな冒険家のシャルルさんがどうしてこんな街に?」
「それはさっきも言った通り近くに来たから久しぶりにイヴリンに会いに来たんだよ」
そう言いながらシャルルは私の顔の高さまで顔を持ってきて微笑む。
「あと、君に会いにね」
その言葉を優しい声で言った。
……多分、普通の女性はこういうところで恋するんだろうなと男でもわかってしまう程の力がある。
シャルルは美形だ。
カッコいいっというよりかは、美しいに近いだろう。
カッコよさよりかは優しそうな感じの美形の人間と言えるだろう。
……いや、そもそもここの世界の人は美形の人が多いのか。
前世に比べると、カッコいい、可愛い、美しい人が多く感じられる。
…………っと、思っていたが。
実は、最近わかったことがある。
本当は、私の周りの人に美形が多いだけで大差はないんらしいのだよ。
衝撃の事実である。
まぁ、要するに顔はそこまで違いはないということだ。
「……なぜですか?」
「君は覚えてないだろうけど、僕は君の出産に立ち会っているんだよ」
えっ、そうなのか?
でも、確かあの時男の声は1人しか聞こえなかったはずだが……。
「でも、出産の瞬間は外で布とかの準備でいなかったんだけどね。ほぼ立ち会ったのと同じだよ」
……あぁ。そういうことか。
なら、声が聞こえなくて当然だろう。
「そうだったんですか」
「だから、レーラちゃんにも会いにきたんだよ」
そうすると、少しの沈黙が流れた。
それは重くはなかったが、私的にあまり得意な空気ではないことはわかった。
しかし、目をそらすわけにはいくまい。
「……すこし、頭を撫でてもいいかな?」
「……え?」
そして、飛んできた質問に私は驚いてしまった。
何故、急にそんなことを言い始たんだ?
なんだ?血迷ったのか?そうなのか?
……だが、私はすぐに違うことを悟った。
彼の目にある慈愛に近い視線。
それは、多分娘に向ける視線に近いものだったと私は思っている。
この、目にこもった感情はそういうものだと私は気づいた。
そして、その奥にある複雑な愛に似た悲しいもの。
「……はい」
私は、静かにそう言った。
嫌なわけではなかった。
彼のその感情に気づいたから、嫌ではなかった。
シャルルはそれに反応すると、そっと頭に手を触れた。
頭に当たると一瞬離れて、しかしまた頭に触れるとそっと手を広げて手を乗せる。
それはまるで、何かに怯える犬のような仕草に私は思えてしまう。
だからこそ、私は嫌がることをしない。
嫌な感情もあったりしなかった。
「………」
シャルルの表情には嬉しさに染まりながらも奥の悲しみを少し多めに滲ませているように見えた。
私は、それがただの悲しみではないことが理解できる。
……何か、過去にあったのだろう。
辛い人の顔をしている。
前世での、企画のメンバー選抜の時に私は効率を重視して選んでいた。
それで正しいのだろう。
ただ、昔はそれだけだったが今やれと言われると辛い。
頑張ってきた者が選ばれなかった時の落胆。
今ならその気持ちがわかる。
………いや、たかがこれくらいの努力で何をいきがっているのか。
もっと、私の知るものよりももっと辛いのだろう。
恐らく、比にならない程の努力を重ねてきているのだから。
言葉で突き放す時、決まって顔は貼り付けたような笑みを作る。
「……わかりました」
しかし、目の奥の色はやけに蒼い。
暗い、どちらかといえば紺色に近いだろう。
その時の顔が、今のシャルルの顔に近いかもしれない。
だが、彼のそれはもっと深い。
蒼さの色は近いが、もっと別のものが混ざっているように見える。
もっとドロドロとした、血液に似た何か。
赤黒い深淵深くにあるような痛みに近しい感情。
言葉で表そうとするならば、明らかに浅はかなものだと言えるもの。
仮に、今は泥と言おう。
その泥が目の中から溢れているように見える。
過去に何かを見た。そんな、人の目の色だ。
そのあと、私はシャルルに頭を撫でられ終わると2人で自宅に帰ることになった。
ーーー
そして、現在である。
いつもの帰宅時間よりも結構遅れている。
多分、クレアもイヴリンもあまり機嫌はよくないだろう。
「……入らないの?」
シャルルはそう私に聞いた。
正直、どんな顔をすればいいのか私は不安だ。
いや別に、普通にしていればいいのだろうが、私はいない方がいいのではないか?
感動の再会を邪魔してしまいそうで嫌なんだよな。
「……レーラか?」
「……あ、」
そんなことを考えているとイヴリンがドアから出てきた。
やばい、明らかに不機嫌な顔をしている。
そうするとイヴリンは私の方に歩いてきた。
「前から言ってるだろう、暗くなる前に帰って来ないとダメだっ……」
そう言いながら近づいてきたイヴリンは途中で止まった。
シャルルは笑みを浮かべた。
「……やぁ、久しぶりだね。イヴリン」
「………シャル、なのか」
「それ以外見えるのかい?」
その言葉を聞くと、イヴリンは黙った。
だが、決して悪い沈黙ではない。
イヴリンの目に映るのは、安堵の感情だ。
だが、その感情が乱れた。
「けど、お前なんで左腕が……」
それを指摘されると、シャルルの表情は一瞬曇った。
だが、その表情はすぐに前のような笑みに戻る。
「それは家でゆっくり話そうじゃないか。奥さんもレーラちゃんのことを心配しているだろう?早く顔を見せてあげるといい」
「……大丈夫なのか?呪詛の類では」
「違うよ。いやはや、僕も油断してしまってね」
シャルルは少し照れるように笑った。右手で頭に当てながら。
「まぁ、家でゆっくり話を聞く。ここにはどれくらいいるんだ?」
「うーん……1週間くらいかな?次の依頼は受けていないからもっといれるけどね」
「わかった」
そうするとイヴリンは後ろを向いて玄関に向かい始めた。
「……あれ?久しぶりに友人に会ったのに、掛ける言葉はそれだけ?」
その言葉を言うシャルルは、少し寂しそうに、しかし揶揄うような言い方だった。
「…………」
すると、イヴリンは振り向いた。
その表情は少し照れ臭そうだったように見える。
「あー……」とイヴリンは時間をおいて、
「おかえり、シャル。よく会いにきてくれた。嬉しいよ」
「……随分と丁寧な対応だね。……ただいま、イヴリン」
それを言うと、2人は声を出して笑った。
2人のその姿はとても微笑ましいもので、私は見ていて心が温まった。
ちなみに、家に帰ってすぐに私は色々と怒られたのはいわなくてもわかることだろう。
「いらっしゃい。エルディットさん」
「はい。お久しぶりですね、クレアさん」
クレアはそう言いながら紅茶を持ってきた。
しっかりカップも客用のものを使っている。
初めて見るな、結構綺麗に柄が入っているもんだ。
あとで貸して見せてもらおうかな。
ああいうアンティーク調の小物は好きだ。
西洋系のものは割と憧れがある。
昔からジッポのライターが好きだったのだが、煙草を吸わないのに必要ではないなと思ってしまって買うことができなかった。
こっちの世界にあったら買ってみようかな。
………多分、ないと思うけど。
「まぁ、適当にくつろいでくれ」
「にしても、大きな家だね。結構奮発したのかい?」
「いや、予算内にしっかり収まるものにしたよ」
「……さすが、王都よりかは土地が安いんだね。周りの畑は君の?」
「いや、それは街中に暮らしてる人たちが日当たりの良い場所ってことでここら辺に土地を買っているらしい」
「へぇ、そうなんだ。こんな広いとレーラちゃんも元気に動き回れていいね」
そういうとシャルルは頭に手を乗せようとしてきた。
すっ、と私はシャルルの手を躱す。
さすがに2度は触らせない。セクハラで訴えるぞイケメン。
「あれ?ダメなのかい?」
「レーラ、こいつは女たらしだから気をつけるんだぞ。色んな女のところを転々としてるんだ」
イヴリンの言葉を聞くとシャルルは少し目の奥にあの時の赤い泥を見せた。
しかし、すぐにそれを消して私の耳元に口を寄せる。
「……知ってる?レーラちゃん。昔イヴリンはクレアさんがいるにも関わらず他の女の人っ」
「待て!やめろ!俺が悪かったからその話をぶり返さないでくれ!」
おいおい、イヴリンがそんなゲスな不倫をするはずがなかろうに。
そうして私はクレアの顔を見る。
「……………」
あ、駄目だ。これはマジなやつだ。
私が妻に隠して娘にゲームを買ってきた時よりも怒っている。
やはり、激怒する妻は恐ろしいものだ。
心なしか茶器を洗い方が荒々しいように見えてくる。
妻は怒らせるものではないぞ、イヴリン。
そいつはナンセンスだ。
女を怒らせると怖いぞ、私もあの時の妻の表情を思い出すだけで背中に冷や汗が流れる。
「わかればよろしい。ごめんね、クレアさん。嫌なことを思い出させて」
「いえ、あれは不慮の事故みたいなものでしたので」
「……あれは本当に申し訳なかった、クレア」
「……あのね、イヴリン。悪くないんだからもう少し堂々としてくれたら私も怒らないのに」
「いや、でも事実だから……」
「ははっ、相変わらず尻に敷かれているんだね」
そんなことを話しながら3人は笑いあっている。
………私は、不要だな。
そう思い私は部屋から出て書斎に向かった。
そのあと、私は椅子に座り1人で本を読んでいた。
今日の朝読んでいた冒険小説の続きである。
だが、正直意識はそちらに向いてはいなかった。
……どうすれば、私の冒険家育成学園、ここでは少し減らして冒険家学園としよう。
それの入学を許可してくれるだろうか。
シャルルは利用するには良い駒だ。
元魔術参謀長だった冒険家。プラスしてイヴリンの友人。
これを利用しない手はない。
だが、どう利用すれば良いか?それが問題である。
私の思いを率直にぶつけるのが正しいのだろうが……。
「世界で名を轟かせる人になりたい!」というのがオブラートに包んだ言葉。
「こんな人生をよこしやがった脳無し能無しの糞神に復讐してやる」って言うのが本心むき出しの言葉。
明らかに前者の言葉を使えば、夢というものを追いかけさせてくれるクレアは許してくれるだろう。
しかし、問題はイヴリンだ。
イヴリンはそういうことに対して敏感だし、すごい反対すると思う。
確か、エルフ族と子作りをするのはとても大変だったはずだ。
繁殖能力が薄いから、当然だろう。
………そういえば、そこのところもまた今度確認しておかないとな。
多分同じだと思うけども。
それはひとまず置いといて、そんな1人娘を危険な仕事に就かせたくない。そう思うに違いない。
ここで、シャルルの登場だ。
シャルルを上手く口車に乗せて、冒険家学園のところに同行してもらうことにすれば、きっと冒険家学園入学までの話は上手くいくだろう。
他にも、冒険家になること自体に対する悪影響を消すことが出来ればこちらの勝ちだ。
さて、そこまでどうやって持って行くか……。
結果的にループだな。
「あ、レーラちゃん。こんなところにいたんだ」
その声は、突然聞こえてきた。
私はびくっと体が跳ねる。
本から目を離して振り返るとそこにはシャルルが立っていた。
「ど、どうしたんですか、びっくりしました」
「急にごめんね」
そう言うとシャルルは私に近づいてきて椅子の高さまでしゃがみ込んだ。
「ねぇ、レーラちゃんにとって『生きる理由』って何かな?」
シャルルは私に問いを投げた。
なんとも哲学的だな。私はそういうのに興味はない。
だが、答えるとしたらなんて言うだろうか。
………。
「生きる意味、なんて考えてどうにかなるものではありませんよ」
私はそう言った。
シャルルはその言葉を聞くと、少し目の光を薄める。
だが、私はそれを気にせず話を続けることにした。
「考える時間があったらそいつは大層な暇人です。人間なんて日々追われながら生きているものですから。追われるものには違いがありますが」
私は立ち上がる。
久しぶりに演説調のやり方になってしまうが、まぁ気にしない。
「何かに追われてるのは時間のない人。しかしそれでも意義のある人です」
その言葉を聞くとシャルルは目を見開いた。
「前を向いている人だからこそ、見えるものがある。それはきっと生きる意味を考えている人よりもよっぽど立派なものだと私は思います」
私はなるべく自分の意思を上手く言葉にして伝えた。
だからこそ、この言葉には嘘偽りが一切ない。
なんでこんなことを聞いたのかはわからないが、シャルルは満足そうな顔をしているので良しとしよう。
「うん。君のその言葉で納得がいったよ」
シャルルはそう言うと背筋を伸ばした。
「聞いたよ、レーラちゃんの話。生まれてから直ぐのこと。神才のこと。そして、冒険家になりたいこと。世界に名を轟かせる人になりたいってこと」
多分イヴリンあたりが全部話したのか?
いや、どちらかといえばクレアの方だろうな。
「はい。いつかはそういう人になりたいと思っています」
そういうと、シャルルは目を細めて私に聞いた。
「具体的な方法は、あるのかい?」
ひどく冷徹な声だった。
まるで心の中までもを氷漬けにされるような声に私は聞こえた。
場の空気も心なしか冷たく感じる。
背筋に感じる不安と恐怖に近しい感情。
だが、私はなるべく怯まないように見えるように言った。
「それを、貴方と作り上げるつもりです」
ここは、正直に言った方がいい。
下手に嘘をついて見透かされていたら困るのは私の方だ。
ここは交渉術の活かしどころ。負ける訳にはいかん。
……と、考えていた。
「そうか。なら、丁度いい。僕もその話をしにきたんだ」
返ってきた返答はなんともあっさりとしたものだった。
………拍子抜け、というものが1番近しい。
もはや、驚きとは違うものだろう。
体の力が抜けてへたり込みそうになるのを堪え、私は話を聞く。
「何故、あなたを利用するという発言に対して不満を持たないのですか?」
「そんなのわかってたよ?利用しようなんて考え」
……何?考えが読まれていたのか?
嘘だろ?昔はそんなことくらい隠し通せてたのに……なんでだ?
「……なんでわかったんですか?」
私はその問いを率直にぶつけた。
「そんなの簡単だよ。さっき聞いた冒険家になりたいという話で納得がいったんだ。君は僕と会った時に揺さぶりを入れなかっただろう?」
そう彼は笑いながら言った。
……私が、疑いをかけなかった、そういうことか?
「君の性格ならもっと僕を疑ってもいいはずなのに、どうしてだろうと思ったが、それは利用するためだと言われたら答えはそれしかない」
…………、もしや、
私は、多くの人と接しているうちに『疑い』というものが疎かになっていたのか?
あり得ない、前世ではそんなことなかったのに……。
疑って、しっかりと信用できるまでに揺さぶりをかけてたはずなのに、今ではそれが雑になっているというのか?
…………。
「もう少し、人を疑った方がいいよ」
………言われなくてもわかっている。
少し、気を引き締めないといけないな。
気をつけていこう。
「わかりました」
私は素直にそう言った。
「うん。じゃあ、話に核に入ろうか」
そういうとまた、さっきの冷たい声、そして真剣な表情になった。
「僕はね、君が友人の子というのを贔屓の目を抜いても、面白い子だと思った」
そうシャルルは言った。
……まぁ、7歳の幼女という着ぐるみを着ている50代のおっさんだからな。
側から見れば面白いだろうよ。
そういうことを言いたい訳ではないだろうがな。
「ありがとうございます」
「あと、夢を追う人の味方になりたいという、僕の意思もある」
そう笑いながらいう姿はなんともカッコいい。
何回も言うが、眩しいよ、この人。
「だからこそ、僕は君に手を貸そう」
彼は輝く瞳を向けてそう言った。
きっと、この言葉に嘘偽りは一切として存在していない。
それはわかる。
「……いいんですか?なかなか難しいですよ、世界に名を轟かせるなんて。だって、私の神才は神技だとかは全く書いてないんですよ?」
私は、率直な現在の感想を口にする。
これでは、どうしようもできない。
私はそう思っていた。
だが、シャルルは笑った。
それは不敵な笑みに近い、何かを嘲笑うようなものだった。
「それを利用すればいいんだよ。やはり君はまだ理解できていない」
シャルルはそう言った。
「君は、僕なんかよりもよっぽど利用でいる材料を初めから持っていたんだ」
………え?
なんだと……?そんなもの、私に与えられているわけがないじゃないか。
ありえない………ありえないだろう。
そんなこと、断じてないはずだ。
そんなことを考えている時、シャルルは私の座っていた椅子の近くにあったテーブルの上にある本を指さした。
「そこにあるのは君の才能書だね?」
私はテーブルの方を向く。
たしかにそこには才能書があった。
中身が殆ど、いや全くと言っていいほど白紙の本なのだがな。
本の外見は赤色の上に黄色い刺繍がある、とても洋風なデザインだ。
「………ええ。あの白紙の本がどうしたのですか?」
そう言うとシャルルはこう言った。
「最初のページの右下、そこに作者と書いてあるだろう。そこに名前はなんで書いてあるかな?」
最初のページの右下、か。
私は言われた通りに本を開いた。
あ、たしかに作者と書いてある。
だが、おかしなことに作者とは書いてあるが、肝心の名前が書かれていないのだ。
「………あれ?」
私は驚いてしまう。
だが、それとは裏腹にシャルルはやはりという顔をした。
「それが、大切な材料だよ。レーラちゃん」
そうした彼は衝撃の言葉を続けた。
「それを利用すれば、君は世界に名を轟かせるどころか、『神』にすらなれるんだよ」
「…………え?」
私は、唖然とした。
今、なんて言った?
神、と言ったのか?
私が、神になれる?
本当に、そんな話があるのか?
頭の中を一瞬にして真っ白に染められてしまった私は何も言葉にできず、腑抜けた声を出していた。
だが、シャルルの目は真剣だった。
「それは簡単なことなんだよ」
そして、彼は極め付けのように、確信に迫る一言を私に放ったのだ。
「君が、『勇敢』の神才の原初になればいい。即ち君が才能書を作り上げればいいんだ」
それは、あまりにも単純でありながら。
しっかりと意味を持った一言だった。
神才の原初。即ち、神の才能の原本である。
それは、即ち自らが『神』の才能の元になるということだ。
その日、私の運命は大きく変わり始める。
この、シャルル・エルディットという男によって。




