第10話 出会いとは唐突に
昼時、1人本を読んでいた。
丁度今は冬を越えた春。
日向ぼっこするには丁度いい。
書斎には私しかいない。
ぼーっと椅子に座って本を読みふける。
なんとも素晴らしい贅沢である。
書斎は前に言った通り本がいっぱいある。
少し几帳面な性格のせいで並べ直したりしたので整理されていて割と綺麗に本が置かれている。
どうしてもジャンル分けしたくなってしまうのは過去の書類整理のせいと言えるだろう。
正直、揃ってないのが嫌なわけではない。
ただ気にはなる。それが本心だ。
直さなくてもいいが、直した方がいいと考えてしまうのが私の感覚と言えるだろう。
昔からそういうことを基本的にやっていた。
特に他にやることがなければ周りの環境の効率化を重視して部屋の中のものを片付けたり、並べ直したり、別のところに配置してみたりなんてことが私にとっての暇つぶしだった。
それは将来、色々な観点から物事を見るというところの育みになったと思えるようになったので結果オーライ。
そう考えないと、昔から誰とも遊んでいないように見えてしまう。
……決してそういうことではない。
「……これで3冊。今日はこの辺にしておこう」
私は独り言と共に本を閉じる。
今日だけで3冊も冒険小説を読んでしまった。
なんとも素晴らしい時間ではあるが、やはり体を動かしたりするために街に出た方がいいだろう。
……これは、ふと最近思ったことなのだが。
私はあるときに、父と一緒にヒミレニアム街を更に下り、山を1つ超えた先の王都に行ったのだ。
名前は王都アーマゼルド。王都の中では大きな部類に属するらしい。
ちなみに馬車に乗って行った。
人生(前世を通して)初めての馬車に私は楽しみにしていた。
正直、乗り心地はあまりよろしくはない。
安定もしていないので何か石ころとかを踏むとがたんと揺れるのでゆっくり寝ていられない。
だが、酔いはしなかった。
あまり車酔いとかはしない方だが、ここまで揺れても酔いがなかったのは意外だ。この体も酔いの体制が強いのかもしれないな。
ちなみに半日で王都についた。
あまり大きな山ではないのだろう。距離的に考えれば15㎞程度と考えられるな。
……っと、話が逸れてしまった。
で、私は王都に行ったわけだが。
イヴリンは私に馬車の中でフード付きの黒い布を渡されて、これを王都では被っておくようにと指示された。
なんのことか正直私には分からなかったが、イヴリンの言いつけを守りながら王都に入ったときにその理由がわかった。
エルフ族は、基本的に『奴隷』扱いなのだ。
魔術の適性が高く、基本的に外見は美形のエルフ族。
前世で読んでいた小説でもエルフはそんな扱いを受けていたことをここで思い出した。
私もエルフだということがバレたらこういう風に奴隷扱いされてしまうから、こうやって黒いフードを被らせているのだろう。
奴隷を売っている『奴隷商会』には、多くのエルフ族やいわゆるドワーフ族が並んでいる。
服を剥かれた小さい子から大きな奴まで奴隷商会ではそれに値をつけて売ったりしていると考えると、とても考えるものがある。
……そうか、私は種族的に無理があるのか。
私はここで、男尊女卑よりも大きな壁を見つけた。
通常の一般人たちは『人種』と呼ばれている。
まず、ここで差別が生じているのだ。
私たちエルフやドワーフはその『人種』には入っていない。私たちは『人族』。
なんとも酷い言われようである。
「……レーラ、あんまり見るな」
イヴリンは気を使って私の目を塞いだが、私も馬鹿ではない。
「……わかっていますよ、お父様」
私は悟ったような口ぶりをしてイヴリンに言う。
少しレトロな街中、一角にあるこの商会の意味。
人が裸に剥かれて値札を貼られて売られている。
わかるさ。私はここには並ばない。
絶対こんなことになってたまるか。
私は、断じてこうはならない。
「………っ」
イヴリンは私の頭をそっと撫でる。
少し手が震えているように感じた。
だが、私は何も言わない。この気持ちを理解するのに時間は必要ないだろう。
ありがとう、不安なのはわかるが、安心しろイヴリン。
私は、君が思ってるよりも強いよ。
……と、私は当時そんなことを思っていたが、
よくよく考えると、とんでもないものだ。
更に詰んでいるではないか、私の人生。
本当に、手のかかる人生にしてくれやがったな神様。
絶対に許さない……。
まぁ、今色々と言うのは時間の無駄だ。
ドライに行こう。その方が心も楽だ。
……だが、この人種差別については見逃せない。
クレアもこういう仕打ちを受けてきたのだろうか?
しかし、クレアの話を聞く限り学校でいじめられる程度の可愛らしいものだと思っていたのだが。
いや、学校とかのいじめも最近は酷いらしいな。
私はそういうのは全然気にしない人だったが。
それで自殺者が出ているのだからこれは大きな問題なのだろうな。
………別に誰が悪いわけでもない。
いじめた奴が悪いと思うが、精神やそれに至るまでの経緯の中で親が気づかないのかという気持ちも心の中には混在している。
だからこそ、私は誰も咎めない。
それが答えとしてふさわしいと思っているからな。
……話が逸れてる気がする。
「ひとまず外に出よう。そうしないと何も始まらない」
私はそう一人口にすると着替えて玄関に向かう。
「あら、レーラお出かけ?」
玄関近くにはクレアが立っていた。
靴箱の整理をしているらしい。
「はい。少し街の方まで」
「そう、気をつけてね」
クレアはそう言うと靴を私の前に出してくれた。
「行ってまいります」
その綺麗に揃った靴を軽く履くと、私は風のように走って出て行った。
ーーー
今日も街は賑わっている。
露店が多く並び、人の客引きが響く活気溢れる街である。
「お、レーラちゃん!おつかい?」
街では私は少し知られている美人さんらしい。
最近は露店を出しているおじいちゃん達に話しかけられることも多くなった。
まぁ、エルフだから目立つと言うのもあるのかもしれないな。
「いえ、単純に街を散策するだけですよ」
「そうなのかい。ところでっ、この果実ジュース一杯どうだい?レーラちゃんなら金貨1枚のところ銀貨1枚と銅貨3枚におまけしちゃうよ!」
「あと銅貨をもう2枚減らしていただければお金が足りるのですが……」
私はそんな商売を投げかけてきた露店のおじさんにそんなことを上目遣いで言う。
これも商売術の1つだ。
子供というのはある意味徳である。
そして、それを使わずは子供の身分の無駄遣いをしているも同然。
「……しょうがないな、今回はおまけだよ」
「ありがとうございます!」
負けた露店のおじさんは歯を見せて笑いながら私の前で赤い果実をそれ専用の鉄器具で絞ら始めた。
私もその行動には満面の笑みで返すべきだろう。
これにより、私は彼に印象を残すのだから。
「ほいよ!またおいでな」
「はい。それでは」
ジュースを受け取るとそんな会話を交わして私はまた街を歩き出す。
何ら変わらなく人が多いこの街。
今日は少し街外れの方まで行ってみるか。
なんてことを考えると私は1人、街から出るための街入門の近くに行く。
ちなみに、この世界は街に入るためにはお金を払わなくてはいけないらしい。
この街自体がここの田舎では大きな街なので、ある意味王都的な扱いを受けているみたいだ。
まぁ、私は基本的にこの街から出ないのでいいのだが。
ちなみにここの世界の住民票みたいなの、いや最近はマイナンバーというのか。
それを見せるとお金はかからないらしい。
簡単に言うと、この街の住人は外に出て帰ってくるときはお金を取られないということだ。
まぁ、住民だからな。当然だろう。
「……さて、門の近くに来たのはいいですが……」
私は街外れのところについて周りを見る。
中心のところよりかは活気が薄いが、それでも割と賑わいがある。
それぞれが声を出し、しっかりと生気が感じられる。
「……何をしましょうか」
私は特に何かしようと言う理由で来てはいないのだが、何かするために外に来たのだ。
ならば、何かするべきなのだろうが……。
何をするべきかが見つからない。
なんか、すごい嫌な言い方になるから何回も言うのはやめておこう。
結果的にフラッと街の端を回ることにした。
特に何もすることがないのだから、何か新たなものを探す。それくらいしか思いつかないからな。
ちなみにここの街は人種差別はない。
もともとここを領地としている国の長が人外らしいので、そういうところについての差別はないらしい。
具体的な国名は確か……【リツェード王国】。
初代の長の名前を国名にするという現代でもよくある話だ。
昔あった『新生戦争』では正軍の方。
正軍の中でも、エルフが基本的に指揮を取っていた一派の国だ。
国を創った当時は、他国からの非難もあったが全ての人々を受け入れる国家として今ではこの世界の国々で2番目に大きい国になっている。
という感じだ。
多分、こういうのは冒険家学園でしっかりと習うから私も断片的にしか知らない。
まぁ、知るべきことだと気づいた時にしっかりと学ぶとしよう。
「………あ」
そんなことを考えている時、私はあるものを見つけた。
綺麗な淡い青色をした花だ。
形は薔薇の形状に近い。しかし、棘はない。
しかも茎の部分が薔薇よりも少し長く、あの世界の植物でないことを教えてくれているようにも思える。
「……綺麗、だな」
私はボソッとそんなことを呟きながらその花を見つめた。
この花の種が欲しい。
綺麗な花を見ると育てたくなる。
しかし、この花の名前がわからん。
確か家に植物図鑑があったが……、生憎と今は持ち合わせがない。
なんということだ……。
一回家に帰るか?
……正直面倒くさい。
どうしたものか……。
路地裏のコンクリートの間から生えた綺麗な花に、私は困らせられていた。
「……その花の名前が知りたいのかい?」
そんな時、背後から言葉が飛んで来た。
私は思わずビクッとしてしまう。
驚きと恐怖が一瞬大きく感じられた。
私はゆっくりと声のした背後を振り向く。
そこには、優しそうな顔をした青年が立っていた。
顔立ちは若く、イヴリンと同じくらいか少し下に見える。
茶色い髪に白髪が少し入っているのがわかり、少し厚めの布地で出来た灰色のローブを着ていて、左肩の部分には黒い布が取り付けられている。
背丈は180後半くらい。前世の私くらいと言えるだろう。
よく見ると、首から住人表の代わりをしているプレートを下げている。
すなわち、ここの住人ということだ。
「……はい。そうですが……」
「見せてごらん」
私は警戒するようにそういうと、青年は私の方に近寄ってきて花を見た。
そこで、私は1つ気がついた。
この青年は左手がないのだ。
布を取り付けていることであまり気にしていなかったが、たしかに正面から見たとから左手は見えていなかった。
布は、多分切れ目のところを隠すためにつけているのだろう。
しかし、それを全く気にしていないことからこの傷を負ったのは結構前だというのがわかる。
しかも、ローブを着ているから魔術師か何かなのだろう。
「これは、ミリオ二という花だね」
「種はどこかに売っていますかね?」
「うーん……どうだろう。僕も久し振りにここに帰って来たからわからないな。ごめんね」
青年は花の名前を言うと申し訳なさそうに私にそう言って来た。
どうやら、ここには久し振りに帰って来たらしい。
「いえ、お名前を教えていただきありがとうございます」
「いやいや、少し困ってるように見えたからね」
青年はそう言いながら笑う。
なんだ、その主人公みたいな理由。
眩しいなぁ………。
そんなことをのほほんと考えていた。
「……おい!そこのエルフの前にいる奴は誰だ!」
「てめぇ!先取りしやがって!」
「あの男の方は殺しても構わない。だけどあのエルフの方は傷つけるなよ?あれは大切な商品だからな」
しかし、そんな平和な時間はすぐに消えてしまう。
建物の陰から3人の男が出てきた。
「……盗賊、か」
青年はそう呟く。
私のことを商品と言っているところから、やつらは奴隷商会に雇われた盗賊、もしくは傭兵とかだろう。
……運悪く、ここで助けを呼んでも人は駆けつけないだろう。
こんな路地裏だ。口を塞がれれば一貫の終わり。
どうするか……、逃げるか?
いや、相手は3人だ。回り込まれればおしまいだ。
戦うにしても、一対一なら多少はできるだろうが三対一は圧倒的に不利だろう。
私は微量の汗を流す。
焦りはないが、恐怖の感覚は多少ある。
銀行強盗にあった気分といえば伝わるだろうか。
しかし、死ぬなら死ぬとか、そんなことなどこの人生で考えたら負けだ。
それなら、生まれた意味がない。
生きるために人は生まれるのだ。
しかも、こんな逆境人生。こんなところで引き下がってしまっては意味がない。
ここまでの努力を無駄にしてたまるものか。
「……君は下がってて」
そんな勝てる術を探していた私に対して青年は優しくそう声をかけた。
「………」
この言葉を信用していいのだろうか?
この青年のカッコつけではないのか?
さすがに見ず知らずの青年をすぐに信用しろと言われてできるほど肝っ玉は座っていない。
「……大丈夫。僕は平均より少し、強いから」
そんな、なんとも曖昧な言葉を青年は私に向かって言った。
しかし、その言葉は妙に信頼できるように感じられた。
何故かはわからない。
目に映っていた自信が確かであったかと言えば、そうでもないのだろう。
行動の中に強さがあったかと言われれば、そうでもないのだろう。
だが、信用できるように感じられた。
「……わかりました」
私は自分の勘と、彼の自信を信用する。
「さっさと殺すぞ!3人でやれば一瞬だ!やれぇ!」
そうすると3人は一気に青年に向かって走り出す。
2人は短剣を構えて姿勢を低く、そしてもう1人は拳でこちらに向かってきた。
この青年は背中に杖を担いでいた。
魔術でも使うのだろうか。
私はそんなことを考えていた。
だが、彼の背中には妙な安心感がある。
私はそれに対して少しホッとしていた。
そして、短剣を持った2人は飛びながら構えを何もとらない青年に襲いかかった。
瞬間、青年は右側にいた男の短剣を持っている右腕を払いながら膝を曲げて屈み、鳩尾に一撃かました。
すると男は泡を吹きながら飛んでいき気絶した。
最初は、ただ殴ったのかと思っていたが、1つわかったことがある。
あれは精神拳だ。
何も構えを取らなかったのは、体の全てに神経を集中させるためだろうというのを思い出した。
そういう精神拳の技を私はイヴリンから教わっている。
しかし、それができるのは相当に鍛錬したもののみだみたいなことをイヴリンが言っていたのも同時に思い出していた。
即ち、彼は魔術師ではなく武闘家だということの証明でもあった。
しかし、そんな考えを青年は簡単にこわしてしまう。
「『風よ、その身を集めて糧となれ。風魔術【疾風の咆哮】』」
そのまま殴った手を流すかのように左側の男の首元付近に右手を当てそんな呪文を口にした。
するも、当てられた手から風が放たれてまるで喉元に剣道の竹刀でも打たれたかのように後ろに飛びのいて壁にもたれて倒れてしまった。
彼はどうやら魔術も使えるらしい。
大谷◯平みたいな二刀流というやつだ。
なんとも恐ろしいものである。
「……はっ!油断したな!馬鹿野郎!」
「……っ!?」
しかし、もう1人の男は両手が塞がっている青年の上を軽々と超え、私に向かって走ってきた。
私はガクガクと怯え、それに対して男は私の首を掴んでとらっ……。
「『閃光撃』」
なんてことをさせる暇もなく、隙だらけだった男の象徴目掛けて全力の『閃光撃』を放った。
さすがに、信用していても対策くらいとるだろう。
私だって馬鹿じゃない。
殴られた男は完全に油断しきった男は象徴の部分を精神拳で殴られたことで泡を吹き始めた。
痛いだろう。私も殴りながら痛いだろうなと思った。
そうして、後ろの方に向かってよろよろと歩いていく。
「……ほっ」
「ぐふぅっ!?」
そこをすかさず青年は首後ろを叩いて男を気絶させた。
男は糸を切られた操り人形のようにガランッと倒れる。
「……君、容赦ないな」
「そのままお返ししますよ」
青年は私に対して苦い笑みを向ける。
それもそうだろう。男の象徴を精神拳でぶっ叩くなんてことをすれば、永遠に機能しなくなるだろうからな。
しかし、私を狙った罰だ。これくらいは受けて当然だろう。
そうして、3人の男を私たちはロープで縛り上げると路地裏に張り紙をして放置した。
『私たちは盗賊です』
明らかに不自然な張り紙をすることで誰かがこの世界でいう警察に持って行ってくれるだろうという完璧な他力本願である。
最初は青年に自分の手柄にしないのか?と聞いたが、「僕は向かわなくちゃいけないところがあるからそんなことをして時間を取られたくないんだ」と言っていた。
「……よし、これでおしまい」
青年はその準備を一通り終えると、立ち上がる。
腰あたりを手で押さえながらぐっと伸びをした。
「そういえば、君。怪我はない?」
その伸びを終えると青年は私にそんなことを聞いてきた。
「はい。大丈夫です。この度は助けていただいて本当にありがとうございました」
私は丁寧にお礼を言う。
助けてもらったのだからお礼を言うのは当然だろう。
「いいよ。僕もやるべきことをしただけだから」
そう言いながら青年は笑う。
……本当に根っからの主人公なんだな。
マジで夕日も相まって眩しいぜ、畜生。
そんなことを心で呟く。
「あ、そうそう。1つ聞きたいんだけど」
そんな私の心はつゆ知らず青年はこんな疑問を私に持ちかけた。
「ねぇ、イヴリン・リームレットって人を知らないかい?今日はその人の家に用があるんだけど」
「……え?」
衝撃の質問であった。




