プロローグ
世の中には、2つのパターンの人間がいる。
それは、強者と弱者である。
強者は、天才と呼ばれる者だ。
生まれ持って天から才能を授かった者。音感や記憶力、視力、画力、創造力。この手の物は天から与えられるものの中の極一部。もっと多くのものがあるだろう。
弱者は、凡才と呼ばれるものだ。
生まれ持った力は数少なく、それでやりくりしていく者。
だが、強者と弱者でどちらが勝つかといえば、
満場一致で弱者なのである。
なぜなら、強者には無いものを弱者は持っている。
それは、『努力』である。
努める力。それこそが弱者を怪物に化かすことが出来るものの源だ。
強者の大半は、その力を持ったが故に奢り高ぶるものである。
だが弱者はその逆で与えられなかったが故に強者に立ち向かう術を考える。
弱者とは凡才であり、いわゆる秀才なのだ。
だが、その考えを理想と言う者がいる。
そいつらに言ってやりたい。
強者に楯突くことを諦めてしまっては、弱者に産まれたのにもったいない。
『努力』は、弱者の特権だ。
だが、弱者がやっている『努力』にも違いはある。
結果の実らない『努力』と、結果が実る『努力』だ。
それは、正しい『努力』の仕方が確定していないから起こる事態なのだ。
それにより、本当の『努力』の仕方を知る時は、個人差がある。
ただ、本物を知っている弱者ほど強者キラーを持ったものはいない。
ならば、強者も『努力』出来るだろう。
だが、それは違う。
強者の『努力』はたかが知れている。
強者のそれは『努力』とは言わない。
足掻きと言うのだ。
所詮は只の飾り。弱者のそれとは違う。
弱者は、常にマイナスから生まれる。
プラスから産まれた強者とは、まったくもって違っているのだ。
マイナスをプラスにして、更にプラスの強者を追い越すために必要な『努力』は、測り知れない。
だが、弱者はその『努力』という壁を軽々と超える。
そうすることで、弱者は強者に勝つことができるのだ。
世の中はそういうシステムで出来ている。
それに、気付けているものは少ない。
ーーー
天から、私は人々を見下ろす。
まだ明るい空に少しずつ灯り始める温かな光を興味なさげにふて腐れた顔で見つめているのだ。
私は、神霊と呼ばれる類の者だ。
だが、信仰されるほど有名な者では無く、いわゆる死神。死期を迎えた者を来世へと導く国ごとに選出された者の1人である。
私はため息を1つ吐き、カップに入ったコーヒーを飲んだ。
あと6時間もすれば今日1日分の命無き者の生涯を記した書類、『経歴書』が届くだろう。
経歴書はその人間の魂を紙に具現化したものである。
その人間の生涯の詳細を記した経歴欄。そしてそこから下はマークシート形式になっており、そこに来世の条件の内容をチェックするのだ。なんとも良く出来ている品である。
…………ふと、
あるものに私は目を細めた。
その眼に映ったのは、ある電車だ。
あの電車には、強者と弱者が混合して乗り込んでいる。
18時半ということもあり、多くの者が電車に揺られ、息苦しそうにしているようだ。
今から話すのは、その息苦しい人々の中のある3人の人間の話。
彼の者は、凡才で有った。
年齢は20と少しのまだまだ青二才の青年。
まだ入社数ヶ月の新人で色々と落ち着かない部分もあるが接客業にやり甲斐を感じ、そこで初めて努力の仕方を知る。そして、その努力という未知の存在を食い漁るかのように貪り始めた努力の探求者である。
外見は少し茶色がかった黒髪をしていて人当たりの良さそうな顔をしている。
低身長で女性なら守ってあげたいと母性本能が擽られるような幼い印象が残っている。
(明日もお客様を笑顔にするために頑張って行こう!さて、今日の夕飯はどうしようかなぁ………)
彼の者は、秀才で有った。
年齢は30代前半の一流企業に属するキャリアウーマンだ。
彼女は早い内に努力の仕方を知ったが故に成長がすこぶる早く、20代にして営業の成績はその道30年の上司を蟻をまたぐかのように軽々と超えトップを飾った。彼女の人生は薔薇色確定とも言える。
外見は肩まで伸びた黒髪、整った顔立ち。身長は160と少々。弱者とは思えないほどのオーラがそこには確かに有った。それが悪く影響するのは恋愛面でだけだろう。
(明日もやることが山盛りね。少し残業してきた方が良かったかしら?………でも、今更遅いことね。あぁ、家にビール1缶くらいあったかしら………)
彼の者は、天才で有った。
年齢は40代後半の産まれ持った能力とそれによる学習欲により頂点まで登り詰めた男。
天才で有ったが故に少年時代に孤独を強いられ、そこから独立をすることで自分で企業を立ち上げて今では超一流の大きな会社にまで育て上げた。
いじめられていた過去などそこらの原にでも捨て、生きることに前向きにあり続けた勇敢な男と言えるだろう。
外見はクマとシワがよく目立ち、常に思い詰めた顔をしている。渋めの顔立ちだ。180超の高身長でスーツをビシッと決めている姿はドラマなどでよく見る完璧主義の上司によく似ている。
(今日も1日よく頑張った。だが明日も頑張らねば社員達を率いることはできない。よく寝て力をつけねばなるまい。妻や子を養うためにこれからも精進していこう………)
それ以外にも多くの天才や秀才が電車に乗っている。
だが、私が目を細める理由は彼らにはない。
この電車に乗っている天才、秀才と凡才の割合は、8:2である。
このままでは……。
と思ったところで既に遅い。
ガッシャァァァァアアンッ!!
電車が、線路から転げ落ちた。
何の前置きもなく。
大きな騒音の他に乗客達の悲鳴、奇声など多くの声が聞こえる。
割れた窓ガラスは血で真っ赤に染め上げられ壊れたドアからは電車の部品だろうか、鉄製のものが体に大量に刺さった血まみれの人々がドサドサと出てきている。
内臓をダランッと垂らしている者も多く、もう既に息を引き取った者も入れば、必死に意思を留めようと苦しみもがく者が、ざっくばらんに散らばって居た。
まさに惨劇。その言葉がよく似合う光景であろう。
ああ、事故が起こってしまった。
だから、嫌だったんだ。私の今日の仕事が増える。誠に面倒臭い。書類が多ければ多いほどにミスが多くなるというのに。
天才、秀才が小さな空間に7割を超えた状態で一定時間以上居続けてしまうとそれを正すために、無理やり天才や秀才をその空間から消失させようとする。
正確には、世界に影響を与える者が多ければ多いほどに大きな事故が起こるというものなのだ。
前に有名サッカーチームを乗せた飛行機が墜落する事故があった。
それは彼らの優勝が天の導きにより確定しており、そこから世界に与える影響がとてつもなかったからである。
この電車も同じであった。
先ほど説明をした3人、それ以外にも何人かの人間はこれから世界に大きな影響を与える者達だった。
だからこそ、神霊の定めたシステムによって彼らは除去されたのだ。
だが、こんなもの日常茶飯事である。
国1つで見れば大きなことであるが、世界から見ればまだまだ可愛い事故だ。
アフリカの方では内戦が続き、毎日数万の死者が出ていると聞く。
そんなに多くの人々の来世を半日で仕分けるのはとんでもない集中力と精神力が必要になる。
私は絶対にやりたくない。そんな無理難題をやってのけるのは、極少数で充分だ。
あいにく、この国での毎日数千の仕分けだって大変な身だ。そんなことをすれば精神や頭に詰まる味噌が悲鳴をあげることだろう。
だが、私がそんなことを呑気に考えている時に、必死に意思を保つことを続ける者達がいた。
彼の3人である。
彼らは既に生きることを諦めきった乗車していた人々とは違い、
まだ、諦めきれていなかった。
彼の青年は、
(嘘………。駄目だよ、こんなところで死ぬなんて、やりたいことだって、やらなきゃいけないことだってあるのに……)
彼の女性は、
(なんなの……、理不尽過ぎるでしょ。おかしい、絶対におかしい!こんなの、認めない、許さない、諦めない、だって………)
彼の男は、
(………生きている、まだ私は生きている。やれる、出来る、体こそ動かないが、大切な脳は働いている。まだまだ道半ばだというのに死んでたまるものか………)
そして、3人は心から怒号を飛ばした。
(((こんな所で死ぬなんて、絶対に間違っている!!!)))
それを言うと共に、彼らの意識は遠のきを始めた。
人の身体は弱く、脆い。故に融通が利かないのだ。
彼らにとって、この世界は小さかったのだろうか?だが、そんなことわかるはずもない。
今更、遅いのだから。
だが彼らは只、ひたすらに
生きることを望み続けた。
そんなことはつゆ知らず、今日分の経歴書がドサッと私の机の上に置かれた。
都会は無駄に明るく活気が残り、田舎は既に静まり返った深夜0時。
私はコーヒーの入っていたカップにまたそれを注ぎ、机の手前の椅子に腰掛け、万年筆にインクをつけると経歴を見て、なるべく全ての人々の来世が平等になるようにマークシートをつけ始めた。
今日の死者は4,000と少し。いつもよりかは多いと言えよう。
年寄りから少年少女まで幅広い死者を眺めてはその生涯からはまた別の世界に、なるべく平凡的な条件で転生させる。
これが我々、死神の仕事なのだ。
だが、少しは情も加わることもある。
いくら神霊だからといって感情がないわけではないのだ。
喜怒哀楽、全ての感情はしっかりと存在している。
あまりにも酷い生涯を過ごした者は、多少優遇してやるし、余りにも良い生涯を過ごした者には来世で多少厳しい生涯を送らせるなどのことは当然と言えよう。
………決して、差別ではない。
そこだけは強調して言っておく。
だが、それ以外はなるべく平凡的な条件を主として転生させてやることにしている。
だから、なんとなくではあるが平凡の位があってそれに乗っ取ってマークシートにチェックを付けているのだ。
故に、単純作業。
只ひたすらに経歴に目を通してはマークシートにチェックを繰り返すだけである。
コーヒーを片手に、数時間紙とにらめっこ。目に負担のかかる作業だ。
そして、機械作業をすること4時間。
やっとの思いでその作業を終えることができた。
1つの経歴書にチェック事項は100近くあるのを4,000やって4時間。
やはり、慣れというものは恐ろしいと改めて実感する。
コーヒーは、多分だが5、6杯くらいのんだ。
カフェインの取りすぎは危険だ。これからは気をつけよう。
……まぁ、神霊種は死ぬも何もないんだが。
そしてその4,000の書類を500ずつ違う箱に入れていく。
この箱に詰められた経歴書は、神霊の上位の者達により異世界にいる産まれていない胎児に送り込まれるのだ。そうすることで、この経歴書の者達の転生は完了する。
詰め終わると、天使の宅配便に出して私の今日の仕事は終了だ。
頑張った私。お疲れ死神君。
さて、ストレスを発散しに競馬で一発当てにいくとするか。
さて、君は今までの所で疑問を持たなかったか?
その疑問は、私の言動にあったはずだ。
それは、
『なるべく平凡的な条件で転生させる』
ここである。
ならば何故、強者と弱者が生まれるのか?
前に言った死因や経歴に情が入ることでの優遇は、大きな差異ではない。
ならば、何故か?
それは単純明快。
マークシートのチェックミスである。
チェックミスの例えを挙げるとすれば、『前世の記憶の保持割合』をチェックしていない奴がいるとしよう……いや、いたんだ。
それをチェックしないと、
前世の記憶を消されないままで、転生してしまう。
その他にも、多くのチェックミスがあった。
だが、もう今更遅いこと。
後の祭りである。
そんな中でもチェックミスが多かったのが、
先程話した3人なのだ。
そしてその3人は今の世界とは別のファンタジーな世界に転生することになる。
今回の物語はその中の1人、
有名企業を立ち上げた順風満帆だった男にスポットライトを当てよう。
ここからは彼自身が紡ぐ物語。




