表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/22

第五頁「それは舟屋の美学(3/3)」

 



 それに、と坂口は付け加える。


「さっきからやつの顔が見えていた」

「え、じゃあ教えてくれない!?」

「てっきりお前も見えているものだと思っていた。すまない」

「見えねえよ!! 時々お前のその謎の信頼が行き過ぎるときがあるから気をつけてくれ」


 以後気をつける、と坂口が返すと、下から「なめてんのかぁ!」という野次とともに銃弾が飛んできた。野次には当たったが、屋根の奥にすっと身を隠して弾をかわす。一安心、と思っていると男たちは懐からM3サブマシンガンを取り出し葬儀屋たちが隠れたであろう辺りを下から乱射した。


「ハチの巣にしてやれぇぇぇ!!!!」


 腕時計の男が吠える。ぼかすかと半狂乱な弾が飛びに飛ぶ。カンカンとトタンを傷つける音とズダダダダッと弾が打たれる音がふ頭に響く。


「そりゃ薄いんだから撃ち抜けますよね!!」


 葬儀屋と坂口はお互いに近いほうの隣の屋根に分かれて跳んだ。散ったトタンが塵になって煙が上がっていた。今まで自分たちのいた場所は穴だらけでまさにハチの巣のようになっている。


 下では赤川が猛威を振るっていた。近くにいた自分の部下だった二人の頭をぎちぎちと頭蓋骨が軋む音を立てるほどに鷲掴みにして、二メートル近くあるその巨体のさらに上に持ち上げている。その姿を見て葬儀屋が「あんなんと戦いたくない」と思わずぼやいた。


「アタシもずいぶんとなめられたもんね」


 低く、地を這う地響きのような背筋を凍らせる静かな怒声が持ち上げられた二人の耳を侵食する。ミシミシと頭蓋骨にひびが入って行く感覚が二人を襲う。本能的に殺されると理解した脳が筋肉を硬直させる。ところが膀胱は弛緩してだらだらと汚いものを垂れ流していた。二人の顔はひどく歪み、顔中に涙やら脂汗やら鼻水やらと体中の水分という水分が抜けていっているようだった。生きることにすがる嗚咽が空しく響く。


 その姿を見て腕時計の男たちは戦慄した。しかし、戦慄したからこそ、恐怖に襲われたからこそ、その手は手にした凶器に頼る。弾数が半分ほどになったM3は標的に今一度強烈な連弾をたたき込もうと赤川目掛けて飛んでいく。その弾はすべて赤川の両手に掴まれた裏切者に当たり続けた。二人からはぼたぼたと赤黒い血がしたたり落ちる。


「ば、化物め」


 そう誰かが言った。そのとおりだと葬儀屋は思った。あの腕力にあの胆力。それだけで赤川という男は化け物に等しい。赤川はつかんでいた二人をぽいと海に放り投げた。その距離はおよそ二〇メートル。メジャーリーガーも驚愕の肩まわりの強さである。それに驚いていると、その巨体からは想像もできない速度で腕時計の男の後ろの二人を鷲掴みにして海に放り投げた。


 遠くの方から溺れているような、ふがふがと空気と海水を口内で攪拌する音がする。ばしゃばしゃと水面を叩く。今自分がどこを向いてどう動いているのか理解できないほど彼らは混乱していた。それらに見向きもせずに赤川は懐から一升瓶を取り出して、右手で腕時計の男の首を握った。男の顎が上がっていく。

 呼吸をしようと口を開いたとき、赤川はその一升瓶のふたを外してその開いた口目掛けて逆さにした。


「よかったじゃない、酒に溺れて死ねるなんて」


 ギラリと赤川の眼が光る。

 葬儀屋は思わずぶるりと震えた。いつの間にか隣に来ていた坂口が、我々はどうするか、と葬儀屋に尋ねる。


「どうするもこうするも、あいつ殺したところできっと金なんかもらえないだろ。つーかあれは殺せるかわからねえし」

「ここは退くか」

「ああ。縁がなかったということで」


 一升瓶に入っている液体の正体はアルコール。日本酒でも焼酎でもビールでも果実酒でもとにかく酒。その時々によって変わるその中身に遜色はない。問題は呼吸が制限された状態で間髪入れずに液体が狭まった器官を埋めにくることだった。


 一升瓶が半分ほど減るころには腕時計の男は顔面蒼白で、ごぼごぼと漏れる酒と一緒に泡が口から流れ出ていた。だらだらとそれは顎を伝って喉から胸を通って下のコンクリートに零れ落ちる。最初はバタンバタンと暴れまわっていた男の体は、今は力なく、赤川に掴まれた首を宙に置いてつられていた。けれども、その首元にはもう脈はなかった。

 気付かれないうちに逃げようとする二人に赤川から声がかかる。


「ねえ、あんたらはどうするのさ」


 葬儀屋が声を上ずらせながら答える。


「どうもこうも、あんなえげつないもの見せられてやる気はないので帰ります」

「ちょっと待ちな」

「え、嫌です。あんなふうに糞尿垂れ流しながら死ぬ最期なんて家族にどんな顔みせたらいいのか」

「死んだら綺麗な死に顔になるわよ」

「何言ってんだアンタ殺す気か! だから逃げるってんだ!」

「ごめんごめん。何も取って食うつもりはないわよ。いろんな意味で」

「意味を重複させんな! じゃ、じゃあなんなんですか!」


 二人が屋根上から顔を出す。その顔が赤川に見えたとき、二人が赤川の顔を見たとき、威勢のいい腹の虫のデュエットが始まった。やっぱり、という顔をして赤川がにっこり笑う。


「あんたら腹減ってんだろ? うちに来な。飯食わせてやるよ」


 葬儀屋と坂口は顔を見合す。再びぎゅるるると壊れたビデオデッキのように腹が鳴る。


「じゃあ、お言葉に甘えて……」


 こうして、二人は赤川の家に行くことになったのである。家につくと赤川は二人のためにオムライスとハンバーグを用意してくれた。


「あんたらきっとこういうの好きだろ?」


 どこからどう食べればいいのか悩む二人を見て赤川は笑った。

 今もまた、その時のようにママは笑っている。


「葬儀屋も掃除屋も、ちゃんと噛んで食べなさい。がっつかなくたって誰もとりゃしないわよ」


 ママは煙草に火をつけて横目で二人を見る。黙々と坂口が食べ進めるがその手はだいぶ早く、噛む回数は一〇を超えない。葬儀屋も同様で、ママの言うことは聞こえていないようだ。カツンカツンとスプーンがセラミックの皿に当たる。


「こーれ、ちゃんと噛めってのに。まったくなんも成長してねえ」

「してるっての。俺も坂口もお互いずいぶんと大人になったもんだ。なあ?」

「ああ、これくらいの量ならあと七皿は食べられる」

「いや、そういうこと言ってんじゃねえよ」


 思わず葬儀屋が突っ込んだ。それを見てママは笑いだす。なんだなんだと二人はママを見た。


「ああ、ごめんごめん。なんだか、相変わらずよねえって思っちゃって」


 そういってママは自分の後ろの棚に並べられた瓶から今日の一杯を探す。その顔は相変わらず傷だらけだが、化粧もされていて、なんだか幸せそうにゆるんでいた。

 これは掃除屋が死ぬ前の話。あの首が消失する前の話。葬儀屋が、主人公に相成る前の話。



 ――『舟屋』――

 体力性★★★★☆

 筋力性★★★★★

 俊敏性★★★★☆

 知性 ★★★☆☆

 魅力性★★★★☆

 本名『赤川藤三郎あかがわとうざぶろう

 溺殺専門の殺し屋。標的を溺れさせて殺すことを美学とする。その丸太のような腕はベンチプレスなら二〇〇キログラムをゆうに持ち上げる。強力な筋力を用いて標的を溺れさせるのだが、その方法にはいくつか種類があり彼がもっとも行う方法は、その規格外の握力で標的の首をつかみ、自身のコレクションする酒の一本を標的に流し込んで溺れさせるということである。ずいぶんと強面であるが、可愛いものに眼がなく、テディベアとか大好き。可愛い格好も好きなので、オーダーメイドで二メートル近い自分でも着れるようなワンピースが自宅に飾ってある。いわゆるオネエ。恐ろしいくらいに酒に強いオネエ。そして時々本当にかわいく見えてしまう魔性のオネエ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ