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第四頁「それは的屋の美学(2/2)」

 




 いらっしゃい、と堂場は子供連れの客たちに型抜き菓子を出していく。すぐにそのテーブルは一杯になった。懐かしいと子供と一緒に型抜きする父親や、俺はこれ出来ると勇猛果敢に高難易度の恐竜の型抜きに挑戦する小学生など、ガヤガヤと盛り上がっている。屋台端で煙草を吸う堂場に似たような恰好の男が近づいて、堂場の後ろに立った。


「繁盛してるな」

「今日は客か?」


 その男は黒のジャケットは肩にかけて、ワイシャツは腕まくりしている。


「残念ながら客じゃない。しかし的屋、暑くないのか?」

「暑かねえよ。この格好をするのが俺のポリシーだ。で、何か用か?」

「予定変更だ。標的が動いた」

「それで?」

「ここいらのガキ何人か連れてもう動いてる。今までどおり好き放題したのち売っ払う算段だろう」


 ここいらのガキ、という言葉を聞いて堂場は嫌な予感がした。当たらないでくれと願う。


「そのガキっつうのは男もいるか?」

「そこまではわからん。なんせこの数だ。迷子ってのは多くいる」

「で、標的は?」

「この神社の駐車場から車でどこかへむかっているらしい、おそらくやつのアジトだろう。その場所は新宿・宵街町よいまちちょう××―〇〇丁目の×だ。やつが出てからまだ二〇分ってところだ」

「葬儀屋」


 くたびれたハットを上に上げて、堂場は彼の眼を見る。


「ちょっと店番頼まれてくんねえか。いつものようにカンニングペーパーはあるからよ」


 そういうと堂場はジャケットの右ポケットから丸まった紙を取り出して葬儀屋に投げた。


「あとは頼んだ」


 堂場が言う。葬儀屋はその紙を受け取って、


「お互いさまにな」


 と車のキーを堂場に投げた。堂場はそれをつかむとそのまま神社の駐車場へ走る。そのときに、屋台の裏に置いてある段ボールからひとつお面をひっつかんでいった。


「ヒーローなんて柄じゃねえが、たまにゃこういうのも悪かねえだろ」


 雄太が熱心に見ていたそのお面をハットの代わりに頭に着けて、黒のフィアットに乗り込んだ。キーを差し込みエンジンをかける。いい音で鳴く。ガソリンがエンジンを巡ってフィアット全体に動力が伝わる。ニュートラルに入っていたギアをローにいれる。堂場は思い切り、アクセルを踏み込んだ。跳ねるようにして動いたフィアットは流星のように流れていく。


 ここ八王子から目的地まではおよそ一時間から二時間ほど。七月に入って最初の日曜日であるが、時間的にまだ道路はすいている。ガチャガチャとギアを動かして車の間を縫って走っていく。時折捕まる信号にむかっ腹が立つ。刻一刻と時は過ぎゆく。これ以上被害者を出さないために、だとか、そんなことを考えて堂場は今まで動いていなかったが、もし、今回の標的の被害者の中に雄太がいたのだとしたら、それは許せないと思った。


「まだお面取りに来てねえんだからよ」


 堂場はするどく舌打ちをした。カーナビの画面には、標的の車に葬儀屋がとりつけたのであろう発信機から出ている信号が映っている。あと少し、あと一〇キロほどで追いつく。堂場はより強くアクセルを踏む。


 今回の標的――松下康成まつしたやすなりは少年少女愛者で、子供をさらっては自身の欲望のはけ口にしたり、同じような趣味をもつ連中に売りさばいて金をせしめていた。しかし普段はそんなことをおくびにも出さず、堂々と生きていて、事件の証拠もなかなか残さないため警察も捕まえられずにいたのだった。


 アジトへ向かう松下の車中では子供が三人、目隠しと口に布を当てられてしゃべれないようにされており、さらには手首と足首を縄で縛られて逃げ出せずにいた。その中の一人の女の子が泣き出してしまうと、今まで気味悪く笑っていた松下が人が変わったように怒鳴り散らした。


「うるっせええんだよおおおおお!!!! お前俺様のことが嫌いなのかあああああ!?!?!? ああああもうあったま来た、もう泣けないようにしてやるよ」


 車を路肩に急ブレーキで止めて、運転席のドアを開けて降りる。後部座席のドアを開けるとずかずかと乗ってきて、泣いている女の子を優しくなで始めた。


「なあ、おい、俺様のこと嫌いなのか? 怖いのか? なあ? どうなんだよ。おい。ああ? いつまで泣いてんだよぉ。泣くなよ。ほら、いい子だろぉ。ほら、泣くなって。泣くな。泣くな泣くな、泣くな泣くな泣くな泣くな泣くなよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」


 松下は狂ったように叫ぶとその太い指で女の子の首を絞め始めた。


「お前が悪いんだぞ、俺様のこと好きにならないから。俺様を好きにならないなら人形にしてやる。っひっひひ、人形になったら毎日可愛がってやるよ、なあ、ほら、嬉しいだろ? ぐふひっ、ほら、ほら!!」


 松下の一〇〇を超える全体重が少しずつ、女の子の首を圧迫していく。女の子の意識が薄れていく。隠された眼の前で誰かもわからない男に誰かもわからない女の子が殺されそうになっている。そのとき、雄太はなぜか、自分でもわからないけれど、思い切り男にタックルをした。しかし松下の体格と雄太の体格ではどうしようもない差がある。

 少しだけ揺れた巨体の持ち主は、ぎろりと雄太を睨む。


「なんだよぉ、お前も俺様が嫌いなのかァ……? おいコラァ、お前俺様のこと嫌いなのかぁああああ!?!?」


 今度は雄太の首を松下はへし折らんばかりに絞め始めた。その太い指が細い雄太の首に食い込んでいく。どんどん息が出来なくなっていく。酸素を欲して吸おうとすれどその空気はのどを通らない。苦しくて、喉が鳴る。意識が遠のいていき、徐々に体にも力が入らなくなっていく。


「ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやるよおおおお! あぁ!? ガキのくせに俺様に刃向うんじゃねえよぉ!!」


 雄太が救った女の子はヒューヒューと喉を鳴らしながら眼の前で起こっている何かにおびえていた。もう一人の女の子は恐怖のあまり声も出せず、ガタガタと肩を震わせている。

 そのときだった。


 窓ガラスが割れる音がした。ガシャンというガラスの割れる音と一緒に、かすかに風を切っていく何かの音がした。

 何事かと松下が後ろを振り向く。勢いよく開け放たれた後部のドア。そこにはくたびれた黒のスーツに、顔には赤いヒーローのお面をつけた男が立っていた。その右手には”S&WM19コンバット・マグナム”が握られている。そのお面の男――堂場はかちゃりとハンマーを起こす。


「な、なんなんだよお前はぁぁぁああ!!!」

「"忍びなれども忍ばない"、だっけか。かっけえじゃねえか。なあ、雄太」


 堂場は松下の言葉に耳を貸さずに雄太に声をかける。


「プレゼント、届けに来たぜ」

「お前何なんだよ俺様の邪魔をするんじゃねえええ――――」


 松下の叫び声は一瞬で消えた。堂場の愛銃からたたき出された弾丸が松下の心臓をぶち抜いて息の根を止めたのだ。

 堂場が愛銃を背中のズボンとシャツの間にしまうと雄太のことを抱きしめた。


「無事か? あありゃ、首痛かったろ? もう大丈夫だからな」


 優しく顔に触れる。遠くの方からサイレンが聞こえてきた。堂場は三人の自由を奪っている縄と布をとってやった。


「今警察が来てくれてるからな。もう大丈夫だ。お前らもよく頑張ったな」


 それから雄太にもう一度むかって、自分が付けていたお面をつけてやった。堂場はズボンとシャツの間にはさんでいたよれたハットを被る。


「おじさん!」


 松下の遺体をバッグに入れて担いだ堂場の背中に雄太が声をかけた。


「このことは内緒だぜ。警察が来るまでは雄太、お前が二人を守ってやんな」


 フィアットの丸目ライトに照らされた堂場の姿は、逆光で雄太には見えなかったけれども、初めて会ったあの時のように、にかっと笑っていたような気がしていた。


 その翌日。雄太はまた、神社の境内に来ていた。昨日の夏祭りがあったことがウソのように屋台はすべて撤収されており、どこにも跡形はない。境内をぐるりと走り回る雄太の姿は入院着で、どうやら看護師たちの眼を盗んで出てきたようだった。


 そのころ神社から一台の車が出ていった。モーガン・プラス八に屋台の木材をけん引して排気ガスを吐きながら次の祭りの会場へとひた走る。助手席で煙草に火をつけた葬儀屋が、


「ちゃんと挨拶しなくてよかったのか?」


 と尋ねた。すると堂場は、進む道路の向こうを見たまま、


「俺ァそういう辛気臭いのがダメなんだ。あれくらいで十分だろ。それにアイツはまだガキだ。もっといい思い出作ってほしいんだよ。昨日のことなんざとっとと忘れちまってさ」

「そうか」

「そんなもんだ。おい、葬儀屋。自分ばっか吸ってねえで俺にもくれ」

「はいはい」


 葬儀屋が煙草を堂場に差し出す。マッチで火をつけてやると、堂場は、これはこれでなかなかいいもんだな、とつぶやいた。

 そんな二人が乗る車の排気音が聞こえなくなったころ。走り疲れて神社の賽銭箱の隣に座りこんだ雄太は、その賽銭箱の裏に裏返ったお面と型抜き菓子が一つ置いてあることに気づいた。そのお面は昨日雄太がアカニンジャ―のお面とどちらをとるかで悩んでいた、仮面ライダーゴーストのお面だった。そして、お面の中に置いてあった型抜き菓子にはまたな、と書いてあった。このお面と型抜き菓子を置いていったのが誰なのか、もしそうじゃないとしても、雄太はきっとあのおじさんだといいなと思い、境内に響き渡るように、「おじさんまたねー!」と叫んだ。

 そしてそのあと、こっそりと病院に戻ったものの、看護師にこってりと叱られたのだった。



 ――『的屋』――

 体力性★★★☆☆

 筋力性★★★☆☆

 俊敏性★★★★★

 知性 ★★★☆☆

 魅力性★★★★☆

 本名『堂場大介どうばだいすけ

 銃殺専門の殺し屋。標的を様々な銃火器を使用して仕留める。狙撃の腕は世界屈指の実力であり、スナイパーライフルの場合は五キロメートル離れたところにある一円玉を撃ち抜くことが出来る。また愛銃であるリボルバーの場合早撃ちに優れ、〇,七秒で撃つことが出来る。それは単に幼いころに見たルパン三世の次元大介に憧れて会得したものであり、その服装や愛好するものにも彼が次元を敬愛してやまない点が見受けられる。しかし彼は次元大介とは違い、帽子がなくては銃の腕前はからっきしということはなく、見た目を近づけるため、という理由で常にハットを目深にかぶっている。長身痩躯であるが、やせの大食いで屋号会でも右に出るものはいないほどの大食漢。それは屋号会のグルメと呼ばれる肉屋も認めるほど。最近気をつけているのは、顎鬚のカッティング。

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