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第十頁「無題01(2/2)」

 




 だから急にあんなことを言われて思わずかっとしたけれども、あの坂口の目を見た時、そんな浅はかな自分が恥ずかしいと思った。


「俺はお前に頼みたいんだ」

「何をだよ」

「さっきのことだ」

「ああ。葬送しろ、ってやつか」そうだ、と坂口は返す。

「俺はお前に頼みたい。俺がこの世の掃除をする。お前はその死んだ魂を葬送する」それで? と私は先を催促した。


 こんなに話す坂口は珍しくて、少し笑いだしそうになったが、どうにかこらえる。


「伊達屋であるお前と、奥州屋である俺から、葬儀屋であるお前と、掃除屋である俺になる」

「葬儀屋に、掃除屋か……かっこいいな」坂口はため息をついた。

「そういうと思ったよ。どうもお前は時々子供のような感覚を持っているからな」

「すいやせんね、ガキっぽくて」

「いいんだ、それで、俺の頼みは聞いてもらえるのか?」


 ずっと前を見ていた坂口がこちらを見た。信号が赤になる。ブレーキを踏んで止まって、私は坂口を見た。


「聞いてやるさ。俺は葬儀屋になる。お前の望み通り、お前らが殺したやつらの魂は全部俺が葬送する」

「そうか、ありがとう」


 ついさっきのあの悲しそうな顔から一変して、穏やかな顔になった。

 安心していると信号が青になったのでアクセルを踏み込んだ。


「俺が死んだら、お前が葬送してくれ」


 急ブレーキをかけた。後ろには運よく車両がなく、事故はなかったが、私の心臓は充分に飛び跳ねていた。


「アホなこと言うなよ! 縁起でもねえ!」

「もしもの話だ。俺は疲れたから眠る。今日はお前も倒れなかったし運転は任せてもいいだろう?」薄笑いを浮かべて坂口は目を閉じた。


 とんでもないことを言うもんだと一人憤慨しながら運転を続ける。本当に疲れていたようで坂口はすぐに眠ってしまった。

 首都高に乗り込んで、ノルニルを目指すフィアット500はバリバリにチューニングされていて金切声を上げて夜風を切った。



 そんなことを思いだした。あのとき、掃除屋は――坂口は確かにそう言った。死んだら同じように葬送してくれと。

 首から上も取り返せていない今、あいつのことを葬送するにはまだ早い。私が、必ず、お前の仇をとってやる、お前の首を取り返してやる。


 だからもう少しだけ、お前の魂はもう少しだけ私たちの周りにいて、見守っていてもらいたいと、坂口同様に無宗教な私ではあるけれどそう思った。

 そんな、らしくないことや、昔のことを思いだしたものだから、私の足は『ノルニル』に向かっていた。


 地下に伸びる階段を下りて、その古いアンティーク調のドアを開けると、まるで来るのがわかっていたようにママがボトルとグラスをいつもの席に置いていた。


「本当に未来が見えてるみたいじゃないか」

「本当に未来が見えているのよ」顔を縦横に切られた古傷を歪ませてママは笑った。


 そうかい、と私は笑った。そういえば、ママはいつからそんな風に未来が見えるようになったのだろうと思い、そんなことを尋ねた。


「いつからだったかしら。覚えていないわね。でも、未来が見えるって言っても、朧げよ。本当に朧げ。霞のようにもやもやとしてなんとなーくわかるくらい。だから、肉屋のことも、なんとなーくわかっていたの。でもまさか殺されるなんて思ってもみなかった。私が見えたのは、なんとなく、彼が少し家から出るのが遅れるってことだけ。遅れるのがまさか、焼けるからなんて思うわけないわ……それに、わかったからって変えることもできないし。まったく、何の役にも立たない、より一層悲しみを背負うだけよ」


 ママは煙草に火をつけて煙をくゆらせた。あんたも吸うでしょ、と灰皿を私の前に置いた。

 未来が見える、として、自分の死や仲間の死を知ってしまうのは、それを助けることができるならそれはいいことだけれど、もしそれが変えようのない運命だとしたら、あがけどもその人が死んでしまうとしたら、それはひどくつらいことだろう。それに、ママのようになんとなく、おぼろげにしかわからないのだとしたら、心配の種が人以上に心に蒔かれて、私だったら、多分、死にたくなる。何もなければいいけれど、もしそれが大切な仲間の命にかかわることだったら、と思うと、もしそれを助けられなかったらと思うと。


 ママは気丈にも笑っているけれども、きっと、その傷の入った顔の奥では、その分厚い胸板の奥ではどれだけ傷ついて、どれだけ涙を流しているのだろうか。

 ママをどうにか励ませないかと月並みなことを言おうと思ったが、そんなことを言うような、そんなことを求めあうような間柄でもないのでやめた。


 何か食べるかとママが言うので、いつもの、と頼んだ。はいはいと言ってママは厨房に向かった。数分もするといい匂いがしてくる。デミグラスの芳醇な香りと、卵とケチャップライスが焼ける匂い。ママの作るハンバーグオムライスは天下一品だ。坂口も生前好きだったし、店の隠しメニューではあるが、常連客は必ず頼む一皿だった。


 けれども、私や坂口が食べるハンバーグオムライスは隠しメニューとはまた違って、そこにフランクフルトが一本ついてくる。舌がお子様だから、とママが私たちだけつけてくれるものだった。


 はいどうぞ、とそれが差し出される。お礼をしてすぐに食べ始めた。美味い。肉汁があふれるハンバーグと、とろとろに半熟な卵に包まれたケチャップライスを合わせて食べると、もう三十路も近いというのに幸せな気持ちになる。半分ほど食べ進めたところで、さっき思い出したことをママに話した。


「さっき、坂口のことを思いだしたんだ」

「あら、奇遇ね。私もよ」ママがふうっと煙を宙へ細く吐いた。

「俺たちが名前変えたときのこと、覚えてる? あれ思い出したんだ」

「ああ、アレね」思い出したようでクスクスと笑う。「あの時のあんたたちはまるで子供みたいだったわ」

「そうそう、ここにきて早々に『俺らは名前を捨てた』なんて言ってな」

「何を言い出したかと思ったわ。中学生じゃあるまいしって。でも話を聞いてみたら意外とまともだったわね」

「ああ、それでさ。俺はやっぱり、坂口の弔いがしたいんだ」


 ママが目を閉じて、私の話に口を出さず、耳だけを傾けてくれる。


「坂口と約束したんだ。といってもあいつからの一方的な約束だったけれども。俺が死んだら、お前が葬送してくれってさ。だから俺はあいつの首を取り返す。それであいつを葬送する。魂の行くべきところへ送る。それで俺とあいつの約束は果たせるだろうし、餞になると思うんだ。それに、きっと肉屋を殺したあの男もそれに関係しているだろうから」

「そう。あんたがそう決めたなら、アタシたちはそれについていくのみよ。どうせ、なんだかんだ言ったってあんたのその信念は揺るがないものだろうから」


 ママがグラスに宮城峡を注いだ。


「それに私たちだって大切な仲間の命を取られてそのまま逃げおおせるような玉だと思う?」獣のようなにやり顔だった。

「思わないよ。そんな獣みたいな顔見てそんなことは思えない」

「ひどいわね。乙女に向かってそんなこという?」

「乙女って、まあそうだね。そんじゃ、これ勘定ね。俺はもう行くよ」


 注がれた宮城峡を一口で飲み干して、店を後にした。また来てね、と微笑んだママに軽く手を振って駅に向かう。

 心に決めたそのことをもう一度噛みしめながら帰路についた。





本日分の更新になりましたー!!!

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