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第六頁「それは楽器屋の美学(2/2)」

 



 葬儀屋が厚い扉を開けると彼の体を熱気と音が突き抜けていく。まるで滝のようだ。葬儀屋がライブハウス奥の壁にもたれて聞いているとどうやら今の曲がこのバンドのラストだったようで拍手と歓声が彼らを送り出した。


 ぞろぞろとはけていった彼らを尻目に葬儀屋が会場を見渡すと自分と同じように壁にもたれている男がいた。さきほど喫茶店で見た成金風の男――郷田尋ごうだじゅんだった。退屈そうにガムを噛んでいる。舞台上ではスタッフが次のバンドのために機材の準備をしていた。


 MCが高らかに中山のバンドを呼ぶとひときわ高い歓声が巻き起こった。どうやら結構な人気があるようだ。その歓声を受けながら中山たちは舞台に現れた。中山は真っ赤なアイバニーズJS1200を肩から引っ提げている。中山がステージ中央に置かれたマイクに近づき一言、


「待たせちまったな」


 と言った瞬間悲鳴にも似た声がいたるところから上がった。


「今日も最高にロックに生きようぜ!」


 という中山の声を皮切りに観客の発狂したような歓声とともに演奏が始まった。エモーショナルなその楽曲は観客の心を揺さぶった。あっという間にその曲が終り、次の曲に移る。次の曲はより情緒的で、メロディアスなその音色にうっとりとしている観客も多かった。そのあとの激しい楽曲に観客はドキドキと胸を高鳴らせる。


 そんな姿を見て、葬儀屋はやはり中山は何か才能を持っているのだろうと感心していた。そして最後に中山がソロで弾き語りを始めた。今までのロックなナンバーとはまるで反対の、静かで、聞く人の体に染み入るような、優しい音色。葬儀屋は彼の歌を眼を閉じて聞いていた。ほかの誰もがそうしていた。ライブハウスの奥、郷田とは反対の位置で聞くプロデューサーらしき人物もまた同様に。けれども郷田だけは変わらず、退屈そうにくちゃくちゃと口を鳴らしている。


 中山がすべて歌い終わり、右手を掲げると、観客も同様に右手を高らかに掲げた。今までの静けさがウソのようにライブハウスが歓声にあふれる。

 アンコールが叫ばれる中、中山はマイクに口を近づける。


「それは今度にとっておこうぜ。俺はまたお前らに会いに来る」


 きざな台詞だけれど、観客はそれで充分魅了されたようで、手が砕けんばかりに拍手をして、喉がかれんばかりに声を上げた。中山のそのがっちりと逆立った金髪が汗に湿り少し垂れていた。葬儀屋もほかの客と同様、彼らに拍手を送った。優しい目をしていた。しかし彼らの姿が見えなくなったとき、葬儀屋の眼つきは変わった。ぎらりと冷たい目になった。そして一足先にほかの客たちよりもライブハウスを後にした。


 一人、葬儀屋は中山と会っていたあの路地裏に向かう。誰もいないようで、そこはとても静かだった。ついさっきまで音の海に潜っていたものだからなおのことそう思う。ジジジと街灯が鳴る。その音が路地裏に響いたように思えた。葬儀屋が中山に電話を掛ける。


「おう、どうだった?」

「かっこよかったよ。それにいい歌だった」

「そうだろ? 最高にロックだったろ?」

「ああ、最高だった。今度CD買わせてもらうよ」

「マジで!? やっぱ葬儀屋さんはいい人だなあ!」

「そんなことはねーよ」

「で、電話かけてきたってことはもう路地裏で待ってんのか?」

「そうだ」

「おっけ。俺も準備するわ」


 そうして葬儀屋との電話を切った中山は楽屋に残るメンバーたちにあいさつして帰ろうとした。


「中やんもう帰るの?」


 ドラムの鎌谷康太かまやこうたが中山に声をかける。ほかのメンバーももう帰るのかーと口々に尋ねた。


「ああ、悪い、今日ちょっと先輩に呼ばれててよ」

「そっかー、じゃあ飲み会はまた今度だな。いってらっしゃい」

「おう、悪いな! またな!」


 中山はライブハウスの裏口から出ていった。外にいたスタッフにさらっと挨拶して走っていく。その背中に愛用のギターが入ったケースを背負って。大きなあくびをして路地裏に突っ込んでいく。そこに葬儀屋がいた。


「急かしてすまないな」


 煙草を吸っていた葬儀屋が言う。


「かまわねえよ。んで、標的さんらはどこらへんに来るんだよ?」

「ここだ」

「マジで?」

「ああ、今日来ていたプロデューサーいるだろ?」

「あのサングラスかけてカーディガン肩にかけてたやつだろ?」

「よく見つけたな。そいつだ。そいつをここに呼び出して”審査”するつもりだ」

「はあ?」


 中山は思い切り顎を開けた。


「なんだそれ」

「あいつらは自分たちのバンドを有名にするために人を使う。しかし思い通りにならなかったら消す。そうやってここまで生きているらしい」

「意味わかんねえ」

「俺もそうだ。けれどもそれで死んでいる人間が数人いるのは事実だ」

「そんなバカげた理由で? マジかよ。頭悪すぎだろ」

「とにかく、今回の標的は二人。一人は写真の男――黒島久須くろしまくるす。そしてその裏で仕事を斡旋、および隠ぺいをしている郷田尋。プロデューサーの方は俺がどうにかしておく。あとは頼んだ。回収には来るから」

「りょーかい。さて、そろそろ来るのかな?」


 多分な、と言って葬儀屋は路地裏の闇に消えていった。プロデューサーを回収しに行ったのだろう。中山は煙草を取り出してそこで火をつけた。


 葬儀屋はというとライブハウスから出てきたプロデューサーを拉致して近くの物陰に隠し、彼に扮装した。腕時計の時間を確認するとライブが終わった二二時を少し過ぎていた。郷田が先に出てきてライブハウスから少し離れたところで黒島を待っているようだ。葬儀屋は郷田に近づいて、まだかね、と尋ねる。するともう少し待ってくれ、と言われた。再び腕時計を確認する。二二時三〇分を過ぎたころだった。それから間もなくして黒島が走ってこちらに近づいてきた。すみませんと頭を下げる黒島を制して、ここで話すのもあれだから、と標的の二人に路地裏へ向かうように扇動する。二人は都合がいいようでプロデューサーに着いていった。路地裏に入ると二人はさっそくプロデューサーの胸倉をつかみ、近くの壁にたたきつける。


「でぇ? どうなんだよ、売れるのか?」


 ひいい、と素っ頓狂な悲鳴を上げるプロデューサーの口を郷田が押さえる。その隣で黒島はナイフを取り出してプロデューサーの首筋にぴとりと当てた。


「おいおい大きな声出すんじゃねえよ。俺らがほしいのは金だ。継続的に手に入る金だ」


 押さえられた口をもごもごさせて助けを呼ぶがその声はだいぶ小さくなっていて誰にも届かない。


「どうなんだよ、縦に首振りゃイイんだよ。なあ。ああそうだ、これ見てくれよ」


 そう言って郷田は黒島に合図する。黒島がプロデューサーの眼前に何枚かの写真を出した。それには若い女性と仲良く腕を組んでラブホテルに入って行く姿が写っていた。それを見たプロデューサーは思い切り体をよじらせるが郷田にぎっちりと止められていてなかなか動けない。けれども必死にもがいていた。これは効果覿面と思った二人はさらにプロデューサーに脅しをかけていく。


 はーあ、とプロデューサーを脅す二人の後ろで大きなため息がつかれた。誰だとがばっと振り返った二人の目の前には中山がいた。ぐるりと首を回してあくびをする。


「お前らさあ、全然ロックじゃねえよ。こりゃ叩き甲斐がねえ」

「なんだよ、なんでここにてめえがいるんだよ」


 郷田が噛みつく。その横から黒島が脅しをかける。


「お前は売れると思ってたんだがな。才能があるのにもったいねえ。ここで死んじまうなんて」


 中山はまたあくびをする。さっきよりもおおきなあくびだった。


「ああ悪い、眠くてよ。なんだって? ああ、殺す気なの? 悪い悪い。そりゃなおのこと悪い。俺はお前らには殺されねえし、俺はお前らとまた会うことはねえ」


 中山がギターケースから取り出したのは鉄の棒二本。ドラムスティックより少しばかり長いその鉄棒は重さは三キロあった。両手に一本ずつもち、阿修羅像のごとく構える。


「最高にロックな最期にしてやるよ」


 中山が姿勢を低くして二人のもとへ突っ込む。そこから左に揺れて振りかぶる。強烈な鉄撃がプロデューサーを押さえていた郷田の右膝横に入る。ブチリと嫌な音がした。その流れのまま今度は右に大きく振りかぶり黒島の右膝裏へ内側から二発、ドドンと叩き込んだ。あまりにも強烈で的確な攻撃に思わず悲鳴が上がりそうになる。しかし中山がそこからそれぞれの顎をたたき割りに行った。下からのアッパースイングで二人の顎は割れた。上に伸びあがった二人の脇腹に交互に二撃ずつ入れていく。肋骨を的確に砕く。


 あがふがと声にならない声を漏らす二人を獣のようなぎらついた眼で睨む。郷田の左の胸骨と肋骨を砕き、そのまま今度は黒島の右の胸骨と肋骨を砕く。ぐしゃりと鳴る。次は反対の肋骨と胸骨をへし折り、鉄棒を上に運んでぶらりと垂れた腕をへし折った。膝立ちのようになった二人の頭蓋を思い切り叩いていく。その様はドラムを演奏するようだった。高速で三二ビートを超える鼓動を刻む。あっという間だった。三分ほどのソロパートだった。

 演奏が終わるころにはそこには原型をとどめていない肉塊がふたつあった。


「おつかれさん」


 プロデューサーの恰好を解いて葬儀屋が姿を現した。


「俺はロックだが、あいつらはロックじゃねえ。金のためにロックに生きてんじゃねえのによ」

「けれども金だって大事なもんだろう」

「ああ。だから難しいんだよな。はーあ、つくづくロックじゃねえよ。この世界は」

「そうだな」


 葬儀屋が黒い鞄に二人の遺体を片づける。中山は遠く、夜空を眺めていた。過去にあった友人のことを思い出すような郷愁に満ちた顔をしていた。

 その鞄を肩から担いで葬儀屋はそれじゃ、と帰ろうとした。それから思い出したように中山を振り返って、ああそうだと話した。


「これから飲みに行くか」

「え?」

「だってお前飲みたいだろ」

「そりゃ飲みたいけど今日金ないんだわ。さっきファンの子たちにプレゼント色々しちゃって」


 苦笑いをして中山は頭をかいた。それを見て、そんなことかと葬儀屋は笑う。


「別に金なら気にするなよ。俺のおごりだ」

「マジで!? やっぱさあ、葬儀屋さんっていい人だよ!」

「はいはい、そんじゃ行くぞ。これ、運ぶの手伝ってくれ」

「あいよー!」


 意気揚々と中山が葬儀屋の手伝いに走った。


「ま、行くのはママんとこだけどな」と葬儀屋が言うと「だったらオムライス頼もっかなー。腹も減ったんだよねー」と中山が言った。二人は葬儀屋の愛車のフィアットに乗り込んだ。




 ――『楽器屋』――

 体力性★★★★☆

 筋力性★★★★☆

 俊敏性★★★★☆

 知性 ★★☆☆☆

 魅力性★★★★★

 本名『中山玄人なかやまげんと

 撲殺専門の殺し屋。標的を鉄棒で完膚無きまでに叩き殺すのを美学とする。金色に染めた長く伸びた髪を逆立てて鶏冠にしている。フットワークが非常に軽く、敬語もろくに使えないが、人が良く憎めないやつ。音楽に対する情熱はずば抜けており、愛用のギターであるアイバニーズの”JS1200"は購入当時の全財産をはたいて購入したもので、それにはバンドメンバーや仲のいい屋号会の面々ですら触ることを許さない。そのギターを凶器にするのはもってのほか。まるで我が子のように大切に扱っているので、逆に弱点になりうる。優しく温厚な性格をしているが、その反面、切れると猛獣に早変わりする。その性格もあいまって、自分のテンションによって撲殺の度合いが変わってしまう。いつも履いているレザーパンツとレザーブーツはずいぶんと履き込んでいるので彼の無茶な動きにもしっかりと答えてくれる。レザーパンツとレザーブーツ、そしてギターと鉄のバトン二本。これが彼の相棒。バンドメンバーとの仲は良好で、特にドラムの鎌谷康太とは親友である。




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