表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
裏山のバウワウ  作者: P男
4/4

サブタイトルを「約束」と「お別れ」で迷ったのですが、結末が縛られてしまいそうだったので、どっちもやめました。

「恨むんじゃないよ。これは昔からの掟なんだ」


 長老のおばあさんは、静かに言い聞かせました。


「はい」


 サクヤは唇を噛み締めながら頷きます。


「さあ、これを」


 長老の隣にいた村長のおじさんが、サクヤに剣を渡しました。


 周りでその様子を見ていた村人たちは、悲しそうに目を伏せました。

 サクヤのお母さんとお父さんも、肩を抱き合って泣いています。

 ナキも思い詰めた顔で、じっと見つめています。


 黒い丸印は、グルマの呪いでした。

 この丸印を目指して、グルマの群れが復讐に来るのです。

 呪いはその人が死ぬまで消えません。

 

 魔物の群れに襲われれば、村はひとたまりもないので、昔から魔物に呪われた人は、剣をもらって追い出される決まりなのです。


「お父さん、お母さん、ナキ、みんな」


 サクヤは一人一人の顔を見渡しました。


「さようなら」


 サクヤは寂しそうに呟くと、村の外へ歩き出しました。



               〇



 村人たちは、サクヤの背中が見えなくなっても、消えた方向をずっと見ていました。誰も何もしゃべらず、足に根っこが生えたように立ちつくしています。


 そこへ一人の青年がやって来ました。


「みんな集まってどうしたんだ?」


 不思議そうに言ったのは、狩りから戻ったシモンでした。

 捕まえたシカを縛って、逆さまにおんぶしています。

 

 村人たちは目をそらし、長老がわけを話しました。

 説明を聞き終わったシモンは、弓を握りしめて怒りました。


「何でサクヤを行かせたんだ」


「村のためには仕方ないんだよ」


 長老はゆっくりと首を振ります。


「みんなで戦えばいいじゃないか」


「魔物は危険だし、たくさんいる。群れで襲われたら村が滅びてしまう。それに私たちは、ただの村人だ。戦士のようには戦えないよ」


「だからって見捨てるのか? 俺は嫌だ、サクヤを助けに行くぞ」


 シモンはシカを置いて飛びだそうとしました。

 長老の横にいた村長が、その肩をつかみます。


「やめろ、シモン。お前まで死んでしまうぞ」


「邪魔するな」

 

 シモンは村長の手を乱暴に振り払いました。


「俺の父さんは魔物に殺されたんじゃない。みんなの臆病に殺されたんだ」

 

 そういうと、サクヤの足跡を追って走り出しました。



               〇



 サクヤは何もない原っぱを歩いていました。

 足取りは重く、なかなか前に進めません。

 大きすぎる剣は引きずられ、ぐねぐねと地面に線を描いていました。


 空はどんよりと曇っていて、肌寒い風が吹いています。


 サクヤは決して後ろを振り返りませんでした。

 そうすれば、逃げ戻ってしまうのが、わかっていたからです。


 遠くの方で、鳥たちがいっせいに飛び立ちました。

 いままで見たこともない数です。

 きっとその下には、グルマの群れがいるのでしょう。


 サクヤは死が間近に迫っているのを感じ、剣をギュッと抱きしめました。


「どっちがマシかしら?」


 ポツリと呟き、鞘から剣を引き抜きます。

 銀色に光る刃は、サクヤの首など簡単に切ってしまいそうでした。


 サクヤが吸い込まれるように剣を見つめていると、ふいに自分を呼ぶ声が聞こえました。はじめは小さかった声が、だんだん大きくなってきます。


「おねーちゃーん」


 サクヤが振り返ると、そこにはナキがいました。

 バウワウの背にまたがり、ものすごい速さで近づいてきます。


「水臭いやん。なんで相談せんのや」


 バウワウはサクヤの前で立ちどまり、不満そうに言いました。

 その背中から飛び降りたナキが、サクヤに抱きつきます。


「どうして?」


 サクヤは戸惑ったように尋ねました。


「このチビッコがな、教えてくれたんや。ひとりで裏山にまで来て、お嬢ちゃんがピンチやって。自分のせいやって思い詰めとったけど、話を聞いたらホロホロの実を頼んだワイにも責任はあるやん? せやから助けにきたんよ」


「でもそのきっかけを作ったのは、決まりを破って裏山に入った私よ」 


「世界はつながっとるんやで、連帯責任や。わかったら、はよ乗り」


 バウワウはしゃがみ込み、背中を小さく揺すりました。


「どこへ行くの?」


「安全なところや」


 バウワウはサクヤとナキを乗せると、風のように走り出しました。

 

 小川を飛び越え、畑を横切り、村を通りすぎました。

 そしてあっという間に裏山にたどり着くと、急な崖を上り、大きな洞窟の前でふたりを降ろしました。


「ここどこ?」


 ナキがキョロキョロと辺りを見回します。


「ワイの家や。ここならグルマも登って来られんで」


 バウワウは自慢げに言いました。


「ワンコのお家? すごい高ーい」


「お邪魔しちゃっていいの?」


 サクヤは申し訳なさそうです。


「かめへん、かめへん」


 バウワウはゆらゆらと尻尾を振り、ふたりに背中を向けました。崖の下を覗き込んむと、少し下がって助走をつけます。


「待って、どこに行くの?」


 サクヤが慌てて呼び止めました。


「お嬢ちゃんの呪いを解きに行くんや」


「そんなことできるの?」


「もちろんやで。呪いを解く方法はふたつ。呪われた本人が死ぬか、呪った魔物の群れを滅ぼすか、そのどっちかや」


 つまりバウワウは、これからひとりでグルマの群れと戦おうというのです。


「そんなの無茶よ、あなたが死んじゃうわ」


「ちゃんと帰ってくるから安心し。こう見えてワイ、めっさ強いんやで。若い頃はドラゴンとケンカしたこともあるくらいや」


「本当に? すごい」


「ワンコ強ーい」


 サクヤとナキは、尊敬の色を浮かべました。

 ドラゴンといえば、世界で一番強い生き物なのです。


「もっとも、ボロボロに負けて、すぐ逃げたんやけどな」


 バウワウはからからと笑いました。


「ああ、そうなの」


「ワンコかっこ悪ーい」


 サクヤとナキは、拍子抜けしたように肩を落としました。


「やっぱりダメよ。危険だもの」


 サクヤが引き止めようとすると、バウワウはその横顔をペロリとなめました。


「ワイかてタダでこんなことはせんよ。お嬢ちゃんたちには、この前のお礼もあるし、何より約束を守ってくれたやろ? 人間やのに。ワイはそれが嬉しかったんや。せやから助けたいんや」


「じゃあ、きっと帰ってくるって約束して」


 サクヤが小指をつき出しました。

 バウワウは尻尾でそれを包みます。

 ふわふわと暖かい指切りでした。


「今度はワイが約束を守る番やな。ほな行ってくるわ」


 バウワウは歯を見せて笑うと、ぴょんと崖を飛び降りました。



               〇



「そんな、ない、どこにも足跡がない」


 シモンは原っぱの真ん中で、焦りの色を浮かべていました。

 

 村を飛び出したシモンは、サクヤの足跡を追って原っぱに着きました。

 そこから踏み倒された草をたどっていたのですが、それが急に途切れてしまったのです。しかもその周りには、巨大な獣が走ったかのように、地面が大きくえぐれています。


「まさか、サクヤはもう」


 シモンは最悪を想像し、膝をついてしまいました。

 弓を手放し、ぼうっと空を見上げます。

 

「父さん」


 シモンの小さな呟きは、厚い雲に吸い込まれました。

 原っぱに、乾いた風が吹きました。


 どれほどそうしていたのでしょう。

 シモンが座り込んでいると、親しみのある声が聞こえてきました。


「おーい、サクヤー」


「シモンー」

 

 シモンが後ろを振り返ると、武器を持った村の男の人たちが、原っぱにやってくるところでした。


「何でここに?」


 シモンは目を丸くして驚きました。

 クワを持った村長が、照れ臭そうに頭をかきます。


「あれから話し合って、私たちも戦うことにしたんだ。もう仲間を差し出して逃げるのは、ごめんだからな」


「それに、子供にあそこまで言われたら、大人が引き下がるわけには行かないだろう」


 サクヤのお父さんが肩をすくめると、他の人たちも頷きました。


「みんな」


 シモンは込み上げてくるものをこらえ、弓を拾います。


「一緒にサクヤを助けよう。村の仲間のために戦うんだ」


 村長が手をさしだすと、シモンは力強く握り返しました。


「うん」


 それから村人たちは、バラバラに散って、サクヤの手がかりを探しました。

 そしてしばらくすると、遠くから血の臭いが風に運ばれてきました。


「行ってみよう」


 シモンたちは武器を構え、ひとかたまりになってそちらに向かいました。

 血の臭いが強くなり、村人たちは思わず鼻をおさえます。


 その魔物は、小高い丘に立っていました。

 足元にはグルマのなきがらが山のように転がり、白い毛は血を吸って、真っ赤に染まっています。鋭い歯の隙間には、グルマの茶色い毛が、束になってはさまっていました。


 あまりの恐ろしい姿に、村人のひとりが気絶してしまいました。


「バウバウが山を下りたんだ」


 村長は震える声で呟きました。



               〇



「あー、しんど」


 バウワウは最後のグルマを倒すと、大きなため息をつきました。

 自慢の白い毛並みは、血で真っ赤に染まっています。これはグルマのものだけではなく、半分近くは自分のものでした。

 大きな右の犬歯も折れ、体中がボロボロです。


「あかん、限界や。これ以上はもう動けん。ドラゴンとやった時と同じくらい、へとへとや」


 バウワウがのろのろと裏山に帰ろうとすると、原っぱの方から、武器を持った男の人たちがやってきました。その中には、いつか見たシモン青年の姿もあります。

 シモンたちは、バウバウを見つけると武器を構えて近づいてきました。


「ちょい、ワイは敵やないで。むしろ味方や。お嬢ちゃんたちのお友達や」


 バウワウは慌てて説明します。

 しかし、シモンたちには聞こえていないようでした。

 怖い顔で、いまにも襲いかかってきそうです。

 

「こら、あかんなあ」

 

 バウワウは困ったように呟きました。



               〇


 サクヤとナキは、バウワウの巣の中で体を寄せ合っていました。

 巣の奥には、この前あげたホロホロの実が、大切そうに積み上げられています。


「ワンコまだかなあ?」


 膝を抱えていたナキが、心細そうに言いました。


「大丈夫よ。もうすぐ戻って来るわ」


 サクヤは丸印の消えた腕を見て、力強く答えました。

読了ありがとうございます。


もしよかったら、「テオとエナの異界巡り」も見てください。

作風は変わりますが同じ短編集です。

基本的に一話完結で、何らかのオチを用意しています。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ