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裏山のバウワウ  作者: P男
3/4

約束

「ナキ、いっぱいホロロの実とるよ」


 ナキはスキップしながら、ご機嫌に言いました。


「ホロロじゃなくて、ホロホロの実よ」


 サクヤは苦笑いを浮かべます。


 ふたりは朝早くに家を出て、裏山を上っているところでした。

 くねくねと曲がる小川に沿って、緩やかな坂道を歩いていきます。

 木の隙間からはお日様が顔を覗かせ、ぽかぽかと暖かい日でした。


「ナキ、そんなに急いだら、後で疲れちゃうわよ」


「平気だもん」


 ナキはずんずん進んでいきます。

 早くバウワウの喜ぶ顔が見たくて仕方ないのです。

 

 サクヤも気持ちは一緒だったので、それ以上は言いませんでした。

 肩をすくめてカゴを背負い直し、ナキの後についていきました。


 トゲトゲの草を避け、蛇を追い払い、竹やぶをくぐります。


 半分ほど山を上ると、次第に道が険しくなってきました。斜面が急になり、川岸にはゴロゴロと大きな石が、たくさん転がっています。


「おねーちゃん、疲れたー」


 ナキはその場にしゃがみ込んでしまいました


「そうね、休憩にしましょう」


 サクヤも額の汗をぬぐって、カゴを下ろしました。


「やった」


 ふたりは乾いた石に座ると、カゴからお弁当をとり出しました。

 サクヤがナイフでパンを切り分け、ハムと羊のチーズを挟みます。

 ナキは水筒のお茶をコップに注ぎました。


「いただきます」


「いっただっきまーす」


 少し早めのお昼ご飯です。


「あっ、お姉ちゃん、見て」

 

 サンドイッチをほお張ったナキが、山のふもとを指さしました。


「私たちの村ね」


「ちっちゃーい」


「遠くにいるからよ」


 サクヤがほほ笑み、それから首を傾けました。


「あら? あそこにいる人、ひょっとしたらお父さんじゃない?」


 タマネギ畑に、青い帽子を被った男の人がいました。他の村人たちと一緒に、パラパラと黒っぽい肥料を撒いているようです。


「おーいっ」


 ナキが急に立ち上がって、手を振りました。


「ダメよ。見つかったら大目玉だわ。叱られちゃう」


 サクヤは慌ててナキの口をふさぎました。


 食事が終わると、ふたりはまた歩きはじめました。

 お腹がいっぱいになったので、ナキも元気いっぱいです。

 もう泣き言は言いません。

 坂道にもめげず、大きな石も乗り越え、ぐんぐん前に進みます。


 やがて山のてっぺんまであと少し、というところで、川の流れが途切れました。小さな泉から、こんこんと透き通った水が湧き出しています。


「きっとここが源流なんだわ」


 サクヤは感心したように言いました。


「お姉ちゃん、ここからどうするの?」


 ナキが不安そうにサクヤを見上げます。


 二人の前には、ゴツゴツとした岩の急斜面が、通せん坊するように立ちはだかっていました。サクヤはともかく、小さなナキには、上るのは難しそうです。


「ナキはここで待ってて」


「やだ、行く」


「ダメよ、怪我したらどうするの?」


「行くー! ナキも行くー!」


 ナキは両手を握って地団駄を踏みました。

 こうなるとテコでも動きません。


 サクヤは小さくため息をつきました。


「仕方ないわね。手伝ってあげるから、ちゃんと言うことを聞くのよ」


「うん!」


「でも、無理だと思ったらすぐにやめるからね」


 サクヤは先に斜面を上ってカゴを置くと、自分だけ下に戻り、ナキが上るのを手伝いました。安全な道を教えながら、岩に押し上げたり、引っ張り上げたりします。


 時間をかけて斜面を登ると、山のてっぺんに着きました。


「ホロホロの木だー!」


 ナキが歓声を上げます。


 そこには一本の立派な大木が生えていました。

 赤い実がたくさんぶら下がり、甘酸っぱい匂いを漂わせています。


「クスクスの木もあるわ」


 サクヤも笑顔で言いました。


 ホロホロの木の周りには、蔓のような木が巻きついていました。

 その白いラッパのような花は、息をするように、黄色い花粉を吹き出しています。花粉はお日様でキラキラと光っていました。


「きれいね」


 サクヤはうっとりとした顔で呟きました。


「はっくしょん!」


 花粉を吸ったナキが、大きなくしゃみをしました。


 ふたりは早速、ホロホロの実を集めました。サクヤが木に上って次々と実を落とし、ナキがスカートの裾でそれを受け止めます。


 カゴはあっという間に、いっぱいになりました。


「これだけあれば十分ね」


 サクヤが腰に手を当てて、満足そうに頷きます。

 するとナキが、舌を出して顔をしかめました。


「まずっ」


 ぺっぺっと地面にツバを吐き出します。


「ホロホロの実を食べたの?」


 サクヤが呆れたように言いました。


「だってー、美味しそうだったんだもん」


「バウワウの話を聞いてなかったの? これは魔物の食べ物なのよ。あーもう、服にこぼしちゃって。後で洗濯しなくちゃ」


 ホロホロの実の汁がたれて、ナキの服は甘酸っぱい匂いがぷんぷんします。


「まあ、いいわ。とりあえず帰りましょう。きっとバウワウが、首を長くして待っているから」


 ふたりが待ち合わせ場所についた時、バウワウは最初に会った小川の前で、ぐるぐると落ちつきなく歩き回っていました。


「バウワウ」


「ワンコー」


 サクヤとナキが手を振ります。


「おお、無事やったか。頼んどいてなんやけど、ごっつ心配したで」


 バウワウはふたりに駆け寄り、怪我がないか見回しました。


「平気よ」


 サクヤは肩をすくめました。


「簡単だったー」


 ナキもにんまり笑います。


「まさか、ほんまにとってきてくれるとはな」


 カゴに詰まったホロホロの実を見て、バウワウがしみじみ言いました。


「私とナキを信じてなかったの?」


「そういうわけやないけど、大抵の人間はワイを見ると、逃げるか退治しようとするかの、どっちかなんや。お嬢ちゃんとチビッコみたいなんは珍しいんやで。まいどおおきに」


「ふーん、苦労してるのね」


 サクヤは気の毒そうに言いました。


「ワンコかわいそう」


 ナキもしょんぼり、うなだれます。


「そう言ってくれるだけで嬉しいわ。なあ、ところで早速やけど、味見してもええ? もう我慢できん」


 バウワウはそわそわと体をゆすりました。


「ええ、どうぞ。でも私たちはもう帰るわ。遅くなると、お父さんとお母さんが心配するから」


 サクヤは赤らみはじめた空を見上げて、お別れを告げました。


「バイバイ、ワンコー」


「ほなさいなら」



               〇



 サクヤとナキが山を下りていた時のことです。 

 うす暗い道を歩いていると、ガサガサッと草むらが揺れました。


「ぐるるる」


 現れたのは、イノシシの体にトカゲの頭をつけたような魔物でした。


「グルマだわ」


 サクヤは緊張した声で呟きます。


 グルマはギザギザの歯を見せつけるように、大きく口を開けました。

 豆粒のような黄色い目は、ナキをまっすぐ睨んでいます。


「いけない」


 サクヤは、はっと気がつきました。


 ナキの服にはホロホロの実の汁が染み込んでいます。

 グルマはその匂いに誘われて来たに違いありません。


「ぐがあっ!」


 グルマはサクヤの思った通り、ナキに飛びかかりました。


「ひっ」


 ナキが小さな悲鳴を上げます。


「ナキ!」


 サクヤはとっさに横からグルマに体当たりしました。

 

 サクヤとグルマは、もつれ合いながら、ゴロゴロと斜面を転がります。枝を折り、葉っぱを散らせ、木の根っこで跳ねて、大きな岩にぶつかりました。

 グルマはサクヤと岩にはさまれ、ぺしゃんこに潰れてしまいました。

 サクヤはグルマがクッションになって、怪我だけですみました。


「おねーちゃーん!」

 

 後を追ってきたナキが、泣きながらサクヤに抱きつきました。

 

「大丈夫よ、ナキ。グルマはもう死んじゃったから」


「お姉ちゃん、痛くないの?」


 ナキは切り傷だらけのサクヤを見て、心配そうに言いました。


「痛いけど平気。ナキが無事ならそれでいいわ」


 サクヤが笑うと、ナキは安心したように泣きやみました。

 そして不思議そうに、首をひねりました。


「それなあに?」


 サクヤの左手には、黒い丸印がついていました。

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