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裏山のバウワウ  作者: P男
2/4

ホロホロの実

「ちょっと、お母さん。何してるの?」


 サクヤは慌ててお母さんから洗濯物を取り上げました。


「まだ安静にしてなきゃダメじゃない。病み上がりなんだから」


「大丈夫よ。サクヤとナキが摘んできてくれた薬草のおかげで、すっかり元気になったもの」


 お母さんは袖を巻くって力こぶを見せます。


「本当に?」


「ええ」


 お母さんは頷こうとして、ゴホゴホと咳をしてしまいました。


「ほら、やっぱりつらいんじゃない。洗濯物は私とナキでするからいいわ。お母さんは休んでいて」


 サクヤは大声でナキを呼びました。

 ドタバタと足音がして、ナキがひょっこり顔を出します。


「おねーちゃん、なにー?」


「洗濯に行くから、手伝ってもらえるかしら?」


「はーい」


「悪いわね、あなたたちに頼りっ放しで。でも助かるわ」


 お母さんは申し訳なさそうに言いました。


「いいのよ。お母さんはいつも大変なんだから」


 サクヤが照れ臭そうに、はにかみます。

 すると、お母さんがポンッと手を叩きました


「そうだわ、今度お礼にアップルパイを焼いてあげる。この前、シモンくんのおばあちゃんから、シナモンをいただいたのよ」


「素敵、お母さんのアップルパイ大好き」


「やったー」


 サクヤとナキは、うきうきと小躍りしました。


「それじゃあ、行ってきます」

 

「いってきまーす」


「気をつけてね」


 サクヤとナキは洗濯物を抱えると、手を振るお母さんに見送られながら、家を飛び出しました。


 裏山から流れる川の水は、お日様でキラキラと光っていました。

 透明なせせらぎを小魚が泳ぎ、それをカモの親子が追いかけています。


 サクヤは桶に水を入れると、ゴシゴシと洗濯板で服を洗いはじめました。

 ナキも自分の小さな靴下を、ピチャピチャと水で洗います。


「お姉ちゃん、ナキもそれがいい」


 しばらくすると、ナキが洗濯板を指差していいました。


「え? ナキには大きすぎるわよ」


「やだやだ、やりたいー」


「しょうがないわね」


 サクヤはナキに桶と洗濯板を譲り、川の水でゴシゴシと服を洗います。


 ナキはしばらくご機嫌に洗濯していましたが、少しすると、急に手をとめてしまいました。そのまま地面にへたり込んでしまいます。


「なあに、もう疲れちゃったの?」


 サクヤは呆れたように言いました。


「だってー。おっきくて、重いんだもん」


「だから言ったじゃない。後は私がやるからいいわ。ナキは向こうで遊んでなさい」


「うん」


 ナキは元気良く立ち上がると、野原の方に走っていきました。

 残されたサクヤは、また洗濯板を使って、ゴシゴシと服を洗っていきます。


 ようやく洗濯が終わった頃。

 ふとサクヤは首をひねりました。


「あら?」


 川の上流から、どんぶらこ、どんぶらこ、と見たこともない果物が流れてきます。その実はリンゴよりも赤く、モモのような産毛が生えていました。


 サクヤは手を伸ばして実を拾いました。


「いい匂い」


 赤い実は甘酸っぱい、とても美味しそうな香りがしています。

 サクヤは思わずかじりつきました。


「うえっ」


 ぺっぺっ、と慌てて吐き出します。

 いままで食べたことのない、変な味でした。

 でも鼻を近づけると、やっぱり美味しそうな匂いがします。


「調理すれば、食べられるかも」


 サクヤは少し考えてから、赤い実をポケットに入れました。

 そしていつの間にか、ナキがいなくなっていることに気がつきました。


「ナキ?」


 大きな声で呼びますが、返事はありません。


「先に帰っちゃったのかしら」

 

 サクヤは肩をすくめて家に帰りました。

 しかし、そこにもナキはいませんでした。


「ナキー、どこにいるのー?」


 サクヤは村中を回って探します。

 畑にも、広場にも、シモンの家にも、ナキはいませんでした。

 また川に戻って来たサクヤは、原っぱで羊を放していたおじさんを捕まえ、ナキを見かけなかったか尋ねました。


「ナキなら、あっちに歩いていくのを見たぞ」


 おじさんが細い棒で指したのは、裏山のある方でした。


「まさか、あの子」


 サクヤは慌てて走りました。

 この前に通った道を思い出しながら、裏山の斜面を上っていきます。

 

「確か、ここだったかしら」


 サクヤはバウワウと会った場所まで来ると、地面に手をついて四つんばいになりました。服に泥がつくのもかまわず、手がかりを探します。


「あった」


 やがて小さな足跡を見つけました。

 足跡は茂みの中に続いています。


 サクヤが枝葉をかき分けて進むと、視界が開け、小さな川にぶつかりました。


「ナキ」


 その岸辺にナキがいました。

 バウワウに抱き着こうとしては、尻尾でぺしぺし追い払われています。


「お嬢ちゃん、ちょうどええとこに来た。このチビッコどうにかしてくれん?」


 バウワウが困ったように助けを求めました。


「ナキ、いますぐこっちへいらっしゃい」


 サクヤが緊張した声で呼ぶと、ナキはブンブン首をふりました。


「やだやだ、ワンコ抱っこするのー」


「わがまま言わないの、食べられちゃうわよ」


「せやから人間なんて食べんいうとるやろ。ワイを何だと思っとるんや」


 バウワウは不機嫌に言った後、クンクン鼻を動かしました。


「ひょっとしてお嬢ちゃん、ごっつええもん持ってない? な、な、それワイに譲ってくれん? このとーりやで」


 その場にお座りして、ダラダラと口からよだれを垂らします。


「何のこと? 私、何も持ってないわよ」


「そんな焦らさんでや。持っとるんやろ? ホロホロの実。ポケットから甘酸っぱい匂いが漂っとるで」


「これのこと?」


 サクヤが赤い実を取り出すと、バウワウは嬉しそうに尻尾をふりました。


「そう、それや」


「あげてもいいけど、美味しくないわよ」


「食ってみたんか? これは魔物のご馳走やからな。人間の口には合わんで」


 バウワウはサクヤから赤い実を受けとると、匂いを嗅いで楽しみ、それから味わうようにゆっくり噛みしめました。


「ああ、幸せやわー」


 バウワウはうっとりとした声で呟きました。

 

「えへへ、しあわせー」


 ナキも隙をついてバウワウに抱き着き、満足げに呟きます。


「あ、こら、何しとんねん。チビッコ」


 バウワウは尻尾でナキを追い払おうとしましたが、思い直したように、その場でゴロンと横になりました。


「まあ、ええか。それにしても、あいかわらずホロホロの実はうまいなあ。いつか腹一杯、食ってみたいもんや」


 それを聞いて、サクヤは首を傾げました。


「この実は川で拾ったの。つまり、この山の方から流れてきたのよ」


「ワイもこの山にホロホロの木があるのは知っとるよ。ちょうど山のてっぺんに、立派な大木が生えとるんやで」

 

「ならどうして食べないの? 実が少ないの?」


「いや、一年中いっぱい実っとるよ。ただなあ、ホロホロの木の周りには、必ずクスクスの木が生えとる。クスクスの木の花粉は、魔物には毒なんや」


「ふーん、それで食べたくても近づけないのね」


「そや。だからワイはいつも、このあたりで川を見張っとるんや。ときどきマヌケなホロホロの実が流されてくるんやで」


 バウワウは足元の松ぼっくりを転がしました。

 松ぼっくりはコロコロと地面を転がり、ポチャンと川に落ちて流されます。


「ずいぶんと気の長い話ねえ」


 サクヤは目を丸くして驚きました。


「魔物は長生きやからな。時間だけはたっぷりあるんや」


 バウワウは遠くを見ながら言いました。

 

 すると、バウワウの毛並みにヒシッと抱きついていたナキが、急に手を離して立ち上がりました。


「とってきてあげよっか?」


「え?」


 バウワウはきょとんとした顔を浮かべます。

 

「ナキたちがとってきてあげる。ね、お姉ちゃん。いいでしょ?」


「うーん、そうね。いいわ、行きましょう」


 サクヤは少し悩んだ後、やれやれと頷きました。


「ほんまか、約束やで? ごっつおおきに。なんやお礼を考えんといかんな」


「お礼なんていいわよ。この前、お世話になったもの。薬草と一緒に私たちをふもとに送ってくれたのは、あなたなんでしょう?」


「なんや、ばれとったんか」


「おかげ様で、お母さんの体調が、だいぶ良くなったの」


「そらよかったわ。ところで、あん時のとっぽい兄ちゃんは、お嬢ちゃんの恋人か何かなん?」


 バウワウはからかうような笑いを浮かべます。


「まあ、のぞいてたの? あんまり感心できない趣味ね」


 サクヤは顔をしかめました。


「誰ものぞきなんてせえへんよ。山におったら見えただけや。こう見えてワイ、ごっつい目がええんや」


「あれは近所のシモン兄よ。子供の時から、良く面倒を見てくれるの。頑固で心配性だけど、とってもいい人よ」


 そこまでいって、サクヤは顔を曇らせました。


「でも、あなたはあまり、会わない方がいいかも」


「なんでや?」


「魔物を快く思っていないの。お父さんを魔物の呪いで亡くしているから。もちろん、あなたはいい魔物だと思うけど」


「なるほどなあ、そら恨みもするわな」


 バウワウは気の毒そうに呟きました。


「お嬢ちゃんとチビッコも、魔物には気をつけなあかんよ。あんなん関わるだけ損やで」


 自分のことを棚上げしたその言い草に、サクヤとナキは吹き出しました。


「あなたも魔物じゃない」


「ワンコはー?」

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