薬草採取
サクヤとナキは、手をつないで山道を上っていました。
ふたりは七つ年の離れた姉妹です。
サクヤは十二才で、ナキはもうすぐ五才になります。
「裏山に来たことは、村のみんなには内緒よ? いいわね、ナキ」
大きなカゴを背負ったサクヤは、ナキに向かって言いました。
「何でしゃべっちゃダメなの?」
ナキはきょとんとした顔で、サクヤを見上げます。
「本当は入っちゃいけないからよ」
「どうしてー?」
「裏山には、バウワウっていう危険な魔物がいるからよ」
「バウワウ?」
「鋭い爪を持った、白い毛の大きな魔物よ。でも安心して、本当はそんな生き物いないから。大人が子供を怖がらせて、いい子にさせるための空想なの」
そういってサクヤが片目を閉じると、急にナキが立ち止まりました。
「バウワウいるよー」
「いないわよ。空想だ、って言ったじゃない」
「いるよ。ほら、あそこー」
ナキが小さな指で、山道の先をさします。
つられてサクヤがそちらを見ると、そこには一匹の獣が立っていました。
鋭い爪を持った、白い毛の大きな魔物でした。尻尾がふたつあるところ以外は、犬にそっくりです。
「ね、いたでしょ?」
ナキは得意そうに声を弾ませます。
でもサクヤは聞いていませんでした。
顔を青くして、ナキを背中に隠します。
「いい、ナキ。お姉ちゃんが合図したら、走って村に帰りなさい。絶対に振り返っちゃダメ」
サクヤは震える声で、ナキにささやきました。
「何でー?」
「いい子だから、言うことを聞いて。じゃないと、二人とも食べられちゃうわよ」
サクヤは必死に言い聞かせます。
すると、それまでじっとふたりを見つめていた魔物が、不機嫌そうに口を開きました。
「何やねん、勝手に人を悪食みたいにゆうて。人間なんてまずいもん、誰が食うかいな。ほんま気分悪いわ」
それを聞いたサクヤは目を見開きました。
ナキも目をキラキラ輝かせます。
「ワンコ、しゃべったー!」
「誰がワンコやねん。わいはバウワウ様や」
「あなた、人間の言葉がわかるの?」
サクヤが尋ねると、バウワウはふんっと鼻を鳴らしました。
「魔物と人間が話せないなんて、誰が決めたんや。頭の固い大人にでも言われたんか。それより、何でこんなとこにチビッコがふたりでおるん? 食われても文句は言えへんで?」
「薬草が欲しいの。お母さんが病気だから」
「いーっぱい、つむんだよ」
ナキも両手を広げて言いました。
「ふーん、孝行娘っちゅうことか」
バウワウは、サクヤの背中のカゴを見てうなずきました。
「あの、あなたの山に勝手に入ったことは謝ります。でも、少しだけでいいから薬草をとらせて、お願い。他のところも見たけど、もう摘み取られた後だったの」
サクヤが頭を下げると、ナキも慌ててお辞儀しました。
ふたりを見ていたバウワウは、小さくため息をつきます。
「山は誰のものでもなし、好きにすればええがな。けど遅くなる前に帰るんやで。ここには危ない生き物もおるさかい」
そしてひらひらと尻尾を振って、茂みに分け入って行きました。
「よかった」
サクヤはその背中を見送り、ホッと胸を撫で下ろします。
「ワンコいっちゃったー」
ナキは名残惜しそうに呟きました。
〇
「おい、起きろ」
サクヤは若い男の声に起こされました。
ゆさゆさと肩が揺すられています。
「あれ、シモン兄?」
うっすら目を開けると、そこには幼い頃に良く遊んでもらった、同じ村の青年の顔がありました。
「ようやく起きたか、このねぼすけ」
シモンは苦笑を浮かべます。
「何だって裏山のふもとなんかで昼寝してたんだ? 何かあったらどうするんだ?」
「あれ、夢だったのかな?」
サクヤは辺りを見回して、ぼんやりと呟きました。
「何だ? まだ寝ぼけているのか?」
シモンが呆れたように肩をすくめました。
そこで、ふたりの話し声に目を覚ましたのか、ナキがもぞもぞと起き上がりました。ぐしぐしと寝ぼけ眼をこすります。
「ねえ、ワンコは?」
その言葉にシモンは首をひねりました。
隣のサクヤは、ハッとした顔でカゴを覗き込みました。
するとそこには、いっぱいの薬草が入っていました。