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足掻き

遅くなりました




 心なしか屋敷中がざわめいているような気がする。


 いつもは人の気配はあっても、慌しさの欠片も感じさせない空気が漂う屋敷が、若干の落ち着きなさを漂わせている。

 それも仕方がないことだと、いつもと変わらぬ朝を迎えた私は思う。

 いよいよ姉がこの屋敷を出て、王太子の妃となるために王太子の宮へ入る日が明後日に迫っているのだ。

 準備に滞りはないか、王太子妃に相応しい支度であるか。侯爵家の威信を持って、すべては過不足なく整えられていなければならない。

 王太子殿下より望まれての話であることは屋敷中に周知されており、誰もが心からの祝福と、誇りを持って準備に臨んでいる。それでも浮ついた雰囲気が感じられないところが、侯爵家に仕える者たちの質の高さを表していると思う。

 そして、その祝福を受けている方はといえば。


「またこのような悪戯を……」


 最早溜息しか出ない。


 朝食を終え、自室を経由してさざめく屋敷の中、書庫に向かったところまではいつもどおりだった。しかし書庫に足を踏み入れた途端、リン、という甲高い音とともに、空間が閉ざされたのを感じた。

 風通しは良いものの、本の劣化を防ぐためにあまり日の光が入らないように計算されて造られた書庫は、けれどそこにあるはずの書棚はひとつもなく、靴底に感じるのは防音のために敷かれた格別に柔らかな絨毯ではなく、硬質な感覚。

 ここは世界から切り離された、魔法によって隔離された空間であることを否が応にも感じさせる空気。


 さてここは、私を閉じ込めるための空間か、はたまた人知れず葬り去るためのそれか。


 一瞬の思考は、しかしこの場に自分以外の気配を感じ取ったことで後者に傾く。

 それは気配を現すとともに、殺気と、強烈な熱でもって私に襲い掛かってきた。


 そして、それらを難なくいなしながら私は、前述の言葉を溜息とともに呟いたのだ。

 呟くとはいっても閉鎖された空間の中、しかもこちらの一挙手一投足に敏感になっているであろう相手には、よく聞き取れたに違いない。


「悪戯、ですって?」


 この空間を作り上げ、私を待ち受けていたその人は、憎憎しげに言う。


「なぜあなたが、わたくしの術を退けられるの。わたくしの支配するこの空間にいながら、なぜっ」


 先の一撃で、本当なら私を瀕死の目に合わせられるはずだった姉は、その驚きすら憎しみに変えて私を見る。




 姉は生まれながらに私を疎んでいた。嫌っていた。自分のほうこそが次期侯爵に相応しいと、生まれながらの才能を磨き、高め、周囲にそれを知らしめようとした。そしてそれは成功していた――かに見えた。

 姉にとって、私が自分と同等の能力を有していたことが、最も許容できないことであった。

 教師たちは私たち二人を比べるような、軽はずみな言動をする人間たちではなかったけれど、中には雰囲気でそれを匂わせる人間もいた。比較対象としてこれ以上ない存在に同時に、しかも同じ内容を教育していて比べないはずがないのだ。しかも彼らはその道の研究を主としている人間たち。その好奇心を私たちに知られないようにするには、結構な努力を必要としたことだろう。

 相手はこどもと思っていたかもしれない。けれどこどもというものは、おとなの態度に敏感なものなのだ。

 ことに、私を嫌いながらもよりすぐれた存在であろうとした姉は、過敏ともいえる鋭さでそれを見抜いていたのだろう。現に、2,3人の教師が姉の注進により辞めさせられたのだから。

 彼らには何の落ち度もなかったというのに。




「たとえこの場があなたの支配下にあろうと、同等以上の魔力を持っていれば雑作もないことですよ」

「うるさいっ」


 当たり前のことを口にすれば、聞きたくないとばかりに投げつけられる言葉。本来なら、こうして正面から対峙していることすら彼女にとって、苦痛なのだろうに。

 今までの悪戯が成功しなかったから、痺れを切らして自ら出てきた。これまで他者に仕掛けさせたすべてが、意味を成さなかったので痺れを切らして。


 今日が、最後の日だから。


「明日には殿下が参られるというのに、このようなことをされている余裕はないのでは? 侍女たちが探しているのでは」

「黙りなさいっっ」


 ごうっと、先ほどの比でない熱量が襲い掛かる。だが、それを無力化するのもまた簡単なことだ。

 何故なら。


「なぜなの。なぜあなたなのっ」


 社交界の華と謳われた美姫は、歯軋りせんばかりの形相で吼える。


「侯爵家を継ぐのも、あの方の隣に立つのも、わたくしが、わたくしのほうが相応しいのに!」


 引っかかる言葉ゆえに、私はそれに応える。


「相応しい……? それは、何を持ってそう言われるのでしょうか」


 若干、声が平坦なものになったのに、姉は気づかない。


「すべてよ! 教養も容姿も何もかも、魔力だって、わたくしのほうが優れているのよ。あの輝かしい方に相応しいのは、屋敷に引きこもってばかりの、冴えない小娘ではないわっ」




「へぇ?」




 低い、声と、パリン、と硝子の砕けるような音。

 彼女の支配する空間が、終わる音。




「それは、俺の妃に相応しい条件にはならないのか」




 その空間の外に待ち受けていた、招かれざる闖入者は。


 闇と光を凝縮したような、至高の方々だった。





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