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 どこまでも遠くどこまでも白い月の下。


「家庭内暴力、ですか」

「はい、お恥ずかしながら」

昼に生きる人々の眠る時刻。夜闇が支配する公園、彼はそこにいた。シルクハットに下駄。闇に同化してしまいそうな黒のみで染め上げられた半纏を着て、その背には武器でも凶器でも調理器でもない一振りの大鎌がくくりつけられている。

 国家公務員、死神。階級は巡査。

 そして、その隣には一人の女性が座っていた。落ち着いた色のブラウス、地味と言うより清楚な感のロングスカート、その顔には化粧はされていないが、する必要がないほどの何かはある。最も笑顔がふさわしい顔立ちの年若い彼女。そこにあるのはどこか疲れた、どこか諦めた、どこかやつれた、どこか耐えかねたようなあまりに似つかわしくない表情。


「殴るんです」

 突然の告白だった。

 彼は眼を見開き、彼女の顔を見る。

「頬をたたいたりとか、突き飛ばしたりとか、そういうものじゃないんです。殺意のこもった目で睨んで、硬く握り締めた拳で殴りつけて、…血が出るまで…血が出ても…骨が折れる感触がしても殴り続けるんです」

 彼女は右手で二の腕を掴む。手が震えていた。

「………」

「抵抗は出来ないんです。その時は、もう人間じゃなくなっているから……、出来るだけ動かないようにして、波が引くように落ち着くまで、暴力を受け入れるしかないんです」

「どうして…」

「夫は普段はとてもいい人です。もちろん愛しています。今も…。でも、だめなんです。夜になると、…まるで変わってしまうんです。きっと夜には力が抑えられなくなってしまうんですね」

 寂しく、自嘲的に笑う。

「鬼の、血のせいでしょうか」

 彼女の問いに、彼は正解をいえない。いえるはずがない。

「聞いています。鬼の一族のなかでも、特に金色の目をしたものはそのあまりの力から兇暴を抑えきることができない。ゆえに、孤独に生きるしかない法。と言う事」

「しかし貴女たちは」

「ええ、お互いを好きになり、…結ばれました。子供も二人います」

「お子さんたちは、どうなのですか?」

「子供達は、…知りません。多分…。でも、いつかは気付くと思います」

「という事は、いってないのですか」

「……言えるはず、あるわけありませんよ」

 彼女は月を見上げる。

「私達のときも、結婚の直前まで、そんな事言われた事さえなかったんです。…よく考えれば、あんなに反対される理由…あるわけなかったのに。どうしてきがつかなかったんでしょう」

 彼は、唾を飲み込み、何かを言おうとする。

「このままじゃ、いつか死んでしまいますね」

「こんなことを言うのは失礼かも知れませんが、それでも一緒に暮らしているのですか」

 彼の問いは、彼女を固まらせた。

 数秒、そして、うつむく。

「……んです」

「え?」

「愛しているんです。それでも」

 彼女は顔を隠す。涙に濡れた顔を人に見せるのには抵抗がある。

「申し訳ございません」


 どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。


「ただ、一番怖いのは子供の事です。もし子供にその現場を見られたら、それだけじゃなく、殺意の衝動があの子達に向かっていったら…」

「…」

彼女は、その眼で、あふれる涙を払いながら、わずかな月光にも反射し怪しく光る『金色』の瞳で彼を見つめ、言う。

「このままでは私、夫を殺してしまいます。…でも、一体どうすればいいんですか」

「それは…」

美鬼みき!」

 何かを言いかける彼を遮り、叫びが聞こえた。

 二人の人外は、声のほうを向く。そして、そこに一人の男を見る。

 地味な柄のワイシャツ、動きやすいズボンにスニーカー。もし、ベンチに座る彼女と並べば、さぞかし似合うであろう、優しげな、必死の形相の男。

「…あなた」

 彼女は口に手をやる。

「探したぞ、どこに行ってたんだ。…」

 急いで走りよりながら、妻の隣に座る怪人に気付く。

「失礼ですが…」

 何方ですか?と言い終わる前に答える。

「死神です」

「っ! ……聞いています。たしか、妻のような、その……人と違う人を助ける仕事とか」

「はい」

「あなた、どうして」

「美鬼、帰ろう」

「駄目よ、私、またあなたを殴るわ、ううん、きっともっとひどい事になる」

「帰ろう…」

「……駄目よ、だって…私、あなたを…」

「君のせいじゃない、病気のようなものじゃないか」

 そう言って手を差し出す男の右腕。包帯が巻かれている。

 それを見て、彼女の貌に苦渋が見えた。

「私、鬼なのよ…」

「知ってるさ…子供達も心配してる。さあ」

 そしてその手で彼女の手を掴む。

 彼女にはその手を振り放すことは出来ない。





「それでは、ご迷惑おかけしました。…彼女を引き止めていただき有難うございました」

 男は礼を述べて、帰ろうとする。彼女もあわせて頭を下げ、夫婦は帰ろうとする。

「ちょっとお待ちを」

 彼は声をかけた。二人は止まる。

「ここから三十キロさきの鎮宮村というところの診療所に鬼の研究をされている先生がいます。金色鬼に対する抑制剤の、開発をしているそうです」

 二人の、男と鬼女の顔色が変わった。

「ただ、治療には時間がかかります。…もし、そこへいくと言うのなら……お子さんたちにも、話さねばなりませんよ」

「 」

「 」

 二人は顔を見合わせる。

「これから先は、お二人で決めてください」

 二人は振り返る。


 そこにはもう、誰もいなかった。











「ん?あれ?どったの遠谷」

「こんばんは、紅月警部」

「今日はもう終わり?」

「はい、これから帰って寝ます」

「ん、お疲れ、私は今からなんだよねー」

「…………」

「おいおい、なんでそんな落ち込みムード?」

「警部、警部は人と鬼の結婚ってどう思いますか?」

「絶対反対だね」

「……即答ですね」

「そりゃね、個人的に鬼は嫌いだし、それに客観的に言ってもそのカップルがうまくいったためしはない」

「ありませんか」

「ないよー」

「やはり、そういうものなんでしょうか」

「そだよ。最悪どっちかが死んで終わり。…でもそりゃあさ、」

「そりゃあ?」

「そういう現実があっても好きなもん同士がくっつくのを、応援はしたいよねえ」

「経験者の言と言う奴ですか」

「さあ?遠谷も早く結婚したらー?」

「さあ?」


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