亡霊騎士
どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。
【工事中】
通行禁止を知らせる普通の看板。
どこにでもあるような、けれどなかなか見つからない、普通な夜道。
その先には何者も無く誰もいない。
深夜、決して何物も通らないアスファルトの道路。
金属音
火花が散る。 散らせるのは二つの影。
黒い半纏をたなびかせ、ゲタにシルクハット、そして大鎌。その姿は、死神。
巨大な黒馬、錆び色の甲冑、鉄兜。そして大槍。その姿は、騎士。
それは人々の寝静まる現世に打ち合う死神と騎士。
死神の振るう極限の速度の斬撃は 騎士の尋常ならざる見切りにかわされる。
そして、反撃。
鎌と剣のこすれる音。
鍔迫り合いに押し負ける死神。受身をとりながらも衝撃をころしきれずに倒れる。
「ッ痛」
慌てて取り落とした鎌を探す。
「大丈夫かあ?」
気がつけばまるで闇から融け出てきたかのように彼女が一人いた。
その右手には散弾銃。左手には彼の落とした大鎌が握られている。紅月初女。礼を言って彼女から鎌を受け取る。
「紅月警部。何なんですかあの……、騎士様は」
彼女はその向こう側に立つそれを見据えて言う。
「ああ、なんでも三十年前に盗まれた絵画に封じられていた怨念らしいよ、不法越境による拘縛要請が出ている」
「不法入国者ってことですか。日本冥府だって戸籍くらい作ってあげればいいのに」
「まあたしかにそういう案もでたんだっけどさあ。ほらいま西洋の亡霊と日本妖怪との 折り合いが悪いじゃない、ほら外来種の影響で地元の精霊が減ってるって話。ブラックバスみたいに」
「魚と呪いを一緒にしないで下さいよ」
「ははー。それに盗難品って実は国際的に有名な一品で持ってたのが日本人だったから さあ。この一件をもみ消したいわけよ」
「それで捕まえて送り返すってわけですか。まったく人間も呪いぐらい自分で管理して 欲しいものです。とくにこの国の人は珍しいものに飛びつく癖がありますからね」
「っで、さめるのも早いって?」
「ええ、そんな国の汚点になるようなもの露見する前に闇に葬るくらいの心構えは持っ てもらわないと」
「…それもどうかなー」
「まあ、なんにせよ彼を何とかしないと」
彼は馬上の騎士に目を向ける。
上司と話している間、立ち上がり武器を構えるのを待っている。律儀なものだ。
とても何かを傷つけるために存在するとは思えないほどに。
「ほんとに武人なんですね…。警部。手は出さないで下さい」
銃を構える後ろの彼女に言う。
「そういうの好きだねえ」
軽口が返ってくる。しかし背後で銃口がおりた。
「好きにすれば?ほらくるよ」
月の夜の下、硬い土の上、死神の鎌が再びきらめく。
地面に伏せる形で落ちている一枚の絵。
その絵を守り続けるという呪いが生み出した騎士。それに再び相対する人外。
「全く。労災降りますかね?」
刃がきらめく。
どこまでも遠く、どこまでも白い月の下。
死神は再び駆け出でる。