文鳥もどきの話
初夏の陽気、一人の男子高校生が歩いてる。
一軒の家の前に吸い込まれるように入った。
「ルルルル・・・」
一羽の鳥が警戒の合図を知らせる。
籠の中にいるその鳥は左の翼に白い斑点がついていた。
江永泉はただいまという言葉が喉から出そうになり、学生鞄が肩から外れた。
「おかえり。」
姉、鈴の声が台所から響く。
「姉ちゃん、どういうことだよ。」
「ん?あぁ、拾った。文ちゃんて言うんだ。文鳥だから、ぶんちゃん。」
「拾ったじゃねぇよ、うちにはそんな余裕なんてないだろ。」
その発言にイラっとしたのか、
「あんたに言われたくない。」
この言葉に、泉はそれ以上何も言わず、罰が悪そうに自室に入った。
夕食時、自室から出てきた弟はテーブルに自分のご飯が無いことに気付く。姉に確認したいところだが部屋からは
「チッ、チッ」
という鳥の鳴き声しか聞こえてこない。
泉は一人うなだれると、自分で2人分の野菜炒めを作り始めた。
翌日、学校から帰ると鈴の姿は無かった。
多分友達と遊びに出かけてるのだろう。
いつものように部屋に入ろうとすると文ちゃんの声だけが聞こえる。
音の方向からすると、どうやら鈴の部屋かららしい。
そっとドアまで忍び寄りノック。
そしてゆっくりとノブを回し始めた。
と同時に「ただいま」の声
バレたという素振りも見せずにさっとテレビを付け始めた。
「帰ってたんだ。」
振り返ると靴を並べる姿が確認できた。
「ああ、遅かったな。」
「ええ、ちょっとね。それよりどうして制服のまま通販見てるの?」
しれっと切り替えす。
「あ、見たい番組があってさ。急いで付けたんだけど、僕の勘違いみたい。
それよりも、何の本なの?」
姉は自分のトートバッグから「文鳥の飼い方」というタイトルが顔を覗かせてる事に気付く。
「これ。鳥の事調べたの。文鳥らしいね。」
「一人で育てるっていうのかよ。」
「そうよ。パパには話してある。あんたにも迷惑かけないわ。」
「だったらいいけど」
この発言に姉が苛つき始めた。
口論を恐れた弟は先手を打つ。
「言っとくけど、僕も部活で疲れてるから、言い争いは無しにしよう。」
納得したように、部屋に入っていった。
数日後、
ヤケに姉が上機嫌だ。
以前はなにかあることに口論になっていたのだが、最近はなくなった。
「なぁ、最近姉ちゃん嬉しそうだな。」
「分かる?文ちゃんが私の腕に止まってくれたのよ。それが楽しくって。」
姉の心境の変化と同時に泉にはもう一つ困った問題があった。
文ちゃんの脱走である。
初めは散歩させる為、文ちゃんを籠から出しているのかと考えていた。
それにしては籠から出す頻度が多いのだ。
キッチン、脱衣所、弟の部屋・・・。
泉が問い詰めても、私はやってないとばかりに鈴は拒否するので、とうとう父親も交えての話し合うことになった。
「鈴、鳥も持ってきたよな。」
「うん、だから・・・私は開けてないんだって」
「落ち着け、私はお前を責めてはいない。
ただ事実を確認したいだけだ。
鈴は散歩させる時どこまで出してるんだ?」
「さ、散歩?そんなに出してないわ。居間だけよ。」
「頻度は?」
「週に2日よ。」
「分かった、脱走しやすい鳥かごということではないか?」
「ないよ、友達と一緒に調べたし、後文鳥自身も力弱いって本に。」
「...じゃ、泉」
父の呼びかけに応じるように、鳥かごを調べる。
ゲージは上下に開ける仕組みだが、
脱出防止用の道具がついていて容易には開けられない。
(姉は「ナスカン」と呼んでいた。)
確かに容易には出てこれない仕組みだ。
それに怖がっているのか文ちゃんは奥から出てこようとはしない。
「パパ、脱走はできないみたい。」
「分かった。」
小さく頷くと父は再び娘に向かった。
「確かにお前の言う通りだ。だがこうして文鳥らしきのが色々な所に出てくる。
そうそうに他の文鳥が紛れ込むなんてこともなさそうだし、後は・・・。」
それを聞いたか、鈴は取り乱しながらやっていない事を主張する。
うーむと唸る父。
泉はどうすることも出来ずにいた。
状況では明らかに姉が開けたとしか思えない。
鳥かごへ目をそらす。
籠の横に文鳥がいた。
瞬きをする泉。
今度は籠の中。
再び瞬きをすると、籠の横に瞬間移動。
「うぉっ!」
尻もちを着く弟に2人は注目を浴びる。
「どした?」
「ととと鳥が籠の横にいたんだよ、ほら。」
「え、何言ってるの?」
鈴は首をかしげた。
「はぁ?籠を見ろよ。」
自ら指した方向を見ると。
文ちゃんは籠の中で水を飲んでいたのだった。
この件は、姉の管理不足ということで文ちゃんを逃がす事に決定された。
姉は猛反発したが。
ゴールデンウィークに入った頃、泉はあの出来事について思い出してた。
自分の中では"単なる見間違い"で処理したかったけれど、どうもピン来ない。
休みも中盤に差し掛かった頃。
泉は野球部の終わり、暇潰しに立ち読みした本屋を出た頃。
時計は16時16分を指していた。
一羽の文鳥が待っていた。
「文ちゃんか?」
指に載せようとしたが、文ちゃんは違うほうへ飛び出す。
追いかけてみた。
文ちゃんはハンバーガーショップの前で止まった。
ついでに店内が見えたがそこにいた人物に思わず店の死角に潜める。
姉がアルバイトをしているようだ。
しきりに店長らしき人に謝る姿が見えた。
我に帰り文ちゃんを探すが見つからず。そのまま家へと向かった。
18時、姉と弟が食事していると、父親が帰ってきた。
「パパがこんな時間に帰ってくるなんて珍しいね。」
「親父どうしたんだ?」
「鈴、逃がした文鳥・・・連れ戻していないだろうな?」
「ないし。探したけど...見つからなかった。」
「そうか、実はな、仕事途中文鳥を見つけた。」
姉は俯いた表情から目を輝かせ始めた。
「16時16分頃、仕事がひと段落した時だった。あの特徴的な斑点があるから一目で分かった。追い掛けてみたんだが見失った。」
「そう。」
「なぁ、雑貨屋の前に高校生が二人居たんだが、お前の知り合いか?」
「えっ?」
「心配されてるみたいだぞ。」
「そんな・・・。」
再び肩を落とす。
悩みがなさそうに振舞ってるのだが、分かる人には分かるらしい。
泉はハンバーガーショップの出来事を話した。
相当嫌な出来事だったせいか泣き出した。
そして、姉の思いを聞いた。
鈴は、父親の負担を少しでも減らそうと家事全般をやろうしていたこと。
弟の部活代の足しに自分もアルバイトした事。
本当は、友人と一緒に雑貨屋や服屋を回りたかった事。
アルバイトでのストレス、好きな事が出来ないのに自由に部活をしている弟へよ苛立ちから、当たっていた事などである。
文ちゃんの事を大事にしていたのは、辛い事を話す事で癒されていたからだそうだ。
父は言う。
「気持ちはありがたい。
だが、全部を背負い込む必要はない。
といっても俺も人の事言えんわな。
美夜子が亡くなった時から、俺が一人で支えるんだと思っていたから。
隠しても伝わるんだろうなそういう気持ち。鈴が無理して好きなものを我慢する必要はないよ。」
「でも。」
「やりたい事をやればいいんだ。
泉のようにな。
それに、お前は器用に出来る娘じゃない。隠しても分かる。
得意な事を一つやり遂げなさい。」
鈴は泣き腫らした涙を拭う。
父は食事を済ませると寝室へ引きこもった。
静けさを取り戻した居間。
無言になる二人。
不意に泉は口を開く。
「姉ちゃん。」
ぼんやりとした眼差しで弟を見つめる。
「姉ちゃんさ、自分だけが苦労してる。
そう思ってないか。
メンバーや監督からのプレッシャー、こんな成りだから、男からラブレター貰ったりするんだよ。」
「ただ、今日のことで、姉ちゃんの気持ちも分かった。ちょっとだけでも手伝うよ。」
姉ちゃんは無言で頷いた。
「チッチッチッ」
どこからともなく囀りが聞こえる。
その時、父の言った台詞が浮かぶ。
「姉ちゃん、気になる事があるんだ。」
「何よ。」
「パパ、16時頃に文ちゃんを見かけたって、言ってたよな。」
「そんなこと言ってたような。」
「実は僕も、その時見かけた。」
「あれ?おかしいね。私のバイト先近くの本屋ってあっちしかないし、パパの職場とは反対方向」
「そうなんだよ、2箇所に同時に文ちゃんが出るはずがないんだ。」
音の主を探してる内に、姉の部屋に辿り着いた。
そこには、2匹の文鳥がいた。
姿形、左の翼の白い斑点までもが一緒だ。
「どういう・・・事?」
「僕だって分からないよ。双子なのか?」
文鳥達は翼を広げる。すると何の前触れも無く一匹になった。
あまりの状況に二人とも思考が追いつかない。
そして、窓に向かって飛び立つ。ぶつかるかと思いきやガラスに吸い込まれた。訳も分からず見合す二人。
6月下旬。あれ以来不思議な出来事は起きていない。
下校時間、3人の女子生徒が談笑しながら歩く。
「ねぇ、ミヨ、ヒヨリ、野球部見ていかない?」
「野球部って言うと・・・、弟くんが出てるんだよね。鈴、珍しいな。自分から家族の事話してくれるなんて。」
「うん、今度甲子園のレギュラーに抜擢されたんだ。」
以前に比べると表情も明るくなっていた。
一方所変わってグラウンド。
とボールがキャッチャーミットに収まる音が響かす。
「おう、泉。今日も絶好調だな」
「ありがとうございます。コーチ。」
その後ろから先輩らしき男が突く。
「なぁ、お前にそっくりな女の子がいるけど、あれが噂の姉ちゃんか?」
「まぁ、自慢の姉ですよ。」
初めまして、ラビトと申します。
久々に投稿しました。
制作期間が長いと感じていたので、
短編数をこなそうと考えて作りました。
まだ未熟者ですが、アドバイス下さると助かります。
2013/8/20 第一回の公開。構想3日,制作2日,計 5日