僕と私と俺とアイツと?
ひつよう‐せい[ヒツエウ:]【必要性】
〔名〕そのものがどれほど必要であるか。
必要性は、人が物を選択していく上で、重要視するもの。
だから、僕もそれに従い物事を選択してきた。
あの男に会うまでは。
春らしい風が木々を揺らし、青々とのびるその葉が、強くなる日差しを柔らかく遮断している。
4月。みんなが浮き足立ち、新入生は高校での新生活に心躍らせる季節。
まぁ、今年高校2年になる僕、天宮 梓乃にはあまり縁がない話であった。2年になったからといって、僕の生活が激変するわけでもなく、あえて言うならクラス替えで何人かの友達とクラスが違ってしまったことくらいだろうか。授業も始まりだしたばかりで、特に問題はない。良くも悪くも、僕と言う人物はそれなりに物事を進めることは出来る人物だ。っと、自分では思っている。そこまで、問題なく今までこれたからな。
持っているゴミ箱から、中身が出ないようにバランスを取りながら、僕はそんなことをうつらうつら考えていた。
「――あの、先輩!」
どこか緊張したような声色の声に僕は足を止める。あと少しで、ゴミ捨て場というその手前。校舎側から死角になっているそこは、よく言う告白の定番の場所である。
どうでもいいが、今は掃除の時間なんだけど。
掃除をサボるのが男女ともに居ることは知っているが、サボればその分綺麗にならず、汚いことに文句を言えないと言うことに何故気づかないんだろう。汚くても構わないのは、個人の自由だが僕は汚い場所で勉強はしたくないんだけどね。こういう時、まともに掃除してる生徒が馬鹿らしく感じてしまうのは仕方ないだろう。
あぁ、ため息が出そうだ。
何とかでそうになるそれを押し込めて、僕はコソコソとその場から離れようとした。人の告白の場に不本意でも立ち会ってしまったら、それこそその人物が知り合いであったら、面倒極まりない。
音が立たないようにゴミ箱を持ち直すと、僕はゆっくり垣根に身を隠すように歩く。
「あの、私……入学式の時先輩見てから、その」
人の告白を聞くと言うのは、気分が悪い。相手を嫌いとかではなく、折角勇気を振り絞っているのを全く関係のない第三者が立ち聞きしてしまうのは、相手に申し訳なくて気分が悪くなる。なので、僕は最大限音を立てないようにして、ココを通過しようとしていた。
「好きです! だから、その私と付き合ってください!」
健気な子だね。しかし、まだ入学式から3週間と経って無いんだけど。俗に言う一目ぼれかな。
「あのさ」
「はっ、はい」
「君、誰?」
「え……?」
なんだと。なんと今この男は言った。
余りにも酷いその言い方。その相手の言葉に僕は一瞬耳を疑った。そして、自分がコソコソと隠れていたことも忘れて、その声の方へ顔を向けてしまった。
「っ……」
垣根越しにかち合う視線。
垣根と告白する女の子。その2つを挟んで、僕とそいつの視線はぶつかった。
不味い。
頭から血の気が引く。相手が何か言い出す前に僕はその場から逃げるように走り出した。ゴミ箱が、音を立てている。小さなゴミが振動に負けてボロボロとこぼれていくが、そんなことを気にする余裕は僕にはなかった。ゴミ捨て場に付いたころには、僕は肩で呼吸していた。
運動不足だな。
そんなことを思いながら、内心は立ち聞きしてしまった心苦しさと相手に見つかってしまった罪悪感で埋まっていた。
よりにもよって、告白の相手が奴とは。
呼吸を整えながら、少し中身の少なくなったゴミ箱を傾けた。コンテナの中に落ちて行くゴミ。空っぽになったゴミ箱を見ながら、もう一度あの場所を通らないといけない事実にため息が出た。
「面倒くさ」
よく考えれば、僕がそこまで罪悪感を感じる必要性はないのだ。そう、感じるべきは僕ではなく、あの男だ。
あの酷い言い方は、同じ女の子なら反感を持っても仕方ない。僕を普通の女の子の括りに入れるのは、とても気が引けるけど、そんなことはこの際些細な問題としよう。
そう、自分に言い聞かせると、僕は軽くなったゴミ箱を持って、教室に帰ろうとした。
「そんなに急いで何処に行くの?」
今度は頭からではなく、全身から血の気が引いていく。何で居るんだよ、この男。
にっこりと微笑む男子生徒そこに1人。色を抜いたようなキツネ色の髪と切れ長のツリ目。紺のネクタイが僕と同学年であることを表していた。
「さっき、そこに居たよね」
あれだけばっちり視線があっちゃったんだ。気づかないわけは無いか。
「不可抗力って言葉は?」
「別に俺は気にしないけどね」
気にしろよ。という、ツッコミはこの際呑み込んでおく。
「ところで、“私”に何か用かな?」
僕の対人的一人称、私。大抵の人は、僕という一人称を聞くと「はぁ?!」って聞き返してくる。一人称なんてどれでも良いじゃないかと思うんだけどな。
「別に用って程じゃないけど」
爽やか過ぎる笑みが怖いのですがね。
「なんで逃げたのかな~って、思った。から、追って来てみた」
「追ってくる必要は、無いんじゃないのかな」
「何で?」
何故か距離が詰まってる気がするんだけど。気のせい、気のせいと思いたいのだけど。
「ねぇ。何で逃げた?」
答える必要性は、私にはないよ。といいたい所だけど、爽やか過ぎるこの男の笑みに背筋に悪寒が走る。
第一、僕が答える義理はないし、こいつに迫られる必要もないんだけど。そんなこと言った所で、この男菅原秋都が聞いてくれる訳もなかったりする。
「――……離れろ! 菅原っ!!」
「え~つまんないんだけど~?」
「私で遊ぶのは、止めろってば!」
菅原 秋都。
キツネ色の髪にツリ目。身長は、僕との視界差から180cm近いと思われる。女子に人気のルックスとその割りにクールな性格。ここまでの条件が揃って、成績も学年上位ときてる。新入生に一目ぼれされるのも、分からなくはない。それは、別に構わないし、女の子に告白されようと何してようと、僕には関係ない。
だけど、だけどな。僕には構うな。止めろ。
「止めない」
語尾にハートが見えるのは、僕の気のせいじゃないだろう。意識がフェードアウトしそうになるのを必死に止めている僕の耳に、掃除時間の終了を知らせるチャイムの音が届いた。誰か、目の前にいるこの男を如何にかしてくれ。




