6章 事件勃発?
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沙希がこち亀さんに声をかけられてから、二週間もすぎたころ。
仕事を終えて、そのまま一階の食料品売り場へ行った。
閉店間際なので、おおよそのお客さんは帰っている。
沙希は、気心の知れた、二つ年下の正社員の牧野今日子のレジにならんだ。
「あらー。また塩ラーメンなのぉ。そんなにそればっかたべてたら、そのまっすぐな髪、チリチリになっちゃうんじゃない?」
「なんじゃ、それ」
それじゃ、小池さんじゃないの。と突っ込みたいが、多分彼女には通じない。しかし、いつも一言が面白い彼女だ。
「あー、そうそう。今日、そこの出口で事件があったのよ」
と今日子がそっと手で示したのは、沙希がいつも帰る方向の出口だ。
「え? 万引き?」
「違うよぅ。人が刺されたみたいなの」
「うそー。そんな大事だったら、三階のうちの売り場まで話伝わってくるんじゃ……」
「いや、あのね。正確には、出口でてちょっと行った自転車置き場みたいなの。んで、救急車も来たん
だけどね、見てた人が少なかったみたいで、私も休憩中に守衛さんからきいたくらいだから、詳しいことわからないのよねー」
と、今日子は語尾を延ばしてきた。
「あー、わかった、わかった。探りいれとくわよ」
「よろしくね~。今度休憩時間が同じ時にでもきかせてね」
「はいはいー。んじゃ、お先にー」
「お疲れ様」
沙希はかなりぶっきら棒に答えたが、実はこういう事件等は詳細を聞きほじくるタイプだ。
自分が捕まえた万引きなども、犯人が帰ったり、警察にしょっぴかれて行った後に、年齢や学校、勤め先、家族構成、それから動機など、取調べをした守衛さんや、私服の万引きハンターさんにきいてしまったりする。
その時の様子を、初老の守衛さんは苦笑いしながら言ってたっけ。
「レジで本売ってる時は、すんごい淡々としてるのに、こういうこと聞く時って、興奮してるっていうか……、そうそう。嬉々としてるって感じだな」
「うわー。気をつけます……」
と、頬に両手をあてて、表情を戻したのも記憶に新しい。
どうしてか、そんなことが気になるんだ。よく言えば、あの漫画の主人公きどりだが。
『真実は、いつも一つ!』
って、本盗むのに、真実も何もないけど。その動機ってのは、やけに気になる。
悪く言えば、井戸端会議する、近所のおばさん連中と一緒だ。自分でも、これはいけないと思うが、何か聞かずにいられない。
本を売ってる時に淡々としてみえるってのは、同じ時間にレジに入る川西さんにも言われる。それは、もちろんわざとだ。
二年前は、ごく普通に接客をしていた。定期購読の人にも、親しげに世間話をすることもあった。普通に笑うのを止めてこうなったのは、あいつのせいにしたいが、それだとあいつに負けてるみたいだから嫌だ。
自分から、接客態度を変えたと、思いこむことにした。
周りから淡々としていると言われるなら、まあ成功しているだろう。
だから、早くあの嫌な視線の奴が失せてくれればいい。何度も、目潰しでもしてやりたいと思っている。まあ、直接潰すことができないにしても、どこかの秘孔をちょんと突いて、『ひでぶー』とか言わせて抹殺してやりたいと常々思っている。
うわ。あいつの事なんか考えてたら、嫌な気分になってきた。
そういや、今日のは大きな事件じゃないか。
明日、新聞沙汰になるだろうか。そう思いながら出入り口まで行って右に曲がると、従業員の自転車置き場がみえてきた。お客さんも置けるけど、夜になると暗い場所だから従業員くらいしか置かない。だけど、そこは抜け道になってるので、沢山のお客さんが自転車で通りすぎていく。
外はまだ暑い。暗い中、警察がまだいた。
あれは、鑑識さんだろうか。周りでは、五、六人のお客さんが、遠まきに様子を伺っている。
私の自転車は、鑑識さんがいるすぐ横だから、必要があって近づける。だけど、一般人
なので、さすがに声はかけられない……かなぁ。
どうやって聞こうかと考えてると、見物人の中に、知ってる顔をみつけた。
「……あ、どうも……」
斜め前の家のおばさんだ。結構しゃべる人なので、いいところで会えた。
「あらー。沙希ちゃん。今お仕事終り?」
「はい。ここ、何かあったんですか?」
そ知らぬ振りは、結構自信がある。
「なんかね、夕方に誰か刺されたらしいわよ、あの辺で」
「あの辺って……。あの鑑識さんみたいな人がいるところ?」
「んー。そうじゃないかしらね。私もみたわけじゃないからね」
「あそこ、私の自転車あるんだけど……」
「あらまあ、大変。血がついてないといいわねぇ」
「えーっ。そんなぁ……。んで、犯人と、刺された人ってどんな感じなんですか?」
「いや、それもね、聞いただけだからわからないんだけど、刺されたのは若い男の人で、刺したのが小太りのおばさんらしかったって……」
「は? どういう組み合わせよ、それ……」
「ねえ。私も、犯人と刺された人が、逆じゃないかって、聞いたんだけど、そのとおりみたいよ。若い男が、おばちゃんの財布狙って刺すってのが普通なのにねぇ」
「いや、普通は人を刺したりしませんから……」
沙希は苦笑いして、おばさんを見た。
「で、それは誰から聞かれたんですか?」
「ん? 向こうで、買物する人誘導してる外警備の人よ。あの人なら、暇そうでしょ」
いや、普通に誘導っていう仕事してますから。と突っ込みたいが、そこは我慢して。
「他には、何か?」
「ええとね。刺されたのが背中か肩みたいで、死ぬほどではなかったみたいよ」
「はぁ……。じゃぁ、後ろからなんですね」
こうやって、人の口からいろいろ推測するのは、結構好きだ。
「で、方向はどちらへ?」
「は?」
「あ、店に向かう途中だったのか、帰るところだったのかってことですけど……」
「ほんなもん、知らんわ。どっちでもええがね」
「まあ、そうですけど……」
そういうのも、結構重要な事項だけど、おばさんらにとっては、そこで事件が起きたってだけで大事件だろう。
「あ、で犯人は捕まったんですか?」
「捕まってないらしいわよ。ぶっそうよね。どんな人かしら。新聞にも逃げてるって載せるのかしら」
「載れば、そこそこ詳しいことわかりますね」
「そうよねー。あら。もう終るのかしら」
「あ、じゃぁ、行かないと」
「私も、そっちだわ。犯人つかまってないから、一応家の前まで一緒に帰りましょうか」
「そうですね。あの道は暗いですし。じゃ、自転車のとこまで……」
沙希が歩きはじめるころには、見物人たちもいなくなっていた。
おばちゃんは自転車を引いて、沙希のところでとまってくれた。
自転車の鍵をズボンのポケットから出して、サドルの下のところの錠を解こうとした時、鋭い声が飛んだ。