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5章

   ◇


 沙希は、通称こち亀さんー浅見さんが離れ、ストーカーがいなくなるのを待って、川西さんの方へ小走りに行った。


「あいつ、こっち見てました?」

「みとったわ。この間みたいに、すんごい目してたで。やばいわ。あいつ」

「あー。もう川西さん、何わからないサインだしてるんですか。しかも、その後すぐに×マークなんかだして……」

「ごめんなぁ。せっかく話かけてたみたいだから、がんばってもらおうと思ってな」

「いや、がんばるつもりないんですけど。それに少しでも長く男性のお客さんと会話するとあいつににらまれるからどの人ともくだけた会話できないのは嫌だわ……。まあ、話かけるのだけはやめてもらえるといいんだけど」

「……嫌やけど、今度言っておくわ」

「は?」

「あ、いや。吉村さんからはいいにくいんなら、私からこち亀さんに言ってもええけどなってこと。でもなー。何かおかしいわな。なんであのストーカー優先して、男の客さんと気軽に会話するのやめなあかんのかな」

「ですよね。別にこち亀さんと話してたくないですけど、別の男のお客さんで、私が長く話こんでたら、それでもにらんでくる感じなんですよね?」

「あの目はきっとそうやわ。怖いなぁ…」

「やばいですよね。今のとこ、職場でてから家までつけられるとかはないようですけどね」


 細心の注意を払って、いつも家まで帰ってる沙希である。ある意味、自分が挙動不審な態度で、家路についているのだ。


「あっちを何とか追い払ってからでないと、吉村さんも落ち着いて話せないわな。あ、そうや。さっきお茶に誘われてたんちゃうか。もう売り場では危ないで、そういうとこで話したらええんちゃうか」

「いえ。あのだから、私から話すことないし、お茶なんていわれてないんで」

「まあ、そういわんと。一回だけっていって要望を聞いてあげて、そこではっきり断ったら、きっぱりあきらめてくれるんちゃうか」

「はあ……断るも何も……」

「ああ、あかん。あいつ後ろに回りはじめたで。私らの話聞きに来るんとちゃうか」

「え。いなくなったと思ったのに……。うわ。じゃぁ、事務所で客注入荷の電話してきます」

「そやな。ついでに休憩もしといで」

「はい、ありがとうございます。何かやばそうだったら、笛吹いたり、電話していいですから」


 と、制服の胸元に全員掲げている、笛をつまんだ。


「うわー。私一人か。狙われてないのわかってても、何か怖いなぁ」


 とつぶやく川西さんを置いて、沙希はそそくさとそこを離れた。


  ◇


 こち亀さんが次の五十一~五十五巻目を買い来るまでに、十日は間があったとおもう。

 いつものように、沙希が一人でレジにいる時に声をかけてきた。というか、川西さんは、

この客がくると、なぜかレジから出ていってしまう。居て欲しいのに。

 なので、目をあわさないように終らせて、浅見さんが去るのを数秒待つ。


「あー、あの。漫画ってお好きですよね…」


 あらー。話かけてきたよう。しかも、それって。


「前にも、聞かれましたね、それ……」

「あ、あぁ。そうでした。すみません……。その、よかったら、お茶しながら、いろいろお話がきけたらいいなぁ、と……」

「あ。いいいいや、すみません無理ですっ」


 沙希は思いっきり手を横に振った。

 うわー。二度もびっくりした。いきなりなんでこんなにストレートにお誘いしてるのよ。

 ってか、それって前にも言われたっけ。あの時は、川西さんがバツとかやってるから、あちらに気をとられて、まともに聞いてなかったわ。


「駄目ですか……。こんなオタクっぽかったら駄目ですかね……」

「いや、私もオタクですから、それは関係ないですが……」


 って何フォローして、しかも暴露してるの、私。


「あー、やっぱりそうですか。ただの漫画好きではないとおもったんですよね。夏、冬は有明に行かれる方ですか?」

「はい、それはまあ……」


 って、何で再び正直に答えてるの。


「僕、こっちに引っ越してきてから間がないので、そういう人いないんですよね。リアルで漫画話できたら楽しいかとおもったんですけど……」

「わ、私ではなくても、いまはオンラインで趣味が同じ方、すぐに見つかるとおもいますので、すみませんが、そっちでおねがいします」

「あ、何かサイトおもちですか?」

「いや、たとえですよ。オタであれば、オンラインは当然ですから」

「そうですか……あ」


 こち亀さんは、レジに他の客が近づいてきたのをみて、すっと横にずれた。


「では。また買いにきます」

「え……あ、はあ……」


 周りの状況は読める人のようだ。けど、これでもう、変なこと話かけてこないでしょうねぇ……。

 やってきたお客さんをさばきながら、去っていくカヲルもどき君の背をちらりとみた。

 うわ。笑い男マークのTシャツだよ。

 沙希はそういうのは、コレクションとして持つくらいだけど、男の人は普通に着るんだ。

と、ひとりごちた。

 同時に、判ってしまう自分ってどうよ、とセルフ突っ込みを入れるのは、いつものクセだ。

 行ってしまってから、川西さんがにやにやしながらやってきた。

この人。意地が悪いことに、カヲル君に話かけられてる時は、本の整頓をしながら、様子をみていたのだ。


「あらー。随分盛り上がってたなぁ」

「いやー。うっかり口滑らしたら、あっちがすかさず話続けてきて……」

「んで、何いわれたん?」

「お茶しませんかって。再び。今どきあのせりふ言う人っているんだね。古いよね」

「いや、古典的なだけだと思うけどな、で、OKしたん?」

「するわけないですよ。速攻お断りしましたよ」

「もったいないなぁ。そんなに悪いような人にはみえんけどな。少なくとも、あのいつものストーカーよりは……あ!」

「あ?」


 沙希は川西さんの声に驚いて、辺りを見回した。あいつが近くにいるのか。いや、いない。


「そういえばなぁ、吉村さん、あのこち亀のお客さんのレジやっとる時にな、あいつ、あのストーカー。すんごい目で二人をみてたで。気ぃつけてな」

「えー。居たんだ……。だったらレジやる前に、バツマークで中断して欲しかったよう……。そんなぁ……」


 私が話かけられて嬉しいのは、シャアというか、クワトロさまくらいなのに。


「あー、ごめんなぁ。うっかりしててん。何か、三角関係やな」

「いや、それ違うから」

「今度から、ストーカーがいる時には話かけてこないようにしてもらわないかんなぁ」

「いや、もう買物する以外話しなくていいし、ちょっとレジかわってもらいたいですよぉ」

「そうは言ってもな、こち亀の方は吉村さんがレジに入るのを待ってるからな」

「あー…。こないで下さいって直にいえないもんね。こち亀の人も、ストーカーもね」

「そうそう。それが厄介だわねー」

「吉村さんに、彼がいると思わせたらええんちゃうか」

「うーん。こち亀さんの方は引き下がりそうだけど、あの二年もいるあれはどうかなぁ。かなり不気味だからね。引き下がるといいけど。でも、どうやって?」

「二人とも寄せつけないためには、指輪がええんちゃうか。私の臨時で貸してもええし」

 と川西さんは左手の薬指のを外した。

「あのストーカーとかがいる少しの時間なら、はめてもええで」

「えー」


 と渡されたそれをみると、明らかに大きい。試しにはめてみたが、スカスカだ。親指にさえはめられない。ってか、カヲル君も、ストーカーも、指輪なんて見ないんじゃないだろうか。


「指細いなぁ……いや、ちっこいわ。子供の手やん」

「だって、身体全体がミニサイズだもん」

「あ、いらっしゃいませー」


 いつの間にか、店内に客が増えていた。

 沙希は指輪を速攻返して、川西さんにレジをまかせ、増えてきた学生を見張りながら整頓するために売り場にでた。

 その日はストーカーも来ず、平穏に終わった。


    ◇



 よし、とりあえず、あれだけ話が続けば、僕にしては上等だ。

 僕は話上手でないのに、彼女からいろいろ話してくれたのは、やはり読みどおり、漫画好きで、自分と同じように夏、冬に東京に通う人だったからだろう。

 この辺りの話を続ければ、いずれは彼女とレジのおばさんのように、楽しく笑いながら会話できるのではないだろうか。

 それとも、あれは同性にだけ見せる笑顔なのか?

 あまり売り場でうろうろすると嫌がられるかもしれないから長時間滞在しないけど、彼女が接客する時って、あんまり笑顔をみせない。赤ちゃんや幼児にだけは、笑顔をみせてたけど、あれがサービスなのかと思ってしまう。いや、まあ自然な笑顔だったけど。

 それにしても、あのおばさんの意見だったとはいえ、いきなりお茶は無謀だったかなぁ。

 そうだ。お茶じゃなくて、本関連ならいいかも。


『あきらめたら、そこで試合終了ですよ』


 って、二重あごのじいさんも言ってたではないか。ここはやはり、古本屋とか、アニメショップに誘ってみるか。

 

 次の計画を練りながら自転車で店を出た雄二は、帰宅の途についた。






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