表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/29

4章

    2



 外見が渚カヲルこと、浅見雄二が沙希のいる本屋にきたのは、ほんの偶然だった。

 いつもは、家の近くの大型書店にいくのだが、その日は服を買おうとおもって、大型ショッピングセンタに行き、その時に漫画の新刊がでてるはずなのを思い出して、帰りに本屋に行こうとして、そういえばこの店の中にも本屋があったはずだと思い出し、行き着いたのだった。

 二日前に発売されたお目当ての漫画と、ホビー雑誌を買いにきたのだった。


 それを手にとってレジにもっていった時に応対してくれたのが、まっすぐな長い黒髪を一つに束ねた、小柄な店員だった。

 その時の店員の一言が、雄二の心を暖かくした。それだけだった。すぐに胸元の名札をみて、フルネームを覚えた。それからずっと気になって仕方がなかった

 東京から転勤してきて、まだ知り合いもいないし、仕事も慣れてきたってほどでもない今の状態は、そう、ちょっと寂しかったのかもしれない。

 今までに彼女などいたわけでもないし、特に今すぐ必要だとも思ってなかったが、なぜか気になる。だけど、いきなり話かける勇気はない。


 だったらどうする。

 と考えておもいついたのが、本を定期購読することだった。

 だが、残念なことに、今の雄二はジャンプさえ定期で読んではいなかった。

 だから、長編漫画を少しずつ買うことにしたのだった。

 一番長いのがこち亀だってのはわかっているし、昔三十冊ほどは読んでいた。今は処分してしまって持ってなかったので、もう一度最初から買いなおしてそろえてしまってもいいと思った。

 全部買い終えるまでには、一度でいいから、喫茶店でお茶くらいできればいいかな、という長期的戦略だ。転勤のお呼びがかからないといいけど。それで、一週間に一度くらいのペースで五冊ずつ買いはじめた。


 買う時は、必ずあの彼女。吉村さんがレジにいる時を狙っていた。

 五、六回くらい通えば、顔と名前と、取りおきの本くらいは覚えてもらえるだろうと思っていた。


「いつもの本ですねー」という声を期待していたのだが、甘かったようだ。

 きっと、名前も本も覚えているだろうになぁ、と思うけど、彼女はいつも真顔で「お客様と、本の名前とをおねがいします」と言ってくる。

 あの、初めて来店して新刊を買った時に言ってたのは、確かに独り言で、僕に話かけてくれた内容でなかった。でも、またああいう一言がききたい。

 でも、毎回なんだかあまりにもそっけない。

 あれか? マニュアル接客。

 ファーストフード店で、一人で来店して、十個くらいバーガーを頼んでも、「こちらでお召しあがりですかー」と聞いてくるやつ。


 そうなのか……。それでもいい。僕は、マニュアルではない彼女の顔を見ている。同じ時間帯で働いている年輩の人には、あんなによく話かけてるじゃないか。

 慣れればきっと、軽やかに話かけてくれる……はず。

 でも、話かけるきっかけがつかめなかった。

 そんな時、救いの手を差しのべてくれたのは、彼女と同じ時間で働いているらしい、あの年輩の女性店員だった。



 ◇


 それは、こち亀の四十五~五十巻目を買いに来た日だった。

 いつもいるだろうと思う時間に彼女がいない。たまに数十分して、どこからか帰ってくるから、それだろうかと思って、先に一階へ食料品を買いに行ってから戻ってみた。

 それでもいない。運悪く、彼女が休みの日にきてしまったようだ。

 それなら仕方ないから、違う日に出直そうと思っていたら、レジからあの年輩の店員が

近づいてきて、僕に声をかけてきたのだった。

 それがあったから、僕は決心がついた。

 一週間後に、声かけを決行したのだ。


「あのー。漫画って結構読まれますか?」

「は? はあ。まあ……」


 彼女は、ものすごく驚いたように顔をあげて、僕をみた。


「あ、あの。いろんな漫画について、ちょっとお話できたらいいなぁ……と」

「え……あ」


 彼女が、ちょっと待ってというように、片手を僕にかざして、横を向いた。その視線に先にいるのは、あの、年輩の店員だ。

 僕をみているのか、片手で丸を作っている。それは、押せというサインなのか?

 では、と言葉を続けようと、彼女をみた。彼女は、まだ横向いてその店員をみている。

 すると、その店員はこんどは両腕でバツ印を作ってすぐに腕を下げて、移動しはじめた。

 なんだ? 今日は、もう駄目なのか。よくわからないぞ。サインの練習なんて、事前に

打ち合わせしてないし。僕はサイボーグ001みたいなテレパシーもないぞ。


「あ、あの……。お客さんに呼ばれたようなので、これで……」


 どうしたんだろう。急に慌てだしたぞ。


「あ、はい。じゃぁ、また今度……」

「あー、はい……」


 えーと。まあいいか。了承とは思えない返事をもらったところで、とりあえず雄二は帰ることにした。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ