27章
「はぁ……ぬかった……」
沙希にはコスプレの趣味がないので、これはとっても恥ずかしかった。数日後には、逆に撮られたがって、すばらしいコスプレをする人達で溢れかえる場所に行くけど。
その、数日後のイベントのことは、以前からメールで打ち合わせてあった。
そう、年に二度の、ビックサイトでのオタクの祭典のことだ。
沙希は一般参加歴、十年ほどになる。ここに勤め出したのと同じ年数だ。
クリスマスと正月いう、学生バイトや子持ち主婦が休みがちな所をカバーして出勤する替わりに、年末三日休みをとらせてもらうという、売り場的にも需要と供給があってるシフトで、申し訳ないという気持ちをもたずに、堂々と休みとして行ける日でありがたい。……夏は、申し訳ない日の開催が多いが、なんとか休みをとらせてもらっている。
沙希は、面倒なクリスマス商品の撤去に取り掛かりながらも、例年よりも浮き足立ってきた。
◇
今回の、某ビックな場所での祭典は、沙希も雄二も行き慣れている。
だから、待ち合わせ場所も時間もすんなり決まった。
だけど、朝から待ち合わせてずっと行動を共にするわけがない。ここではそれぞれが好きな場所で好きな時間を過ごすのだ。
食事の間だけ一緒の時間を過ごす。これが一番お互いの時間を拘束しないで、かつ、会うのに都合がいい。
打ち合わせた時間に、沙希は赤玉前へ向かった。この会場には、赤、青、緑の大玉があって、待ち合わせ場所としての役目をもっている。
携帯電話が充実している現代だけど、この日ここには何十万人と密集しており、それぞれが発信、送信するので、携帯各社どれを使おうとも、つながりにくい。
よく参加する人たちは、アナログ待ち合わせを慣行する。
雄二が二重、三重になっている人だかりの赤玉までいくと、沙希はすでに待っていた。
「遅くなりました?」
「いや。丁度いいくらいです。どこに食べに行きます?」
雄二は、笑い男のロゴが背中にある、深緑のジャンパーを羽織っていた。今日は、これを着ていても、コスプレとしては地味なくらいだ。
沙希は黒いコートだ。
「どこでもいいんですけど……食べたら私、コスプレを撮りにいこうかと思ってるの」
「そう。じゃぁ……一階のレストラン街がいいかな?」
「それでよければ、お願いします」
二人は、人波に順応してレストラン街まで着いた。
「どこにする?」
雄二は沙希の希望をきく。
「どこでもいいんだけど……。急ぎます?」
「いや、今日はそんなに買い物ない日で、この後はぶらぶらするだけだから」
「そうですか。私も主な用事は終わったので……じゃぁ、少し落ち着いたこの店でいいですか? 和食ですけど」
「僕は嫌いな食べ物ないから、どこでもいいよ。ここにしようか」
二人は、少し落ち着いた雰囲気の和食の店を選んだ。
店の造りや、メニューは落ち着いているが、今日はお祭り。お客さんたちはみな、店の雰囲気に合ってない。それは雄二たちも同じかも知れないが。
それでも、大声で騒いだりするような輩はいない。オタクは意外と礼儀正しいと思うのは、持ち上げすぎだろうか。
沙希が長椅子で雄二は椅子なので、雄二が荷物と上着をあずけた。それから沙希もコートを脱いで、畳んだところで雄二は気づいて、手を伸ばした。
「ん? 財布ですか?」
「いや、そのコートって……ちょっと見せて」
沙希は、すこし笑顔で雄二にコートを渡した。
「やっぱり……。少佐のコートじゃん。いいね」
「着てる時は気づかないものね……。まあ、コートの中や髪型をコスプレしてるわけhじゃないからね」
「いや、横で歩いてたから、しっかりコート見てなかっただけだよ。せっかくだから、コスプレもいいかと思うけど」
「……わかってて言ってるとは思うけど、背がないから全然似合わないのよ。だから、コートとして着てるだけ」
沙希は頬を膨らませた。
「まあね……。似合ってないわけじゃないよ。普通にコートとして見られるし。沙希さんに合うのは……そうだね、背が低いから、メイドさんかなぁ」
「……まあ、露出してないからいいけど……やらないわよ」
「きっと似合うよ。まあ、でも外見からするなら……前にも言ったとおもうけど、ホリックの侑子さんかな……」
「でもね、あのキャラも背が高いと思うのよね……なかなかチビはいないわね」
「チビでその髪型なら、閻魔あいとか。お供も引き連れてコスプレするなら、かなりウケがいいと思うよ」
「えっと……この年齢の私に、中学生の制服?」
「違和感ないよ。それに、男がセーラームーンのコスプレする所だよ?」
「いや、まあそうだけど……『いっぺん、死んでみる?』ってやるの?」
「そうそう。いいね……ってあ、メニュー選ばなきゃ」
「あっ、忘れてたわ」
沙希も釣られて笑った。




