24章
◇
翌日。出勤していた川西さんに、沙希は男性のことを伝えた。
「おおきにな。また聞かれてもつっぱねてな」
「はい……で、本当に顔見知りではないですか? あの様子だと、また店に来る感じでしたけど」
「そうか……まあ、揉め事起こされても困るからな……言うておくか」
「はい?」
「あの人は、元旦那や」
「……あらまあ……」
そういえば、聞いたことがある。川西さんは、離婚していて女手一つで娘さんを育てたと。
「まだ近くに住んでるんですかね……?」
「さあな。私らは離婚してから、結構離れたんやけどな」
「それって、大阪から愛知までってことですか?」
「いや。私の関西弁は小さいころから抜けへんだけや。どうも名古屋弁になじまんのや。結婚してからはずっと愛知や。それでも離れたつもりやったんや。まあ、うちの娘が連絡とっておったってのが一番簡単な推理やな」
「そうですか……」
この辺りの推測は、コナン君や金田一君でも鼻先で笑う程度の推理だろう。
二人は、作業ワゴンに今日の新刊をや追加発注分の本を箱から出し、並べながら会話をづつける。開店してから昼まではそんなにお客さんも来ない。
「なんや今更。金の催促でもしに来たんかな」
「さあ……今度来たら、聞いてみたらいいんじゃないですか?」
「いやや。話すなんてありえへん。……せや。吉村さんらはな、私らみたいにならんとってや。残念なことに、私らは金の切れ目が縁の切れ目の事例や」
「そうですか……」
「まあ、あの時の犯人みたいに、キレて刺してくるようなタマやないから安心しとき」
「そうは言っても、年月経って、性格変わってるかもしれないじゃないですか」
漫画のキャラは、年月経ってもあんまり豹変しないけどね。
「ああやって、影からチラチラみてたんやから、変わってないやろ。目付きもそんなに鋭いわけやなかったし」
「それはそうでしたね……」
男性の視線は、万引きするようなギラリとしたものではなく、むしろ優しい目付きで川西さんをみていたように思う。
「まあ、何の用かわからんけど、無視や無視。そのうち娘に用事伝えるやろ」
「……私の推測ですが、娘さんと普段からコンタクトとってるんでしたら、そちらに用件伝えるはずです。ではなくて、川西さんのところに来たんでしたら、単に姿をみたかったんだと思います。丁度、サンタ帽でお茶目ですしね」
「……あ、そうや。今は被ってたんや」
沙希は被ると違和感ありありなんだが、川西さんはかぶってることを忘れるほど、頭にフィットしてるらしい。
「で、多分これからも、姿だけ見にこられると思います」
「……なんやて? マジでか……」
川西さんは頭を抱えた。
「それって、数年間あった、吉村さんのストーカーと同じやん」
「……残念ながらそんな感じになるかもしれませんね」
ずっと見てるだけの人間にはどう対処したらいいのか、沙希にも未だにわからない。こんなキャラが漫画やアニメにいて、解決策でもだしてくれればいいんだが、ネタ的に地味すぎて、キャラ確立もしないんだろう。
「仕方ないな。後で娘に聞いて、ビンゴやったら、今後店に来んようにクギさしてもらっておくわ」
「……まあ、そうですね」
こちらも、この先個人情報をどんどん聞かれても困るだけだ。
◇
夜の七時ごろになって、久しぶりに浅見さんが本を取りにきた。
「……どうしたんですか? 風邪ですか?」
浅見雄二は、マスクをしていた。この時期から数ヶ月はインフルエンザが蔓延していくので、予防としてマスクをしている人もちらちら増えてきているが、浅見さんの表情はそうではなかった。
「……はい。見事に風邪です。明日やっと土曜で休みだから、家で寝ながら本読むために、取りに来ました」
「……まあ、難しい本じゃないからいいですけど。お大事にしてくださいね……」
「はい。元気になったら、また報告します。年末のイベントまで、ずるずると風邪ひいてる場合じゃないですしね」
「ああ、そうですね」
沙希は苦笑しながら答えた。
毎年、八、十二月は、オタク的に大事なイベントがある。その時期に体調を崩していては、悲劇だ。引いてしまうなら、むしろ今のうちかも知れない。
「沙希さんも、接客業なので気をつけてくださいね」
「ええ……まあ、毎年すんごい流行してる時期で、マスク姿のお客さんだらけの中でも、風邪引かないんですけどね」
「そうは言っても、油断大敵ですよ。何かのキャラも言ってるじゃないですか」
「そんなキャラいましたっけ?」
「ええと……あ、ちょっと頭が回転しないので、保留で。ともかく気をつけてくださいね」
「はい。ありがとうございます」
横の織田さんにチラ見されながらも、それだけの会話は交わした。
レジから去っていく浅見さんだったが、本屋から出る直前、その肩を叩く人がいた。
「あ……」
川西さんだ。川西さんが、浅見さんの肩を叩いていた。それから会話を始めた。
なんか余計なこと話してないといいけどな。と思いながら、沙希は近づくことはせずに、チラ見して見守った。どうせ、会話の内容はすぐに言いにくるだろう。
と予想通り、川西さんが来た。浅見さんは、帰っていったようだ。
「こんな時間に、まだ店にいたんですか?」
沙希は、会話を先制した。
「今日は夕飯の買出しや。それよかな。吉村さん。チャンスやで」
「……なんのですか?」
「看病や。こち亀さんの家に行く口実やで」
「……行きませんよ」
「せっかくの好感度上げるチャンスやろ」
「……いえ、あげなくていいですから」
「そうかー。そんなことせんでも、もうラブラブやからええか」
「そうじゃないですけど……」
川西さん、本当に茶々入れが好きだな。
「ここで看病に行ってみいな。もしかしたら数年かかる交際が、あっというまに結婚に至るかもしれへんで」
「……いやあの。いそいでませんし……」
この会話に、チラ見していた織田さんはもう吹き出している。
「ちょっと、もう整頓に行きますので……」
沙希は会話を強制終了させようとする。
「ええよー。整頓していく先で話しようかー」
「え……」
川西さんは本当についてきた。重い食材は、レジの中に保管してもらっている。ちゃっかりした人だ。
「せかやら。吉村さん、あと数年したら高齢突入やん。そうなるといろいろ後手後手になるさかいな。時間は大事やで」
さくっと、グサッとくること言ってくれてますが。まあ、嫌味ない言い方なので、これでカチンとくる沙希ではない。
「……時間は大事ですが、使い方次第です。川西さんは、旦那さんとそうやって早めに結婚されたんでしょうけど……」
「せやった……。早まってしもうた……。あかんあかん。人選は慎重にな」
「さっきと言ってることが逆みたいですけど」
沙希は思わず吹き出した。
「まあなあ。吉村さんのことだがら、先に子供できて慌てることはないやろうから、まあ相手の素性をかなり探ってから、決めてみいな」
「……そうですね……」
川西さんが、元旦那さんのどこをみて誤ったというのかは、まあきかないでおこう。
「でもなー。この先なかなか家に行くチャンスは持てへんで」
「いいんです……」
「私をダシにつこうてもらってええから、『川西さんが見舞いにいけと言ってる』とかメールしてみいな」
「まあ……きっと、風邪が移るから来ないようにって返してくるのが、常識的返答ですよね」
「ああ、そうか……。あんまり女性にがっつくタイプでもなさそうやしな。まあ、試しにやってみい」
「考えておきます」
それだけ言うと、沙希は整頓を終わらせた。