23章
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十二月になると、店内の飾りつけがすっかりクリスマス仕様になっており、天井にはモールまで下がっている。なんだか気ぜわしい。
この季節は、店内がチカチカするだけでなく、店員も多少きらびやかにならないといけないので、沙希はそれが憂鬱だった。そう、近年コンビニ店員でもやっている、サンタ帽での接客だ。しかも、沙希には赤いエプロンまでついてくる。これは、どんな年齢の男女でもやらされるので、ベテランのおじちゃん、おばちゃん店員も帽子だけは被る。
それでも、苦笑いしながらでも結構みなノリノリで、学生バイトに至っては、男女とも閉店後に写真を撮りあっていたりする。
沙希も例年嫌々被っての接客だが、今年はどうしても嫌だ。
だって、浅見さんがやってくるから……。どんな顔されるだろうかと想像して、ため息をつく。
「おお、恋の季節だねぇ」
川西さんは、沙希の浮かない顔を何と勘違いしているのか、突っ込んできた。
突っ込みはいれつつも、手元で書店のカバーの端折りはこなしている。時間がある時に、文庫用、漫画用の紙カバーの端をおっておく。やっておかないといざという時に、何箇所も新たに折るので、お客さんを待たせてしまうのだ。
沙希は、オンライン端末で欠品の発注をかけつつ、店内を見回している。もうちょっとしたら、学生が家に帰る前に寄っていく時間帯に差し掛かる。
「そんな季節はないでしょうけど……サンタ帽が嫌なんです」
「せやな。吉村さんは毎年嫌がってたからな。今年は更に、恥ずかしいからやろ?」
「……まあ、そうですね……」
この人の前では小細工は通用しない。完全に言い当てられているし。
「こち亀さんが来たら、すぐに帽子はずそうにも、きっと後ろからみてますからね……」
店の構造的に、お客さんがレジの後ろの商品もみられるようになっている。そこに立てば、後姿でサンタ帽の店員がみられるのだ。
「もうそろそろ次のとりに来る気がするんですよね……」
「どうしても嫌だったら、次に取りに来る予定の日をメールで聞いて、避けるという手もあるけどな」
「わざと休憩に出てしまうんですか? その間に、川西さんと余計な世間話されるのは、ちょっと……」
「言うてくれるなー。もう二人のキューピットは済んでるから、あとはてぐすね引いて待ってるだけや」
「はあ……そうですか……」
もう何も言うまい。あきらめて、見られるしかない。
ズレ落ちそうな帽子を被り直して、店内を見回した時、不審な視線を感じた。
沙希の、警戒スイッチが入る。『悪・即・斬』をしなくていい相手であってほしい。
その男は、見た目五十代。深緑のコート。統計的には、あまり本を万引きする年代ではないけど、万引きに常識も例外もない。その視線は遠くから沙希……というか川西さんをみている。
「あの……川西さん」
「なんや?」
「あの人、知り合いですか?」
「は?」
沙希がレジから遠く、示す方向に、川西さんが目をむけた。と思ったら、すぐに逸らした。
「しらんわ」
「そうですか……」
とはいえ、その男性は半分姿を隠しつつ、まだ川西さんをみている。本屋だけど、本には全く興味のないような行動だ。
「そろそろ、織田さんくるやろ」
「え? ああ、そうですね」
「織田さん来たら上がりやで、そこらへん整頓してくるわ」
言って、川西さんはレジをでて、男性とは反対側の売り場へ歩いて行った。
しばらくして、学生バイトの織田さんが来ると、川西さんはすぐに退社していった。
それからまもなく。
「あのー」
先ほど、川西さんを見ていた男性がレジにやってきた。
「はい、なんでしょうか?」
「先ほどまでいた店員、名前はなんというんでしょうか?」
「あのー。個人情報にあたりますので、私からはお伝えしかねます。もしよろしければ、店員はそれぞれこのように名札を下げてますので、今度あの店員が出勤のおりに、ちらりと拝見されたらよろしいかと思います」
沙希は丁寧に頭を下げた。
「そうですか……わかりました」
ほっそりとしている男性の口調は丁寧だった。そのまま店から出ていった。
沙希はすぐに横にいた織田さんに声をかけた。
「今みたいに、他の店員の個人情報とか、シフト。お客さんに聞かれても、答えないようにね」
「あ、はい……」
「家族ですって言って聞いてくる人もいるかもしれませんけど、それも直接本人に聞いてくださいって、対応してね」
「はい、わかりました」
織田さんは真剣な眼差しで聞いていた。