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22章

       ◇


 歌っている沙希さんは、ジキルとハイドほどの豹変ぶりをみせてくれた。

 入れる曲目のほとんどが、熱血熱唱系。そして男性ボーカルもかなり多い。普段の声からは

想像もつなかいほどパワフルで、かつ上手かった。


 三時間のパックにしたけど、ずっと沙希さんのリサイタルでいいと思ったくらいだ。

 最初は八十~九十年代のアニメの主題歌をいろいろと入れていた沙希さんだが、僕が戦隊ものをいれると、そっちにもスイッチが入ったのか、年代順に主題歌を入れ始めた。僕もみてない番組があるけれど、主題歌は一通り歌えるので、沙希さんが二曲いれる後に、続きの戦隊の二曲をいれ、最後はずっと戦隊オンリーになった。


 残り時間がわずかな時になっても戦隊が今年のまで到達してなかったから、当然のように一時間追加したほどだった。しかも盛り上がりすぎて暑くなり、途中でクーラーをいれたほどだった。

 だから、外に出たときには薄暗かったけど、涼しくてとても気持ちいいと思ったくらいだ。

 そこから先は約束してないから、解散しなくちゃいけないかな。

 余韻に浸って、夕飯も一緒したいところだ。


「あの、この後時間って……」

「うーんと、外で食べていいかどうか聞いてみる」


 沙希さんはそういうと、携帯で家にかけた。そうだ。実家暮らしっていってたな。門限が厳しくないといいな。


「折り合いがつきました」

「食べてきていいって?」

「はい。大丈夫です」

「よかった。門限に厳しい家なのかと思ってました」

「いえ、全然。私、夜中にマンガ喫茶に行ったりもしますし」

「え? 夜中?」

「ええ。私遅番だし、夜のほうがなんとなく集中して読めるんです」

「へえ。何を読んでるのか、いろいろ聞きたいな」

「いいですけど、どこか店に入ってから……」

「そうでした」


 雄二は、またも沙希さんの案内で、ファミレスに入った。



           ◇


「吉村さん、この間男の人とデートしとったん?」

「え、え? デートって……?」


 確かに、二日前に遊んだあれは、カラオケデートなのかも知れないけど、なんでそれを川西

さんが知ってるの。

 沙希はレジで必死に素知らぬふりをするけど、案外鋭い川西さんには通用しない。


「カラオケの個室に二人だけで入るってのは、まあ、デートだわな。相手が女の子でないならな」

「デートかどうかは……」

「相手はひょっとして、あのこち亀さんか?」

「あの……」


 どうして、カラオケに行ったことがバレるんだろう?

 誰にも言ってないし、川西さんはあの時間はここで働いてたはずだから、目撃するはずはない。だとしたら……。


「あの、誰かが見間違えたんですかね……?」

「いや、吉村さんは髪をおろしてたけど、間違いないだろうって」

「それ、誰がみてたんですか……?」

「私の娘よー。カラオケ屋ですれ違ったはずやで」

「うわぁ……」


 これはもう呻くしかない。あの時廊下ですれ違った女子大生風な子は、川西さんの娘だったか……。そういえば、何度かここで買い物をしてくれた気がする。川西さんも、レジで娘だと紹介してくれてたはずなのに……なんたる失念。


「なあなあ、デートの内容はまあええからさ、お互いなんて呼ぶことにしたん?」

「あ、あのその普通に苗字で……」


 と思わず答えてしまい、語って落ちてしまった。


「そうかー。うちら、こち亀さんって呼んでたからな、まさかそれで呼んでたんかとおもってなー。まあ、あとは詮索せんでな。堂々とデート続けてな」

「……はあ」


 もう、弁解もなにも効かない。特に後暗いことをしているわけではないから、あとは、本当に詮索を入れないでもらえればと思う。

 それにしても、呼び名。実は川西さんの言う、まさか、だった。

 あれはファミレスに入ってからのことだった。

 あの日歌った曲目とか、漫画についていろいろ話してる中で、思わず口にしてしまったのだった。


「ところで、こち亀さんは普段はどなたとカラオケに行ってたんですか? かなり歌い込まれてますよね」って。


 で、普通に答えてくれると思ったのに、盛大に笑い出して……。それから、呼び名で問いかけてしまったことに気づいた。


「あ、ごめんなさい……」

「いやいや。お店の方とは、そういう呼び方をしてたんでしょう?」

「ええ、まさにその通りで……すみません」

「いいですよ。そちらでも。それがハンドルネームだと思えば、あんまり奇妙ではないですよ。今は、ハンドルで呼ぶだけの関係もかなりある時代ですし。携帯アドレス交換しても、登録はハンドルで、本名も住所も知らないって、ザラでしょう」

「そうですけど……」

「僕を、本名で呼んでくれるんですか?」

「あ、あのどちらでも……どんな呼び方がいいですか……?」

「本名で呼んでくれる女性がいないんで、『浅見』でお願いします」

「わかりました……」


 よかった。苗字でなくて、名前だったらどうしようと思った。

 沙希は笑顔で返したが、その後が問題だった。


「僕は、沙希さんって呼びたいです。いいですか……?」

「えええええっ!」


 ファミレスで、思いっきり「え」を連呼してしまった。とっても恥ずかしかった。

それを言った浅見さんも、同じように赤面していた。


「あああ、ごめんなさい……大きな声でちゃいました……」

「まあ、歌った後ですからね……音量調整がまだできてませんよね」


 浅見さんはさらっとフォローしてくれた。


「そんなに恥ずかしいなら、吉村さんで……」

「いえ、名前でいいです。お願いします。聞きなれるようにしますから」


 と、珍妙な返答をしてしまったので、またも浅見さんに爆笑されてしまったのだった。

 ということで、川西さんに、お互い苗字でと言ったのは嘘だった。はやりそれくらいの取り繕いはさせてほしい。

 


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