21章
8
浅見雄二は、二週間前の、自認初デートを思い出してにやけていた。
長く回想にふけっていたので、自分のパソコンのスクリーンセイバーの踊るタチコマも、愛想をつかして、閉じてしまっていた。
自分のツボにはまる事例があると、思わず口にでてしまうのは、雄二も一緒だ。だから、これからも特に気にすることはないと言ったら、赤面していた。年上なんて感じさせない、可愛らしい顔だった。
これからもたまに会ってくれるということで、今度はどこで会うかという話になった。
本関係の場所かと思いきや。カラオケに行きたいという。
カラオケなら、僕もよくお仲間と行ってたから、全然問題ない。曲目だって、アニメソングばかりだけど、沙希さんも当然そうだった。
それならばということで、沙希さんが行きつけというカラオケ屋のサイトで携帯会員登録をして、少しでも安く歌えるようにスタンバイした。
ここんとこ、急に寒くなってきたので、今度はスタイリッシュなロゴの入った茶色のジャンパーを用意した。
雄二が名古屋から少し離れた金山駅に到着すると、改札外でもう待っていた。慌てて改札を通過した。
「ごめんなさい。遅くなりまして……」
「いいえ、時間通りですよ。私の電車の都合で少し早かっただけです」
沙希さんはにっこりと迎えてくれた。前は黒のカーディガンだったけど、今日は黒のハーフコートだ。足元は黒ジーンズだ。そこまで黒いと、沙希さんの顔の白さが更に際立ってみえる。
今日は髪をおろしているんだ。そういう姿をみられるのは嬉しい。仕事場では、冬でも必ず一つ結びしていると言ってたからな。それから、ほんのり薄化粧だ。そういや、本屋ではすっぴんだったかな。すっぴんでも充分肌は綺麗だけどな。僕のために化粧してくれてるのかと嬉しい勘違いをしておこう。
「じゃぁ、行きましょうか」
沙希さんが案内してくれたのは、金山コンコースからすぐのカラオケ屋だった。手続きは、沙希さんがしてくれた。かなり慣れた感じだ。
ロビーから指定の部屋に向かう途中、女子大生のような三人組とすれ違った。
その中の一人が、沙希さんをじっと見ていた。当然、沙希さんもその視線には気づいている。
そのまま部屋に入って、お互い上着を脱ぐ。
「さっき、一人沙希さんをみていたようだけど……」
「そうなの……でもね、覚えがないのよね……だから常連のお客さんではないと思うけど、お客さんからすると、日中の店員は私と川西さんのほぼ二人だから、本屋の店員だ、とか思ったのかも知れない……」
といいつつ、まだ浮かない顔をしている。きっと脳裏で人面の引き出しを必死にだしているところなんだろう。
「うーん。まあいいか。たぶん常連ではないお客さんだと思う。声を掛けてもらうほど親しくはないけど、見覚えがあるなぁと思ったんでしょうね」
「そうですか。まあ、沙希さんからするとお客さんってのは膨大で、顔を覚え切らないですからね。お客さんからすると、店員がほんの数人で、時間固定であれば、いつもの店員さんがいるってなりますからね」
「そうなんです……で、もう八年になるし、私はパートなので異動がないんです。社員さんこそ、転勤が激しくて地元のお客さんと慣れ親しむ間もないんですけど、私とか川西さんは店舗固定なので、主って、言われてます……」
「ぬ……」
雄二はそれ以上は言葉にならなかった。思いっきり爆笑してしまった。
個室に入ってて、更に飲み物口に含んでいなくてよかった。でければ大惨事になるところだった。
「あ、あのそんなに笑わなくても……」
と、釣られて苦笑する沙希さんだが、顔に手をあててパタパタしている。
きっと真っ赤なんだろう。暗い部屋で顔色がみられないのはちょっと残念だった。
「それ、誰が言ったんですか?」
「え? よく来るご年配の男性の方とか、複数の方に……」
「そんなに……」
主って、こんな華奢な容姿の女性に対して……。
そう思うと、再び笑いがこみ上げてきた。
「そこまで笑わなくても……」
今度は、沙希さんはふくれっ面になった。いろんな表情がみられるなら、僕が百面相でもしてみたいと思った。
「もう、時間もったいないので、いれますよ」
沙希は僕のジャンパーをひっつかんで掛けてくれる。
「あ、これも……」
沙希さんは、今度も背中のロゴに気づいてくれた。
「こっちのは、トレーナーよりもわかりにくいんですけどね」
「こういう、わかる人だけわかるロゴってのもかなりお洒落でいいんですよね」
「そうそう、おもいっきりわかるのは、そうそう外に着てでられなかったりしますからね。って歌いにきたんだった」
雄二は慌てて、曲目を検索しはじめた。