20章 雄二、出会いの回想
「ええと、改めまして、こんばんは」
「はい……」
「ええと、どこから話しましょうか」
「どこからでも」
「なんか、なげやりですね」
「まあ……」
「うーん。ええと、川西さんですね。あのおばちゃん。あの方から、吉村さんへのアプローチの仕方を指南……というか、無理やりやってみい、といわれたんですよ」
「あー。あの人らしいわ……。で、それは私が休みの日に、売り場でやりとりしたんですよね?」
「全くもって、その通りで。そこからは、メールでこんなことがあったとか、経過報告がいろいろと」
「いろいろねえ……。まあ、ほとんど筒抜けだったということですね。病院で、ストーカーの件を知らないと言ったのも?」
「もちろん、嘘です。ごめんなさい」
「いいですよ、もう……」
「ああ、そんな、電話切りそうな声で言わないでください。切るなら、会いにいきますよ」
「……ストーカーが言いそうな台詞ですね」
「言われたことあるんですかっ?」
「今、初めて言われました」
「うわ……」
駄目だよ、そんなストレートにお笑い来られても。
吹き出してしまったのを、聞かれたようで、電話口で、相手も笑ってるのが聞こえてきた。
「よかった。機嫌直してくれたみたいで」
「直ってませんよ」
そういってるが、口調は、閻魔あいからアスカ並みに明るくなった。
「ええと、本当に長くなりそうだから、お会いしませんか?」
「今からですか?」
「ええ、まあ……。吉村さんは遅番で、いつも明け方まで起きていると聞いてますし。車なら、僕がだしますよ。迎えに行きます」
「そんな情報も……。えと、いいです。来なくていいです」
「あ、お家の方が、びっくりされますか」
「夜出かけるのはしょっちゅうだからいいですけど、お出迎えされたことがないんで」
「夜遊びする娘さんだったんですね」
「……そこまで茶化すんなら、会うのやっぱり止めますよ」
「やっぱりって、会ってくれる気だったんですね」
「……」
やり込められると、悔しいらしい。うーっと、うなり声が聞こえてきた。僕は、吉村さんが夜中に漫画喫茶に通ってるのも、教えてもらっている。
「かわいいですね、吉村さん」
「ちょっ……。年下に言われるなんて」
「うれしいでしょ。ちなみに、僕が一つ下なのも、知ってますよ」
「……どこまで、個人情報だだ漏れなのよ……」
「本当にね。そこまで経過報告してくれなくてもよかったんですけどね。まさに、川西さんに花束をって感じですかね」
「うれしくない、パロディね」
「あ、ごめんなさい。吉村さんには、近々本当に花束おくりますから」
「いや、図書カードの方がうれしいです」
「……即物的ですね。さすが本屋さん」
「お褒めにあずかり、至極光栄です」
声は、不承不承といったところか。それでもここは押し切りたい。
「では、長くなりますので、駅西の二十四時間やってるファミレスに、お互い車でってことで。さっきの名作も大好きな、タチコマくんたちのグッズを携帯に撮って今から見せますから」
「あ、おねがいします。あと、タチコマのことは、川西さんには言ってないから、自分であてたんですよね」
「当てたんじゃないですよ。吉村さん。自分で暴露してましたから」
「……え? 私が?」
「これ以上は、僕の切り札なんで、ノーコメントです。ファミレスにつくまでに、考えてみてください」
「えー。そんなぁ……」
「じゃぁ、後で」
「はい……後で」
電話を切ってから、雄二は吉村さんに初めてレジを打ってもらった時のことを思いうかべた。
僕が、その日に出た、タチコマフィギュアつきの、ホビー雑誌をレジに持って行った時のことだ。それまでは侑子さんみたいに澄ました声だったのに。
『ぎゃー。キープするの忘れた、あと、何冊残ってるかしら、これっ』
いきなり、アスカ並みの元気さでそれだけ言って、雑誌がある方を見た、吉村さん。
まだ二冊残ってるのをレジから確認して、満面の笑みを、僕にではないけど浮かべてくれた。
ツンデレとは違うけど、萌えた。
さっき、考えてみてと言ったが、きっと本人は口に出したとは思ってないだろう。脳内の叫びが、たまに口から出る人のようだ。傍から見ると、独り言に聞こえるだろう。
それにしても。でも、まさか、その後に刺されるとは夢にも思わなかった。星野鉄郎のように、背中にばっさりではなく、右の肩と腹に少しだけど、そのちょっとひきつる痛みも、違う形で僕が守ってあげられたんだと思うとちょっと誇りに思える。もちろん、恩に着せるようなことは生涯言わないけど。
かなり時間かかるだろうが、プラネテスのハチマキのような、しりとりプロポーズができればいいな。そこにたどり着くまでに断られるかも知れないけど、年末とお盆、会場内でちょっとだけでも会ってもらうとか、そういうプランもある。徐々に近づけていけたらいいなと思う。
それまでのプロセスも、じっくり楽しもう。
ん? そういえばもしそんなことになるなら、沙希さんのフルネームは、『おまんら、ゆるさんぜよ!』ってヨーヨー持って悪を裁く制服きた主人公の名前に近くなるなぁ。
雄二はほくそ笑んで、意気揚々と、アパートの扉を開けた。
着用している薄手の長袖トレーナは、もちろんバックプリントが笑い男のものだ。




