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2章

 先ほどの万引き未遂発生から一時間すぎて、もう一人の店員が出勤してきた。

 遅番の、木根さんだ。こちらも五十過ぎの女性だ。週に三日だけ入ってくれるが、それでも結構助かっている。


「あのね、事務所で男の人が捕まってて警察も来てるんだけど、机に漫画が置いてあったよ」

「ああ、さっきの人、捕まえてくれたのね。今日は保安の人がいるから、私がへばりついてなくてもよかったのよ。その漫画、ねずみ色の裏表紙じゃなかった?」

「ちょっと警察がいて怖くて、漫画があるなーってのしか見てなかったのよ」

「そうですか。エヴァンゲリオンを四冊盗ったんだけどね。あとで、保安員さんに何歳くらいの人で、どういう職業なのかきいてみるわ」

「で、今日の仕事は?」

「あーはい。コミックのパックをお願いしますー」


 沙希は、再び二人に指示をだすと、商品だしの残りを片付けにかかった。



      ◇


 夜六時にもなると、お客さんは引いてくる。

ビジネス街の本屋なら、そこからまた人波があって繁盛するだろうが、ここはショッピングセンタの中の本屋だ。

 沙希を含め、三人が交代で休憩をとって明日の準備をし始めると、川西さんが近づいてきた。


「なあ、あいつ。また今日も来てるで」

「うわー。もう事務所いく用事ないから逃げられないなぁ……」


 沙希は額に手をやった。

 あいつというのは、もう二年もこの本屋に来ている……いや。沙希に視線だけでまとわりついている、ストーカーだ。

 年齢は四十くらいで、顔は機関車トーマスをおじさんにして太らせたような感じだ。

 このトーマスもどきは話かけてこないが、週に二、三回はこの時間帯に現れ、二時間く

らいは立ち読みをする振りをしつつ、沙希をあちこちの位置から眺め倒すのだ。しかも、ふと気を抜くと、沙希の背後にまわろうとすることが多い。

こいつの存在は、二年前に、沙希が万引き警戒モードで見回していた時に気づいたのだ。

 視線が落ち着かないので、沙希は警戒したのだが、結局気をつけないといけないのが自分の身だと気づいたのは、そいつを二回目に見た時だった。以来、二年も経つ。


 幸い、話かけられることもなく本屋から去り、その後沙希が帰宅する時もつけられたことはないからとりあえずは安心しているが、あの視線があると、悠然と警戒できないので苦痛だ。

 そんなときに、万引きが発生してしまったら、もちろんそちらに意識を集中できるが、あれが邪魔でならない。

 うっかりレジからでて商品整理をはじめると、そっと近づいてくるからだ。

 慌ててレジに戻る姿を、楽しんでいるようである。

 不審者として、とっつかまえてもらいたいのだが、万引きでもないし、盗撮でもない。

 撃退する理由がないのが現状だ。


「んー。ちょっとこれをコピーしてくるから、後おねがいします」


 と、沙希は明日でもできる作業をしに、事務所へ行って、ほんの十分くらい逃げられるのみだ。

そのトーマスもどきが現れるのは、結構頻繁だからいいかげん慣れてはいるが、ここ数日また変なのが増えた。

 またも、沙希を警戒するような視線をみせる男性。こんどは、エヴァのカヲル君をちょっと大人にしたような、普通にみえる感じの黒髪の男性だ。

 何だ? 万引きか。盗撮か?

 こちらを警戒してるのが、どのような理由なのか、ちょっと判断つかない。

 沙希がそいつからわずかに視線を外して考えていると、その間に本屋から出て行った。

 とりあえずは、大丈夫なようだ。

 

  ◇


 次の日。

 私との交替で帰る朝勤務の丸井さんが、陽気な声をかけてきた。


「ちょっとー、すごい注文きたよ」


 と、いいつつ伝票をみせてくれた。


「えー。こんなの、古本屋で買えるのに…」


 思わず、新刊書店員が言ってはならない台詞を吐いてしまった。

 ≪こちら葛飾区亀有交番前派出所≫、通称、こち亀を一巻から現在でてるところまで全て注文で、一括で買うのではなくて、五冊ずつ買う。

 今まで、メジャーだとか、はじめの一歩を同じように全巻注文された方はいたが、これは初

記録な巻数だ。いや、よく考えてみれば、一つの作品でこれだけ巻数があるのは、他にはないか。


「まあ、こっちも商売だからね、古本屋で安く手に入りますよ。ってのは言ってない。きっとお客さんもそれくらい知ってるとおもうけどね。綺麗なのが欲しいのかな」

「あー、そう……。注文はまとめてしてもいいのかなぁ。いちいち定期的に注文とるの面倒なんだけどな」

「あー。それがね。その人こっちに転勤してきたばかりだけど、いつまた異動かかるかわからないから、一度の注文は二十冊くらいで、そこから五冊ずつ買うって」

「そう……。なんか週刊誌の定期購読みたいだね。で、とりにくる曜日とかは決まってるのかしら」

「いや、時間も曜日も都合がつく日だからバラバラらしいよ。注文した分の最後分をとりにきた時に、次の二十冊注文だって」

「んー。まあいいか。百八十二冊っていい金額だしね」

「はい。じゃぁ、よろしく。お先にー」

「お疲れ様ですー」


 

  ◇


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