17章
「失礼します……」
開けると、こち亀さんの所に、男性が二人。
「あ、丁度お見舞いの方がお越しになってるんですね。私も用事ができたので、今日はこれで……」
「あ、あの、吉村……さん。こちら横川署の刑事さんで、何か、僕を刺した人が、捕まったって」
「え?」
よく見ると、さっき出口ですれ違った二人のような気がする。
「どうも、ええと、吉村さんですか?」
「はい……」
「ちょうどよかったですよ。たぶん、違う部署から連絡が行くと思いますけどね、売り場でちょっとあったでしょ」
「はい……」
それは、ストーカーのことだろうが、どうして今、その話を持ち出すんだ。
「この浅見さんを刺した人と、吉村さんに手を出した人、同じ奴らしいんだ。今、署にいるから、ご同行ねがえませんか?」
「うそーっ!」
「手出したってっ!」
沙希もカヲル君も、病室であることを忘れて、おもいっきり声をだしてしまった。
刑事さんたちが、周りの状況に気づいて、鼻の前で指を立てる。
「あ……。すみません」
もろに、謝罪の声がかぶり、刑事さんたちは、小さく笑った。
「あの、刺したのって、おばちゃんでしたよね」
沙希は、若そうな方の刑事さんに聞いた。
「あ、最初の情報がおばちゃんだったね。すまないね、店に残ってた犯人のもの、帽子にくっついた形のかつらと、スニーカーだったんだ。だから、女装した男性だったんだ」
「うわー。どうりで、男っぽい靴だと思ったよ」
こち亀さんが、うなるように声をだした。
「あ、あの、もう売り場から連絡受けたんですけど」
「そう、じゃぁ話は早いね。改めて、二人とも、署にご同行ねがえませんかね? 浅見さんは、外出許可、とれそうかな?」
「おー」
沙希が思わず口にしてしまった感嘆詞に、刑事さんが反応した。
「署にご同行って、本当に言うんですね。漫画みたい」
言った途端、こち亀さんも、二人の刑事さんも口を押さえて、爆笑を抑えつつ、沙希から目を逸らした。
「これが、一番無難な言葉でしょう。どんな漫画読んでるんですか……」
老けた方の刑事さんが、まだ口元に手をやったまま聞いてきた。
「あ、いろいろ読んでますけど、漫画ってのは、もののたとえですよ。そんな、真にうけないでくださいよ」
ちょっと思ったこと口にしただけなのに。どうしてみんなそんなに反応するの。
「あ、それで、外出許可ですけど……」
こち亀さんが、遠慮がちに、それでも笑いながら、軌道修正してきた。
「あの、どうやって許可とるのかわからないんですが、体調や傷の具合はなんともないです」
「そう、じゃぁ、こちらから許可とってくるから」
言うと、若い方の刑事さんがすぐに病室を後にした。
出ていってから、もう一人の刑事さんが二人に声をかけてきた。
「丁度、事件の話でもしてたの?」
「え? いいえ、全く」
「へえ。じゃぁ知り合いだったんだ。お互いに、犯人が同じってすごいね」
「ええ、驚きました……」
「あの、僕は、そっちの件、知らないんですけど」
「おや」
「あっ、そうだった」
こち亀さんとは全く関係ないし、いい話でもないので、口にしてなかったんだった。
「その、手をだしたって……」
「ああ、大丈夫ですよ。髪の毛つかまれて、何本か持っていかれたくらいですから」
「大丈夫じゃないでしょう……。気持ち悪いですよね」
こち亀さんが同情の目を刑事さんと、沙希に向けてくれた。
「そうそう。売り場の人に、丑の刻参りで使われたらどうしようって、言ってたんですよ」
「違うだろ!」
「違うでしょ!」
こち亀さんも、刑事さんも同じように否定して、盛大に笑いはじめた。
今度は、沙希が二人に、しーっと、指を立てた。
「ああ、いやすみません……」
刑事さんが、周りに頭を下げて謝ってくれた。沙希らも、頭を下げた。
「失礼します」
扉の外から刑事さんの声が聞こえて、入ってきた。白衣の男性医師もいる。
「許可とれましたので、おねがいします」
そんな早いのか。
「浅見くん。包帯の具合はどう?」
「ロビーまで歩いても、ズレませんよ」
「昼に替えたようだしね、そのままでいいかな?」
「はい、大丈夫そうです」
「じゃぁ、出先で無理な動きをしないように」
「はい、気をつけます」
こち亀さんは、医者と受け答えしながら、てきぱきと用意をして、会話が終わったころには、見舞い客と言われてもわからないような服装になっていた。
着替える時に後ろを向いていたので、その早業にはちょっと驚いた。
「ええと、パトカーに乗るんですか?」
「いや。僕たちの車は、普通の車だよ。赤色灯は中においてあるけどね」
「そうですか……」
こち亀さんがちょっとがっかりしたように思えた。
「ひょっとして、乗ってみたかったとか?」
「うん、まあ、少し」
「悪いことすれば、すぐ乗っけてあげるよ」
横から、若い刑事さんが茶々を入れてきた。
「うーん。それは遠慮しておきます」
苦笑いを浮かべて扉に向かうと、沙希たちも、同部屋の人にお騒がせしました、と謝りながら挨拶して、車へ向かった。




