16章
「あ、違ったんですね……。あれ、二冊目までしか読んでないですけど、確かにあのキャラなら、いいかねないわ……。あと、それ関連なら、こなたちゃんもですね」
「そうそう。あ、でもああいうキャラに見えるって言ってるんじゃないですよ。僕から見れば、吉村さん……は、その、外見が侑子さんみたいだな、と……」
「ええと、ゆうこさんって」
「ホリックの」
「あぁ、『この世に偶然はない、すべては必然だから』っていう」
「そうそう。僕たちがこうやって知り合ったのも、必然かと思うとうれしいですよ」
「や……。そんな続きの台詞は存在しませんよっ。よく口に出せるわ……」
言いつつ、沙希は、またも赤面してしまった。ちらりと見ると、こち亀さんは鼻をこすって、横を向いている。
「僕だって、恥ずかしいですよ。でも、言わないと伝わらないですから」
そのしぐさは、とってもシンジ君っぽい。やっぱりおかしくって、今度は噴出してしまった。
「ひどいよ……」
「うわ。それ言うんなら、ひどいよ、ミサトさん。って言ってみて欲しいんですけど」
「うわー。久しぶりに言われたな、それ。でも、僕たぶん、アンバランスだと思うけど」
「やっぱり。お友達さんに言われたんですか?」
「そう。十年も前に、同級生に。外見がカヲル君で、行動がシンジ君だって。あれって、
カヲルがシンジ君をひたすら口説いてたよね。よく考えると、セルフ告白になるみたいで、そこをみんなに面白がられてたんだけど」
もう外見は、カヲル君がふけたおっさんに近づいてると思うけどね、とつぶやいたのも、沙希は聞き逃さなかった。
「それは楽しい遊びですね。私も、いろんなアニメのパロディで遊びたかったけど、腐女子友達ばかりで、普通に名作アニメを網羅してる子がいなくて……」
「名作……。まあ、そうだけど。じゃぁ、侑子さんみたいな外見だって言われたのは」
「はじめてです。そんなに、摩訶不思議な感じには見えないはずですけど」
「そうですね。声の調子からすれば、アスカのような元気なタイプにみえますね。長い髪が綺麗に整ってるってところが、侑子さんっぽいだけですね。もっと幼かったら、閻魔あいってとこかな」
「どっちにしても、普通じゃないキャラですね。で、それは、黙っていればおとなしく見
えるのに。って言いたいのでしょうか」
「言って欲しいですか?」
カヲル君らしい口調で、そういってほほ笑んできたので、沙希はあわてて手を振った。
「い、いえ……」。
何なんだ、この人は。シンジ君みたいにあわてたかと思うと、妙に落ち着きがあるところもある。なんか、いいように遊ばれてる気がする。
ふと我に返って、沙希は腕時計をみた。
「そういえば、ちょっと話脱線しすぎじゃないですか。ええと、どうすればいいんでしたっけ」
「あぁ、お急ぎですか?」
「いえ、休みだから、時間は大丈夫ですけど」
「そうですか。じゃぁ、アニメキャラしりとりでも」
「は?」
「お互いの作品の好みを知るには、いい遊びだと思いますよ。健全ですし」
「い、いや。それは楽しそうですけど、そのうちに。じゃなくて、この先どうするんでしたっけ」
「ええと、僕が壁紙の新作をポチ袋にして、吉村さんは……。僕に会ってくれるだけでいいです」
「あ……そうでしたね……」
デートの約束っぽいと思うと、恥ずかしくなってきた。
「いいですか?」
「あ、はい……」
デートじゃないわよ、ただ、グッズもらうだけだから、と自分に言い聞かせる。
「じゃぁ、僕はまだ退院してから五日くらいは、自宅で仕事しながら静養してますから、その間なら、昼間でも時間とれるんですけど……」
その時、沙希のかばんから、音楽が流れだした。
「あ、携帯切ってなかった。ごめんなさい」
あやまりつつ、すぐ切ろうとするが、かばんを開ける手があせって、相手にも聞こえる音量のアニメソングは流れたままだ。
「いいですよ。そのままとって、ロビーに行ってもらって話されても」
「そうですか、あー、じゃ、ちょっとすみませんっ」
沙希は、かばんごとひっつかんで、ダッシュで扉に向かった。扉に手をかけたところで、抵抗がなく開いて、あやうく転びそうになった。丁度入ってくる人が開けてくれたのだ。
「おっと。ごめんな」
「いいえー」
急いでいたので、部屋に入っていった二人の男性を見ている余裕はなかった。
◇
ロビーの隅に移動すると、沙希は一旦切った電話をかけなおした。
通知番号は、店からだった。
「さっき、電話くれました?」
「あー。ごめんなぁ、休みのとこ」
「いいえ、いいですよ」
申し訳なさそうな、川西さんの声。
「あのな、あいつ捕まったで」
「え?」
すぐには、どっちが捕まったのかわからなかった。
「いつものストーカー」
「えっ? どうやって?」
「それがな、あいつごっつう変な格好してたんやけど、私、見破ったんやで。すごいやろ」
「すごいって、いつもの服装じゃないんですか?」
「いや、いつものだと、すぐにバレて通報されると思ったんやろ。なんかな、おばちゃんの格好しててん。でもな、行動がいつも通りなんよ。吉村さんが休憩に行ってるだけやと思ってたみたいで、立ち読みしながらおったんやけど、立つ位置が、いつものレジ後ろなんよ。そこから、移動する動きも一緒でな、何か、ストーカーに似とる動きやと思ってよくみたら、帽子にかつら被ってるあいつやったんよ」
「うわー。キモい……」
「ほんま、キモかったで。あとで、店のカメラで見てな。あんまりアップで映ってないけど」
「アップでなんか、見たくないですよ」
「そうやろうな。でも、私と今ここにおる、織田ちゃんは、モロ見てもうたんよ」
「あー。今日は織田ちゃんもいるんでしたよね……」
「そうそう、変な夢見そうって言ってるわ」
学生バイトの、織田ちゃんもその辺りの事情は知っているが、気の毒な体験をさせてしまった。
「ああ、そんでな、今時間がよければ確認のために、横川署に来てくれへんか、って、警察の人が言って帰ってもうたわ」
「え? 行かないといけないの?」
「そりゃ、被害者はいかんとあかんやろ」
「被害届だしてないのに……」
「そうやけど、前もって警察に言ってあったのと、変な格好しとったからやろ。ついでに、この間刺された件、その後どうなってるか、聞いてみてえな」
「あ、そうですよね……。あの時の警察の方がいれば、きいてみます」
「一応、店長さんにも連絡入れておこうと思って内線かけたらな、店長さん別の件で、いっぱいらしくてな、後でまた伝えとくわ」
「そうですか、おねがいします」
「じゃぁ、明日。聞かせてえな」
「はい、わかりました」
沙希が言い終わらないうちに、川西さんは電話を切っていた。
沙希は、用事ができたので、帰る由を伝えるために、再び病室へ戻った。