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10章 沙希、襲われる

 それからの事務所内は、慌しかった。

 一緒に事務所に来てくれた子供服売り場の真鍋さんはてきぱきと連絡してくれて、川西さんから特徴をきいた警備員さんは、すぐに店外を探してくれたようだが、みつからなかったようだ。

 その間に、川西さんが事務所に駆け込んできた。


「あれ? 売り場は?」


 沙希と、川西さんが事務所にいたら、レジは無人君ではないか。


「ちょっと、さっきの子供服の子に頼んできたわ。あと十分で、学生バイト来るやろ」

「あ……。そうですね」


 とはいえ、本の知識がない違う売り場の人に任せてくるとは。沙希は川西さんをみて、苦笑いを浮かべた。


「ちょっとー。何笑ってるん。落ち着いてきたんか」

「あー、はい。だいぶ……」

「いや、もう。攻撃してくるなんて、やばかったなぁ……。ごめんな。あいつをずっと見張ってられへんかったんよ。まさか、後つけてってたなんてなぁ」

「……いや、後つけたってんじゃなくって、多分先回りしてたんです。私がいつもバックヤードから入っていくの見てたんじゃないかしら。それで、物陰に隠れてて、出てきたって感じでした」

「あー。そうかぁ。いつもあいつが来ると、事務所行ってたもんなぁ……」

「ええと、モニター準備できましたよ。何時に戻しますか?」


 売り場のビデオの再生準備をしてくれていた、事務所の男性社員が声をかけてきた。


「ええと、事務所に向かったのって、四時前くらいやろ」

「そうですね。それくらいからでお願いします」


 そこでやっと、沙希はコーヒーに口をつけた。真鍋さんが気を利かせて用意してくれたのだ。そして、申し訳ないことに、今は本屋のレジにいてくれている。


「失礼しま……。あれ、どうしたんですか?」

「あ、織田さん。すぐ着替えて!」

「あ? はい?」


 川西さんが、背を押すようにして、学生バイトの織田さんを更衣室に押し込む。川西さんも入っていった。

 すぐさま、織田さんは着替えてきりっとした表情で、沙希を見た。


「売り場に再び現れたら、すぐに内線でお知らせしますっ!」


 と緊張させた右手を目元にもってきて、敬礼までしてくれた。


「あ、あぁ。はい……。お願いします……」


 まだ大学生だが、しっかりしている子だ。


「じゃあ、行ってきます」


 心なしか硬い表情で、織田さんは売り場へ駆けて行った。


「あ、この人やわ!」


 モニターをみていた川西さんは、すぐさま犯人をみつけた。


「ほら、ここでレジの後ろに回りこんでるやろ。いつもなんやわ」


 川西さんは、得意げになっていつもの犯人の様子を、再生してくれた男性社員に向かって言っている。

 そういうのは、警察か店長にでも言ってくれ。って、そういえば、店長がいない。


「あの、店長は?」

「あ、会議室で、業者と打ち合わせしてるから、まだ言ってないですよ」


 男性社員は、画像をプリントアウトしている。


「上からの映像だと、わかりにくいですね」

「そうやなぁ。こんなことがあるんなら、前もって、こいつを撮っておけばよかったなぁ。

吉村さん、カメラもってるやろ」

「あぁ、そうですよね。でも、あれは緊急用で持ち歩いてるだけだし、何もしてない人をやたら撮れないですし」


 それに、沙希があいつにカメラを向けたら、何か勘違いされかねない。


「あぁ、だったら、隠し撮りとかでもやっておけばよかったなぁ」

「……そうですね。私か川西さん以外の人に撮るの頼んでおけば、成功したかもしれないですね。でも、あんまり人に言ってまわることでもなかったし……」

「そうやな。そこまで危険な奴とは思てへんかったしな」

「これでいいですか?」


 男性社員が、連続した動きの写真を三枚見せてくれた。


「まあ、これしかないでしゃーないわな」

「そうですね。ありがとうございます」


 沙希が頭をさげると、男性社員はすぐにモニターの片付けにとりかかった。


「あ、店長」


 男性社員が、モニターを持ったまま、呼びかけた。

 沙希たちが見ると、店長が事務所に入ってきた。

 男性社員は、もう一度モニターを持って戻ってきた。


「一応、おいておきますね」


 それだけ行って、事務仕事に戻って行った。

 店長には、川西さんが身振り手振りを交えて説明してくれた。

 途中、大げさな表現があったものの、訂正するほどでもないので、あいまいに笑って同意はしておいた。


「ちょっと、物騒なこと続きすぎですね」


 店長は、両膝にひじをついて、ゲンドウスタイルで沙希のコーヒーカップを見た。


「……本当に。刺されたのは、二週間前でしたっけ。今回のは、目的がわかりませんね」

「いや、前から狙われてたんでしょ。もっと早くに言ってほしかったなぁ」

「いえ。ただ後ろから見られてただけですし。話かけてこないし、万引きもしないんですよ。そうやって犯罪にならない程度に嫌がらせするなんて、巧妙ですよね」

「そうだな。そういう点では巧妙だな。刺された人も、結局財布とられたわけじゃないから、目的もわからずじまいだし」

「変質者とかなら、目的もなくそういうことしそうですけど」

「そうだな。今日の犯人は、そういうそぶりは見えたか?」

「今までは、おかしな動きは一切なかったし、視線も普通だったと思いますが……。話さないから、そちらはわかりませんが……」


 と、沙希は不安になって川西さんを見た。


「え。あ、あぁ……。そういう人と比べると、ごく普通に見えてましたよ。比べちゃいけませんけど」

「そうか……」

「じゃぁ、私は売り場に戻りますので」

「あ、私も」


 沙希が腰を浮かせると、川西さんは手で制した。


「吉村さんは今日は戻らんほうがええで。ここで仕事してな」

「ここでって。今から電話連絡とかしても、二十分もかからないけど」

「丁度ええ機会や。売り場のポップを作ってくれればええやん。パソコンの、イラストなんとかっての使って」

「イラストレーター?」

「そうそう、それ」


 いいのかなぁ、という目を店長に向けると、店長は微笑んで口を開いた。


「パソコン、空いてるよ」

「あ、はい。お気遣いありがとうございます……」


 沙希は、店長に頭を下げてから、川西さんを見た。


「売り場の整理と、万引きに気をつけて、おねがいします……」

「あぁ、そうやな。もう夕方やな。ほな、がんばってくるわ」

「はい、おねがいします」


 結局、沙希は売り場に戻ることなく、業務を終えた。

 店長は、モニターで襲われる時の映像を探していたようだが、残念ながらバックヤード前はカメラがなく、通路からバックヤードへ向かっていく男だけはみつけたと言ってくれた。





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