第5話
「隆ちゃん聞いたよ、優勝したんだって? 凄いじゃん!今回はかなりレベル高いって
知り合いのミュージシャンが言ってたけど、まさか隆ちゃん達が優勝するとは思わな
かったよ。ホントおめでとう」
俺はギターの事を話すため中区にある川上先輩の勤めている練習スタジオに来ていた。
はたしてこのギターを売ってくれると言うだろうか?
挨拶をしてから既に20分以上が経ったが未だその事を言えないままでいる自分が
歯がゆかった。
「ところで隆ちゃん・・・そのストラトの件なんだけど、もう暫く使ってみない?」
「えっ?・・・いいんですか?」
「うん。隆ちゃんさえ良かったらもう少し弾いてやって欲しいんだ・・・」
「先輩・・・実は今日お願いがあって来たんです。このギターを譲ってもらえませんか?
俺・・・今は金無いけど・・・何年かかっても必ず払いますから・・・」
俺は川上先輩に深々と頭を下げ答えを待った。
数分の・・・いや俺にとっては何時間にも感じられる無言の状態が続いたあと
川上先輩が意外なことを言い出した。
「隆ちゃん・・・前にも言ったけど・・・俺はそのストラトを知り合いのギタリストから
貰ったんだ。そんな物を売ったりすることは出来ないよ・・・だからといって隆ちゃんに
あげる・・・そんな事も言えない。 ごめんな・・・別に手放すのが惜しいとかじゃ
ないんだ。あのギターをくれたやつの為なんだ・・・」
「すいません・・・絶対無理だってことは分ってて・・・」
「そうじゃないんだ・・・売ったりあげたりすることは出来ないけど・・・
ずっと使っていて欲しい・・・あいつの為にも・・・」
「えっ?・・・」
俺は訳が分らなくなっていた。
どういう意味なんだ? ずっと使って欲しい? あいつの為?
暫くその言葉の意味を自分なりに理解しようと一生懸命に考えていた。
「あのな・・・あのストラトの持ち主・・・死んじゃったんだよ。
俺の学生時代からの親友だった・・・突然うちのスタジオにやってきて・・・」
先輩はその時のことを話し出した。4年前のことだったらしい・・・
「まあ俺はこんな所で燻ってるけど、あいつは東京で結構有名なバンドやってて
メジャーデビューの話まであるって風の噂で聞いてたんだ。
高校卒業してから随分会ってなかったけど、俺は自分の事のように嬉しかった。
そんなあいつが突然店に現れて・・・少し疲れたような顔してたなぁ・・・
このギター使ってくれって・・・俺もその時は訳が分らなかったけど
そのあと1週間ほどして・・・」
そこまで言うと先輩は下を向いて黙り込んでしまった。
少しの時間が流れ先輩はまた話し出した。
「あいつが自殺したって・・・東京に居る友達から連絡があたんだ・・・
それを聞いてなんであいつがメインで使ったギターを俺に渡しに来たか
その時初めて分ったんだ・・・」
俺は先輩の話を聞いてこのギターを手放せない理由がよく分った。
じゃあ何故自分で使わないんだ?
先輩だって地元じゃ名を馳せたギタリストだ・・・
「先輩はこのギターを使わないんですか?」
「使ったさ・・・だけど・・・俺には重過ぎる・・・このギター持つとあいつのこと
考えちまう・・・だから弾けなくなった・・・弾いてやれなくなったんだ・・・」
結局俺はこのストラトを無期限で使っていいという返事を貰って先輩のスタジオを
あとにした。




