第11話
その日隆一は、4月からのツアーの打ち合わせに六本木にあるジャックレコードの
本社に来ていた。
先月レコーディングが終わった新しいアルバムの発売記念のライブになる。
「一応ドラムとキーボードはウチの方から用意するよ。キーボードはラッティの黒岩さん
隆ちゃん知ってるよね? あとドラムはいつも通り岩瀬君。ステージングで何か希望
とかある?」
ジャックレコードの担当者が流れ作業のようにスケジュールを決めてゆく。
少し遅れてきた正也も上の空のような顔をして相槌を打っていた。
ケンは今日も来ていない。レコーディングには数回来たが、今回のアルバム9曲中
たった3曲だけの参加だった。あとは数名のスタジオミュージシャンが音入れしている。
もちろんクレジットにはケンの名前しか出ないが・・・
「じゃあ・・・とりあえずこんな感じでいきましょう。細かいことはマネージャーの
鈴木さんに伝えますので。またいいライブをお願いしますよ」
ジャックレコードの取締役が隆一たちをエントランスまで見送りに来ていた。
ソニックエンジンは今やジャックレコードの稼ぎ頭といっても過言ではなかった。
「正也・・・たまには一緒に飯でも食おうや」
「そうだな。お前とメシ食うなんて久しぶりだもんな・・・高校時代はなけなしの
バイト代持ってファミレスとか行ったよなぁ」
「随分昔の話みたいな気がするな・・・どこ行く?久しぶりに渋谷にでも出るか?」
「渋谷なら知ってる店があるわ。あそこなら周りを気にしなくてもいいし・・・
お前に紹介したい子も居るしな」
「なんだよ、彼女とか居んのかよ」
「ちげーよ。まあ行ったら分るわ・・・」
正也が案内した店は道玄坂にあるビルの4階にあった。
見た目は普通の喫茶店のような感じだが、中に入るとレゲエが流れ照明もかなり暗くした
少し怪しい感じのバーだった。
そういえば正也は以前覚せい剤容疑で事情聴取を受けている。
この店はいかにもと言わんばかりの雰囲気があった・・・
「なんかヤバそうな店じゃん? 大丈夫なのかよ?」
「ビビッてんのか? 心配ないって・・・ほら、そこのカウンター空いてっから」
大理石のカウンターに、黒く塗られた天井から吊り下げられた照明が怪しく反射していた。
「あら?マー君今夜は一人じゃないんだぁ?・・・えっと、バンドの方?」
正也の隣の席に黒髪が印象的な20代半ばの女性が座った。
切れ長の目から、黒い瞳が隆一に真っ直ぐ注がれている。
隆一はあわてて壁に張ってあるボブ・マーリーの写真に目をやった。
「そうそう・・・この前借りたCD聴いたわよ。結構いいじゃない。
最初に借りたヤツの方が良かったかなぁ・・・」
「この間のはデモだから・・・今度ちゃんとしたのをあげるよ」
「なんだよ正也。お前デモとか渡してんのかよ・・・会社にバレたらえらいことだぞ」
「まあ隆一君お堅い事言うなって。とりあえず何か飲もうぜ・・・俺はビール」
「ったく・・・未成年だぜ。じゃあ俺はジンジャーエール」
さっきまで正也の隣に居た女が隆一の右隣に座った。
そしていきなり隆一の頬を両手で挟みこんだ。
・・・・!?
何なんだ・・・この女??




