だるまが転ぶと
選挙前には、決して「だるまさんがころんだ」をしてはならないという掟のある村があった。明文化されてはいないものの、だるまが転ぶ、というのは、何だか縁起が悪いということで、この妙な掟は随分昔に定められたそうである。奇妙な掟を守りながら、その村は何度も「だるまさんがころんだ」を禁止する期間を経て、新しい首長を選び、存続してきた。
しかし、過疎化の波は例外なくこの村にも訪れた。
「外部から人を呼ぼう。何としても廃村は免れなければならぬ」
首長の決断により、格安物件の紹介、向こう一年間の補助金など幾つかの政策が講じられた。これらが奏功し、村は次第に賑わいを見せ始めた。
「これでこの村は安泰じゃな」
野山を駆け回る子供達を見て、村長はにこやかに呟いた。
それから十数年後のことであった。何度か首長を変えながらも順調に村民を増やし続けたその村は、近隣の村と合併をして一つの「町」になることを画策し始めた。近隣の村も、経済的に活気付くその村にあやかろうと、賛成に回った。
「となれば町長選じゃな」
久々の選挙である。どの村も我が村の者こそを町長に、と息巻いていた。選りすぐりの立候補者達による立候補期間が終わり、立候補者の名前が公示された。すると、近隣の村の者達はある違和感を感じ取った。その村だけがやけに閑散としている。いつもなら子供達が賑やかしく遊んでいるのに、どうもその姿を見ない。
「どうしたことか」
「水を打ったように静まり返っている」
「不思議なことに、出歩く子供が我が村に比べてずっと少ない」
その村も、町長選を今後を占う一大事と捉えていた。何としても町長となって、新しい組織の中心としてこれまで以上に発展したいと、彼らは考えていた。その為細心の注意を払い、子供達は出歩くのを止めたのである。一方、その村の様子を訝しむ近隣の村民は、真しやかに語られるその村の奇妙な掟を耳にした。
「あの村では選挙期間には子供が遊ばんらしい」
「特にだるまさんがころんだをしてはいけないとか」
「それをしてしまうと落選するとも聞いたぞ」
町長として権力を握りたい近隣の村の立候補者は、ある奇策を思いついた。その村にしか効かない、しかし効果は確実な策である。
「いいことを聞いたわい。これで我が村がより栄えるぞ」
近隣の村の立候補者は、ほくそ笑んだ。
次の日の朝、その村の至るところで「だるまさんがころんだ」の大合唱が聞こえた。主催者はもちろん近隣の村の罪無き子供達である。その村の村民は真っ青になって止めにかかった。最初はたしなめる程度であったが、いくら注意をしても子供達は聞く耳を持たなかった。その村特有の掟は、彼らにとって何ら強制力を持たなかったのである。火消しに躍起になる立候補者、後援会の会員を尻目に、「だるまさんがころんだ」のいたちごっこが続いた。止めても止めても繰り返される掟破りのその遊びに、神経を尖らせる日々が続いた。そして三日目に、とうとうその村の村民は堪忍袋の緒を切らせてしまった。
「この悪がきども、やめろと言うのが分からんか!わしらの村では、だるまが転ぶと落選するんじゃ!もう二度とするでないぞ!」
ただならぬ迫力を感じた子供達は思わず泣き出してしまった。怒りに身を任せた行為が招いたその結果に、その村の大人は我にかえって狼狽えた。いい大人が、たかが子供の遊びに目くじらをたてて、その上泣かすなんて、と、彼らの予想した通りの風評被害がその村の人々を苦しめた。近隣の村人はもとより、その村に移住してきた人々も、先祖代々その村に住まってきた人々に比べ、この奇妙な掟に対して重きを置いてはいなかったのである。
今度は風評被害の火消しに躍起になったものの時すでに遅く、その村の立候補者は落選した。「だるまさんがころんだ」をすると落選する、という迷信を、皮肉にも現実のものとしてしまったのである。
以後、次第に力を失ったかつてのその村と、近隣の村が合併して町制に移行すると、時代の移り変わりと共に、その奇妙な掟も忘れ去られたそうである。