双子
「ねぇねぇ、『絶対に映してはいけない鏡』って知ってる?」
クラスメイトの話し声が聞こえたが、私に向けられた問いではないことはわかりきっているので、読書を続けた。
「えー、何それ?」
「ほら、これこれ」
横目でチラッと隣の席を見ると、中学生なのにいくつもピアスを付けた金髪の女子と、同じように派手な見た目の茶髪の女子が、1つのスマホ画面を覗きながら話している。
うちの学校はスマホもピアスも、髪染めも禁止なのに。と内心イラっとしながら、そんなこと言えるはずもないので気にしないように努めた。
だが2人の声は大きく、聞こうとしなくても耳に入ってきて、私が読書に集中するのを邪魔してくる。
「え、何これ。やば!」
「ね、やばいよね!」
「『理解者を求める人間の前に一度だけ現れて、もうひとりの自分を作り出す鏡』とか、痛すぎ! オタクかよ!」
「ありえないよね! しかも、『もうひとりの自分は本人にしか見えない』だって! ホラーじゃん!」
「まじこわ!」
ゲラゲラと下品に笑う彼女たちのせいで、私の集中力は完全に削がれてしまった。
本を閉じ、窓の外の景色をぼうっと眺める。
彼女たちが話しているのは、『絶×都市伝説』という個人ブログの記事だ。私もその存在を知っている。
所詮は都市伝説。そんなものを信じる人間はいない。
大半の人たちが、彼女たちのように「ありえない」と笑い飛ばす。
それに、私には必要のないものだ。
だって私には、誰よりも大切な双子がいるのだから。
「お待たせ」
「あ、姉さん」
放課後、誰もいなくなった教室でひとり本を読んでいた私は、姉の声で顔を上げた。
窓の外はすでに、夕焼けで真っ赤に染まっている。
「待たせてごめんね。大会近いからって、顧問の気合いがすごくてさ」
「大丈夫だよ。部活お疲れ様」
「ありがと。じゃ、帰ろ! わたしお腹空いちゃった」
「うん!」
私は席を立ち、姉の後について教室を出る。
鏡のようにそっくりな双子。そんな言葉がぴったりなほど、私と姉の顔は同じだ。髪の分け目や泣きぼくろの位置は逆だが、それ以外は体型も顔つきもまるきり同じ。
しかし、性格は真逆だ。
内気で引っ込み思案な私と、底抜けに明るい姉。私は読書が好きだが、姉は運動が好き。私は帰宅部だが、姉は陸上部。私は左利きだが、姉は右利き。
私と姉の共通点は、顔だけだ。
……いや、もうひとつある。
「……姉さん、同じ部活の子とは一緒に帰らないの?」
靴を履き替えている姉に尋ねると、不思議そうな目がこちらを振り返ってくる。
「姉さんが『待ってて』って言うから、いつも待ってるけど。私のせいで姉さん、他の子と仲良くする機会をなくしてるんじゃないかな?」
私と姉の、顔以外の共通点。それは、友だちがいないということだ。
他の子と喋れない私はともかく、明るくてアクティブな姉は、その気になれば友だちなどすぐにできるだろう。
だが、姉は家でも学校でも何かと私の近くにいて、他の子と喋ることは少ない。
たまに同じ部活の子と楽しそうに雑談する姿を見たことはあるが、それはただ「話していた」だけで、友だちではないらしい。
「……もしかして、いつも待たされるの嫌だった? だったらごめんね」
申し訳なさそうな姉の顔に、私は慌てて否定した。
「違うよ。待つのは全然苦じゃないの。本読んでたら時間なんてあっという間だし」
「そっか。なら気にしないで。あんたはわたしのたったひとりの妹なんだし。それにあんた以上にわたしのことわかってくれる子なんていないんだから、他の子はどうでもいいよ」
「……そっか」
「ほら、早く帰ろ! お腹ぺこぺこ。母さん確か、いくつか作り置きしてくれてたよね」
「あ、うん。そうだね」
こちらに伸ばされる姉の手を取り、私たちは校門を出る。
沈みゆく夕陽に向かって歩きながら、私は姉に気づかれないように小さくため息を漏らした。
私は、知っている。姉が私をかまうのは、私が妹だからというのもあるが、1番は、姉自身が寂しいからだ。
今から半年前。中学に上がる直前に、父が愛人と姿をくらました。母は女手ひとつで子どもを育てるために、毎日夜遅くまで働いている。
姉は元々明るい性格だったけど、父が消えてからはより一層明るく振る舞うようになった。それは、毎日忙しい母を安心させるための、姉の精一杯の強がりだった。
学校でもその明るさで、表面上はクラスメイトと仲良く過ごすことができている。
だが、私も、姉も知っている。クラスメイトたちが、表向きは姉と楽しく話しながら、裏では姉を「父親に捨てられた子」だとあざ笑っていることを。
そんな人たちを、友だちなどと呼べるわけがない。姉の気持ちは理解できる。
けれど、いくら双子でも、死ぬまでずっと一緒にいるわけにはいかない。姉には姉の人生がある。
私以外で、姉のことをわかってくれる人が現れてくれれば……。
――それは、わりとすぐに現れた。
「オトンの都合で引っ越してきました。みんな、よろしゅう!」
はつらつとした声に、特徴的な方言。短髪で見るからに活発そうな女子だ。
明るくてひょうきんな転校生に、教室は笑いと拍手に包まれた。
担任の指示で、転校生の席は姉の隣に決まった。姉と話している声が、離れた席の私の元まで聞こえてくる。
「仲良うしよな! あ、うちの声やかましかったら堪忍やで」
「大丈夫だよ、よろしくね」
転校生なら、私たちの家の事情を知らない。姉とも気が合いそうだし、きっと仲良くできると思った。
しかし、HRが終わった直後、あの派手な2人組が姉から転校生を引き離す。
「あの子と仲良くするの、やめておいたほうがいいよ」
「え、なんであかんの?」
金髪の女子と、転校生が話す声が私の耳に聞こえてくる。おそらく、姉にも聞こえているだろう。
キョトン顔の転校生に、今度は茶髪の女子がニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべながら言った。
「あの子、悪い子じゃないんだけどさ、親父が女作って蒸発したの。それなのに、いつもニコニコしてて、ちょっと気味悪いんだよね」
その言葉に、私はさすがにカチンときた。
父親に裏切られて、姉が平気でいると思うのか。裏でクラスメイトたちに馬鹿にされて、平気でニコニコしていると思うのか。
姉の気持ちも知らずに、『気味悪い』だなんて。
我慢できず、私は立ち上がった。が、私が怒るより先に、転校生は豪快に笑い飛ばす。
「なんやそれ。そんなん子どもに関係ないやん! うちかて、オカンが男作って逃げよったけど、ニコニコしとるで。だってうち、なんも悪うないもん!」
あっけらかんと言い放つ転校生に、2人組は顔を引きつらせ、姉はポカンと口を開ける。
「なんも恥ずかしいことあらへん。恥じるべきはどーしようもないクズ親だけや。そんなクズのために、うちら子どもがいつまでもメソメソしとられんわ、あほらし。みんなもそう思わへん?」
言いながら、転校生はクラスメイト全員に視線を送る。一同は気まずそうに視線を逸らし、俯いた。
ただ、姉だけは、その転校生の姿を眩しそうに見つめていた。
姉の顔には、驚きと喜び、そして期待にも似た感情の色が滲んでいる。
それは私も同じだった。
……この子なら、きっと姉さんを理解してくれる。そう強く確信したのだ。
そして、それは的中した。
それから数日、姉は学校でも休日でもその子と過ごすようになった。家で私に話す話題も、転校生のことばかり。
少し前までは陰口を言う子たちの愚痴ばかり言っていた姉は、今はとても楽しそうだ。
今夜もまた、姉は私に転校生の話を聞かせてくる。
「もう、あんたも一緒にいればよかったのに、あの子ったら本当におかしくって」
「ふふ。よかったね、姉さん。いい友だちができて」
「……友だち? ……友だち、か。うん、そうだね。私とあの子は、友だち」
確かめるように繰り返す姉の顔は、本当に嬉しそうだ。
……これなら、もう、大丈夫かな。
「そうだ! 今度の日曜は、あんたも一緒においでよ。あの子もきっと良いって言ってくれるから」
「えぇ……私は良いよ。姉さんが約束してるんでしょ?」
「なに遠慮してんの! 大丈夫! あんたとも絶対仲良くなれるから。はい、決定ね!」
「……もう、しょうがないなぁ」
ため息を吐きながら、私は渋々受け入れた。……フリをした。
姉は1度決めたら曲げない人だ。きっと私がどんなに遠慮して見せても、「照れてるんだ」「緊張してるんだ」と思って連れて行くことだろう。
これまでも何度か、姉は私と転校生を会わせたがっていたが、私は、まだその時じゃないと、逃げ続けていた。
……でも、もう、しょうがない、よね。
わかっていたことだ。
私は姉を誰よりも理解しているから。
約束の日曜日。私と姉は待ち合わせ場所であの子を待っていた。
約束の時間ギリギリになって、遠くから息を切らせて走ってくる彼女の姿が見えてくる。
「あ、来た来た。おーい!」
姉が手を振ると、彼女はこちらに駆け寄ってきた。
「堪忍や! 電車が遅れよって、ギリギリになってしもた!」
「大丈夫だよ。そんなに待ってないし。あ、紹介するね!」
言いながら、姉は私の手を引いた。
「この子が、私の妹で……」
転校生のキョトンとした顔が、私のいる方角に向けられる。
だが、視線は合わなかった。
知っている。当然だ。
『姉』の声を遠くに聞きながら、『私』は自分の意識が霞んでいくのを感じた。
『姉さん』は、きっとすぐに思い出す。『私』が、他の子と話せないわけを。他の子に知られたら、『私』がどうなるのかも。
さいごに、困惑した様子の『転校生』の声が、『私』の耳に響く。
「……誰もおらんで?」




