2.最後の仕事
魔女であるかどうか確認するのは簡単だ。
剣を持って迫り、怪しげな魔術を使えば魔女。斬りつけて即死しても魔女だ。中には最後の最期まで人間の振りをする者もいるから、相手が怯え続ける時にも説得を試みる。
掠り傷一つでいい。この剣で斬ってしななければお前は魔女ではないと証明される。少しは痛むかもしれないが、命を奪うなんてことは全くない。
そう説得して、応じない人間はいない。
応じないのならば、それも魔女に違いない。
「さて、お前はどうなんだ?」
ミールを迎えに行く時が迫る中、私は舞い込んだ依頼をこなすべく都の片隅の廃屋に来ていた。つい最近までアパートとして使われていた建物。そこに住みついた怪しげな女に、魔女の疑いがかけられている。そんな情報と共に足を踏み入れた私の前に、当の人物が現れるまでにさほど時間を要しなかった。
廃墟の奥深く。
一階奥の角の部屋の中に、彼女は隠れ潜んでいた。
銀の長髪を三つ編みでまとめ、黒のローブを羽織った姿。髪の色のせいで遠目から見れば老婆にも見えるが、よくよく見ればまだまだ少女のように見えた。しかし、その表情は妙に大人びていて、警戒心に至っては魔物のように鋭いものだった。
彼女だという事はすぐに分かった。
白い髪、黒のローブ、そして胸に下げた赤い石のペンダントが何よりの特徴だったのだ。
私はその少女に剣を向けた。人間のように見える。もしも人間ならば、斬るわけにはいかない。だが、魔女であれば話は別だ。少女のような外見は単に剣士を惑わせるためのもの。幼い頃より人間のための神を崇拝する私にとって、それは屈してはならない悪でしかなかった。
さて、目の前の少女はどちらか。掠り傷一つでいい。それだけでその判断が出来る。
「応じるならば指を出すんだ。血を流してもお前が無事ならば、疑いは晴れる。応じなければ、今この場でお前を殺さねばならない」
私がそう言うと、少女の表情に緊張が走った。
言葉が通じないわけではない。
ただ、彼女はすぐに応じようとしなかった。胸に下がる赤い石のペンダントに触れ、何かを呟いている。恐れているのだろうか。
「どうした? 怖がることはないんだ。私は辺鄙な村の人間達とは違うからね。何の証拠もなくお前を曝し者にしたりはしない」
穏やかさを意識してそう声をかけたが、少女との距離は縮まらない。
一歩、二歩と下がり、遂には壁際に背中を付けたまま私に怯えていた。いや、正確には、私の持つ剣の切っ先に。
「来ないで……」
震えた声。額を滑り落ちる汗。揺らぐ瞳。
その全てが、彼女の怯える理由をはっきりと教えているようだった。
「わたしは……あなた達人間に危害を加えたりはしないわ……」
それは、屈服に近い言葉だった。
認めた。自分がこの剣で斬られてはいけない存在だと認めたに等しい。幼さ故だろうか、この一言で彼女は、自分の正体を明らかにしてしまったのだ。
それとも、私を説得出来ると思っての事だろうか。
可哀そうだと思わないでもない。ただ、私は所詮、幼い頃から魔女は悪だと教えられてきた人間に過ぎない。こうして怖がっている姿でさえも、何か裏があるのではないかと疑ってしまう。現に、この三年間、怯えたと見せかけて強力な魔術を放ってくる魔女や魔術師は沢山いた。
だから、彼女の懇願は無意味なものだった。
「残念だが、そうはいかない」
少女に迫りながら、私は言った。
「お前の疑いが晴れない以上、私はお前を斬らなくてはならないのだよ」
そう言って一歩踏み出した瞬間、少女が息を漏らした。
涙が浮かぶ目。その怯えきった身体が強張り、その瞬間、彼女の目は獣のように光った。そして次の瞬間、廃屋の床が揺れ、部屋にあったあらゆる古家具が動き出したのだ。それは明らかに魔術だった。
遂に、彼女は自らはっきりとした答えを見せてしまった。
ならば、もう躊躇う意味はない。
「いや、お願い、止めて!」
怯えながら逃げようとする少女を捕まえた瞬間、彼女の澄んだ色の目が私の目を捕えた。その瞬間、心臓を掴まれるような動揺が生まれた気がしたが、戦闘に身を置いた自分の動きを止められる程のものではなかった。
「やめ――」
私は既に、彼女の左肩を剣で抉っていた。
普通の人間ならば、絶叫こそすれどもこれだけで死にはしない。ただただ惨い痛みに悶え、苦しむ残酷な傷となるだろう。しかし、少女は違った。魔性の剣の刃が少女の柔らかな肉を抉り、その服ごと切り裂いていった瞬間、彼女の肩からはどろりとした黒い液体が飛び散った。
血だ。
もちろん、ただの血ではない。
いかに魔女でも、血の色は人間と同じ赤だ。だが、魔女狩りの剣で斬られれば、その血の色は黒に変色する。そして、黒い血が流れた時が、魔女の命が途絶える時。少女の目は揺らぎ、その小柄な身体は痙攣し始めていた。
きっともう意識は無いのだろう。血が黒く変色した瞬間、この澄んだ目は世界を映すのを止めてしまったはずだ。
やがて、少女の身体は崩れ落ち、私の腕の中に収まった。
その身体は蝋のように固く、明らかに人間の死体とは違う。後は身体に残る黒い血を全て抜くだけだ。そうすれば、毒と化した身体は浄化され、金を持つ人間ならば誰もが望む薬へと姿を変える。そうするまでにさほど時間は取られなかった。
こうして、残っていた仕事は終わった。
少女から姿を変えた戦利品は、若々しい為か、高く売れるようだった。その心臓は有り触れたものでもなく、少々珍しいものだったらしい。
これで問題なくミールを学校に通わせられる。
――お願い、止めて!
故郷へと帰る前、ふと、私の頭に少女の叫び声が甦った気がした。
初めての事ではない。今までいつも殺してきた魔女や魔術師の最期の声は耳に残ってきた。それを思い出すたびに、私は何度も自分に言い聞かせた。
魔女は悪なのだ。人間の秩序を乱す悪であるのだ。
だから、私は間違ったことはしていない。私の仕事は国にとってなくてはならないものなのだ、と。