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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
二章 ミール
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1.未来への期待

 魔女狩りの剣士。

 その道が自分のものになるなんて子供の時は全く思いもしなかった。サファイアと夫婦になれば、他の村人たち同様の平穏で慎ましい人生を送るものだと思っていた。

 けれど、現実は違った。

 サファイアは理不尽にも殺され、思い描いた彼女との子供の存在も遠い思考の果ての幻想と消えてしまった。残ったのは彼女の弟であるミール。サファイアを失った孤独な私は、突然生きる目的を失ってしまった。

 ミール。彼の成長だけが心の癒しだった。正式に妻にはならなくとも、私の妻はサファイアだけ。だから、ミールはたった一人残された私の家族に違いなかった。

 だが、私はそんなたった一人の家族を村人に預けた。

 いつかは彼を連れだして、何処か安全な都会で暮らしたかった。魔物などの影が忍ばないような世界で暮らしたかった。

 その為には金がいる。村で農夫をやっていては稼げないほどの資金が必要だった。だから、私はミールを置いて都会に出たのだ。

 魔女狩りの剣士。その道が自分のものになるなんて。

 澄んだ白銀の美しさに反して禍々しい、そんな魔性の剣を手に持ちながら、私は何度も、何度も、そんな事を考えていた。

 この道が決まったのも偶然に過ぎない。

 都に出てきてすぐに頼れそうな人物がたまたま魔女狩りの剣士だった。それだけだ。魔女狩りの剣士は後継者が減り続け、私のような田舎者でも貴重がられた。

 魔女狩り。

 その響きには何の罪悪感も浮かばなかった。相手は人間と同じような姿をした女。稀に、男。だが、幼い頃より神の教えを毎週聞かされ、善悪というものが何なのかを学んできた私にとっては、魔女が悪魔とされる以上、それを退治する事に何の抵抗もなかった。

 我が国の君主は魔女狩りの剣士を求めている。

 それならば、私は誇り高くこの剣を使いこなそう。

 それは、故郷に置いてきた美しい義弟ミールへの誓いでもあった。ある程度資金が溜まればそれでいい。それで十分だった。

 けれど、気付けば私は魔女狩りの剣士としての生活にすっかり馴染んでいた。

 年に数回、顔を見せに行く度に、ミールは成長していく。女児とも思われるほどだった幼さは消え、少年らしい特徴が多々現れ出す頃合い。それでもまだ、ミールは美しい少年のままだった。そして、成長するにつれ、私には見逃せないある特徴が強まっていった。

 似ている。サファイアに、よく似ている。

 ならば、ぜひともミールにはサファイアの分まで長生きしてもらいたかった。私とサファイアが築けなかった未来を、ミールには築いて貰いたい。いつかは心に決めた女性と共に、温かな家庭を築いて欲しい。

 そんな思いを胸に、私は依頼通りに魔女を狩り続け、報酬金と共に、貴重な薬を精製しては売りさばいた。

 そんな生活は気付けば長く続いていた。

「初仕事から明日で三年か……」

 都に一人住まう家にて、私はぼんやりと剣を見つめた。

 正式な魔女狩りの剣士と認定された時に国より贈呈された魔性の剣。これで斬られた魔女は、たとえ掠り傷でも即死する。それほどまでの毒性を持ちながら、人間である私が切り傷を作ったくらいでは何も起こらない。ただ痛いだけだ。

 この剣がどのように作られるのか詳しくは知らない。ただ、その材料となる生き物の存在をざっくりと知っているだけだ。

 きっと多くの魔女狩りの剣士も興味すら持っていないことだろう。与えられた剣をただ使いこなすだけ。

 私は金を集めるのに必死だった。

 ミールの世話をしてくれている村人一家への謝礼と、ミール自身に継がせる財産。そして、都にてミールと共に暮らすための資金。彼には都で暮らし、いい教育を受けて貰いたい。ミールの面倒を看てくれている一家によれば、彼はとても聡明らしい。

 都会に行くのならばぜひとも学校に行かせるべきだ。それは、家主の世辞でも何でもなく、成長してきたミールの言動を目の当たりにすれば一目瞭然の事だった。

 金なら私が稼げばいい。今の私が義兄であり、父親でもある。そう自覚していた。それが、悲劇的な最期を迎えたサファイアに、今の私が出来る精一杯の愛情表現でもあった。

 正式な夫婦となれずとも、私の妻はサファイアだけ。

 その思いは、サファイアが死んで三年経っても薄れる事は決してなかった。

「そろそろ、資金も集まった」

 広い家に一人ぽつりと居座りながら、私は呟いた。

 この家に越したのはつい最近の事だ。それまで、狭くて安い襤褸小屋を借りて暮らしていたが、ようやく二人で住めるような家を買うことが出来た。周囲に住まうのは人のいい住人ばかりだ。私を魔女狩りの剣士を知っても、何の偏見も抱かない。まるで、故郷の村人たちのようだ。

 ここならば、ミールも安心して住まわせられる。そして、彼に通わせたい学校からも近い。既に故郷には便りを送り、ミールの身支度をぼちぼちさせるようにも促している。

「あと、一仕事」

 依頼は昨日来た。

 簡単な仕事だ。この都の中で起こった出来事のみ。

 もしかしたら、人間が疑われているだけかもしれないから、慎重に行う。多少怪我をさせたところで、命に別条がなければそれでいい。魔女狩りの剣さえあれば、仕事はそう長くはかからない。

 仕事が終わり、報酬を手にすれば、後は故郷へと戻るだけ。

 そうして、ミールを加えた新しい生活が始まる。生まれ育ち、慣れ親しんだ故郷を離れるのは寂しかろう。だが、ミールは学校というものに興味を持ってくれた。

 たくさん勉強して、いい仕事に就きたい。成長したミールはそう発言するようになったそうだ。昔は、大好きな姉の死にただ泣きじゃくっていただけの彼が、いつの間にかそんなにも成長した。

「子供の成長なんてあっという間だな……」

 それは、つい最近まで私やサファイアが言われていたような言葉な気もした。

 だが、この三年を含んだこれまでの記憶を思い返してみれば、サファイアと過ごした甘い日々さえも、遠い昔の事のようだった。

 あと一仕事。これさえ終われば、未来へと大きく踏み出せる。

 それは、闇雲に働く私にとって、輝かしい道のりに思えた。


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