6.おしゃべりな魔物
ルーナはおしゃべりな娘だった。
年の頃は十代の後半のように見えるけれど、中身は幼子のようだ。私が黙っているのをいいことに、放っておくとずっと喋っている。
けれど、幸いな事に、馬鹿なわけではないようだった。
静かにしていなければならない状況、勝手に動いてはいけない状況に面すると、指示をしなくても願っている通りにしていてくれる。
人狼を狩るときは、ルーナはとてもいい餌になった。
カリスもそうだったが、人狼達はルーナに惹かれるようだった。黒豹になれるルーナだが、その本質は豹でも猫でもないらしい。人狼とは全く違い、獣と人の間というわけでもなさそうだ。彼女が何者なのかは私にはよく分からない。ただ魔物の一種のようだとしか分からなかった。その特徴として、魔物を惹きつけてしまう魅力があるのは確かなようだ。
人狼だけではなく、ルーナは様々な魔物を引き寄せた。その度に、私は助けなくてはならなくなる。危機が迫れば黒豹になれるルーナだが、その姿よりも遥かに強そうな魔物ばかりが近寄って来るので意味がない。
私は何度も戦い、魔物を傷めつけ続けた。
興味本位で死にゆく魔物に問いただしたこともあった。どうしてルーナに惹かれるのか。しかし、得たい情報が得られることはなかった。誰もが訳も分からずルーナに引き寄せられ、その肉体を欲しがる。
次第に私は理由を知るのも諦め始めた。
もしかしたら、私が人狼に惹かれて殺したがるのと同じなのかもしれない。
だが、ルーナは何者なのだろう。
どうしてあのような辺鄙な村にいたのか。
「わたしは物心ついた時からあの小屋にいたんだ」
ある日、ルーナは自分から語った。
消えたカリスを追い求めて放浪している最中、疲れを癒すために湖の傍で休んでいた時の事だった。
「大人達に連れられて、あの場所に閉じ込められちゃった。それからずっとご飯を貰いながらあの場所にいたの。もう何年経つか分からないくらいだったんだよ」
「ルーナはどうして自分が閉じ込められていたか知っているの?」
何気なく訊ねてみたが、ルーナはやはり首を横に振った。
「でも、村長が前に言ってたの。わたしは《国王より贈られた、来る日においてとても役に立つ贄》ってのなんだって。その時まで太り過ぎず、やせ過ぎず、身体を維持させなさいって言っていたの」
――国王より贈られた、来る日においてとても役に立つ贄。
国王とは人間達の王。この大地を治めている大国の君主だ。つまり、ルーナは人間の王が人間の庶民どもに与えた魔物なのだ。
贄という言葉が示す通り、いつかは生贄としてその命を奪われる運命にあったのだろう。
「ルーナは村に戻りたいって思う?」
私はなんとなく訊ねてみた。
きっとルーナは贄という言葉の意味を知らないのだろう。見た目だけは大人に近いが、閉じ込められていただけあって、その中身は恐ろしく幼い。
もしかしたら、そんな小屋でも懐かしさの一つがあるかもしれない。
しかし、ルーナは首を横に振った。
「戻りたくない」
頑なに拒むように彼女は言う。
「皆、とても冷たかった。村の人達がわたしを見る目が怖かった。わたしをルーナって呼んでくれるのは、村長を始めとしたごくわずかな人だけだったの。その人達も、アマリリスみたいに抱きしめたりはしてくれない」
ルーナはそう言いながら、そっと湖に足をつけた。
その仕草は人間の子供のようだ。けれど、人間ではなく魔物。それもそろそろ子供とは呼べない年齢。他の魔物にとっては、人間とは比べ物にならない危ない魅力を秘めている美味しそうな存在。
けれど、私にとっては幾ら眺めても食指を動かされない可愛らしい僕でしかなかった。
「わたし、アマリリスの僕になってよかった。あんな小屋にいるより、今の方がずっと楽しいもの」
「そう。それならよかった」
「アマリリスの役に立つなら、人狼達を惹きつけるのも怖くないよ。アマリリスがやっつけてくれるから、全然怖くない」
「そっか」
くすぐったいほど無邪気にルーナは私を見つめる。
すっかり慣れた獣が甘えてくるようだった。
その様子を見ていると、初めて見た時の彼女の姿が脳裏に浮かび上がる。もしも僕にしていなかったら、ルーナはどんな言葉を私に向けてきたのだろう。
今のルーナは僕であるという鎖に縛られているに過ぎない。
私への忠誠のほぼ全ては、永遠に取り消せない魔術によるものだ。
それを本心と言っていいのかどうか、私には分からない。
ルーナと関わっているうちに、私の中にはしばらく眠っていた感情が芽生えるようになってきていた。今までの私は、ただ人狼を狩るためだけに存在していた。それが、ルーナという僕を得てからは、変わってしまった。
人狼以外の事も考えるようになった。
人狼以外の事にも興味を持つようになった。
ただ欲求を満たすためだけの日々ではなくなってしまった。
それがいい事なのか、悪い事なのか、判別するつもりはなかった。ただ、人狼を追いかけていただけの日々よりも、楽しくなった気がしたのは確かだ。
少なくとも、退屈ではなくなった。
ルーナを守るために人狼以外の魔物を相手に戦うことも、ルーナの話を一方的に聞かされることも、それなりに楽しかった。
だからこそ、私はたまに不安に思うことがあった。
寝ている間。
ルーナから目を逸らしている間。
何処からかカリスがこちらを見ているような気がしてしまうのだ。おかしなことだ。私の方がカリスを追いかけているはずなのに、ルーナの存在が大きくなればなるほど、カリスの影を感じるようになっていた。
カリスは近くにいるのだろうか。
私が彼女からクロを奪ったように、私からルーナを奪うつもりではないだろうか、と。