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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
一章 ルーナ
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5.従順な僕

 様々な夜の声が聞こえる野原。

 辺りでは再び塵が降ろうとしている。やがては白く染まるだろうその世界の中で、私はルーナの正面に座り、その目を見つめていた。

 殺さないでとだけ自分の意思を示したルーナは、私の動きをじっと待っていた。

 その姿は驚くほど受動的で、服従的だった。

「ルーナ」

 私はその名を呼び、そっと柔らかな頬に触れた。

「私のしもべになると誓えば、殺さないであげる」

「……しもべ?」

 ルーナが私を見上げる。

 意外そうな表情だった。どんなに懇願したとしても、殺されるだろうと半ば諦めていたのだろう。

 私はそんなルーナの頭を少し撫でた。

 獣のように見える。人間の姿はしているけれど、彼女は人間ではないようだ。人狼のように魔に属するもの。人間を恐れさせ、混乱させる魔物に違いなかった。

 ルーナはじっと私を見つめ、私の言葉を待っていた。

 既に私に従うつもりでいるらしい。

「誓うだけでいいの。それだけで、あなたには呪いがかけられる。一生、私の命令に逆らえない代わりに、私も一生あなたの命を守ってあげることになる。魂をかけた契約のようなものよ」

「……そうしたら、殺さないでくれるの?」 

 幼子のようにルーナは私に問いかける。

 私はゆっくりと頷いた。

 彼女を騙すつもりはない。黒豹に変身出来るという変わった能力を持つ限り、ルーナが私の足手まといになる事はないだろう。事に寄れば、狙った人狼を確実に狩る上でとても役に立つかもしれない。

 ルーナは掠れた声で告げた。

「分かった。誓う……」

 怯えた子猫のようにルーナは私を見上げる。

「奴隷でも何でもいい。あなたに忠誠を誓う。だから、殺さないで……」

 私はその言葉を聞き、そっとルーナの額に触れた。

 その瞬間、ルーナの首に鎖が繋がれたのを感じた。ルーナ自身が気づいているかは分からない。だが、鎖はとても頑丈なもので、多少の事では崩れたり、壊れたりしないだろうことが分かる。

 これで、ルーナの運命は変わった。

 辺鄙な村の小屋に閉じ込められる運命から、人狼を殺すために渡り歩く偏狂な魔女に支配される運命に。

 私はそっとルーナから手を離し、視線を合わせた。

「私はアマリリス」

 優しく語りかけて、たった今手に入れた、か弱いしもべを見つめる。黒い衣を掴みながら、しもべは私をじっと見つめていた。

「人狼を殺してまわる赤い魔女よ」

 私の自己紹介を聞いて、ルーナはやや首を傾げた。

「アマリリス……?」

 確認するように私の名を呟く。

 私はその頭を撫でて、その脳裏に吹き込むように言った。

「そう、アマリリス。あなたのあるじよ」

「アマリリス……人狼を殺す魔女……」

 その目は恍惚としている。

 ルーナの中で何かが書き換えられているのだろう。私のしもべになると誓った以上、もう後戻りは出来ない。逃げ出す事も、投げ出す事も出来ないまま、私に付いて来ることになる。

 それが、ルーナの歩むべき道。

「アマリリスは――」

 ルーナがぼんやりと言葉を放つ。

「あの人狼を殺しに行くの……?」

 混沌としながらも、ルーナはしっかりと私に訊ねてきた。あの人狼とは、ルーナを喰おうとし、噛みついたカリスに他ならない。

「そうよ。あなたを襲ったカリスを追いかけて捕まえるの」

「どうして……?」

「それが私の魔女としてのさがだから。私は人狼を殺さないと生きていけないの。人狼を殺して快楽を得ないと気が狂ってしまうのよ」

 それは種類こそ違えども魔女ならば誰もが抱える性分。

 魔女のさがと呼ばれるものだ。

 ある者はその対象が人間となり、他の人間達からの恨みを買う。だから、魔女は人間にとって絶対悪となり、魔女狩りなどが生まれたのだ。

 対象となる者を殺したくないと思ったところで、気が狂って結局は殺してしまう。だから、私を含む多くの者は対象となる者に慈悲なんて持たない。

 欲求を満たせない事によって生まれる渇きは、そのくらい苦痛なものだった。

 この苦しみはきっと同じ魔女にしか分からない。

 下僕となったルーナにも分かる事はないだろう。だが、分からないなりに、ルーナは納得したようだった。

「それなら、人狼をいっぱい狩らないとね……」

 時間と共に彼女の根本的な部分が差し替わってきているのかもしれない。

 そうだとしても、徐々に自分のものになっていく獣が愛しいものに見えてくるのは間違いないことだった。

「そうね」

 私が優しく答えると、やっとルーナは微笑みを見せた。

 しっかりと抱きしめてやると、ルーナは黙ったまましがみついて来る。呪いは毒のように全身に行き渡り、しもべではなかった先程までの事をすっかり忘れさせてしまっているようだ。

 可愛らしい笑みが私の目に焼きつく。

 ――ヒレン。

 ふと、私の頭の中でその名前が過ぎっていった。ルーナの温もりを感じていると、妙に懐かしい感覚が甦ったような気がした。

 私は自分が惚けている事に気づき、慌ててその感覚を振り払った。


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