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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
七章 ゲネシス
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1.竜の町

 ついに到着した。

 かつて私とヒレンが見た時とそう変わらない竜族と人間の町。

 いよいよ私の役目も終わりが見えてきた。ここでプシュケをリヴァイアサンに引き渡してしまえば、《赤い花》に因んだこの不可思議な旅も終わる。

 後は、ルーナとニフを何処か安全な場所に逃がすだけ。

 それに関しては、カリスが何とかすると約束してくれた。その約束の代償に、私はカリスに命を捧げる。

 何故だか怖いとは思わなかった。ただ淡々と自分の命の終わりを感じるだけだった。

 ニフが私を嫌ってしまったとしても、ルーナがしもべの立場を覆してまで反発したとしても、二人の安全のためならば迷いはなかった。

 それに、これは自分自身の為でもある。

 魔女の性が戻ってくる前に、カリスに殺されてしまいたかった。どんな拷問を受けようとも、どんな痛みを伴ったとしても、どうせ死んでしまうのならば、心から魅了されたカリスに殺されてしまいたい。

 こんな事を本気で思う私は、魔女の中でもさぞ歪んでいることだろう。

 けれどやっぱりこの約束を反故には出来なかった。

「いよいよ明日ね」

 日も既に落ちた頃、竜の町の宿にて、私は一人呟いた。

 ルーナは観光を求めず、ニフもまた部屋に留まっていた。

 二人とも心成しかどこかぴりぴりとしている。それは役目から解放される直前の緊張でもあり、ここまで沈黙をし続けているグリフォスへの不安でもあった。

 私も同じだ。

 プシュケがリヴァイアサンに捧げられる瞬間、グリフォスがただ黙っているわけがない。

 それに、様子を観に行ったカリスはまだ帰ってきてないのだ。

 カリスが戻る前に私達は獣の町を出た。だから、追いついていないだけかもしれないけれど、ベヒモスの元へ向かっただろうグリフォスと彼女にせっつかれているという人間が何をしてきたのか気になって仕方が無かった。

 カリスはジズの膝元で何を見てきたのだろう。

 おぞましい話とは一体何なのだろう。

「プシュケ達ともこれでお別れなんだね」

 ぼんやりとルーナが呟いた。

「なんだか寂しいな……」

 その言葉に私はふと切ない気持ちを覚えた。

 瞼を閉じれば、美しい蜻蛉の子の微笑みが過ぎるようだ。リヴァイアサンの膝元にさえいれば、か弱き巫女を脅かす者はいないだろう。

 そう信じていたからここまで来られたのだ。

 だが、ルーナの言う通り、役目を終える事は、そのままプシュケとの別れを意味する。少なくとも私は、もう二度とプシュケに会う事はないだろう。

「竜の町に留まってもいいのよ」

 私はルーナに告げた。

「ここにいれば、好きな時にプシュケに会えるはず。竜族はあなたを守ってくれるわ」

「ルーナ。聞いちゃ駄目だ」

 ふと同じ部屋に居たニフが口を開いた。

「アマリリスは君を置いて行くと言っているんだ」

「そうなの?」

 ニフの言葉にルーナが私を見つめた。

 不安げなその視線を真正面から受け止めるのは非常に苦しい。ルーナがしもべとして私に逆らえない分、私もまた彼女を傷つけることは出来ないのだ。

「ニフ、人聞きの悪い事を言わないで」

 私はニフに文句を言った。

「私はただこの町に居たいか聞いただけじゃない」

「そうかな。足手まといの私とルーナを町の人達に押しつけて、自分一人あの狼の腹の中に行くつもりなんじゃないの?」

「ニフ、やめて――」

 ルーナの前よ、と言おうとしたけれど、ニフの口は閉じられない。

「君の指図は受けない」

 そう言って、彼女は私とルーナから目を逸らした。

「役目を果たしたら、私は君とルーナを連れてカリスから逃げる」

「ニフ、そんな事言わないで。カリスを怒らせてしまう」

「いいよ。怖くなんかない。殺されたって文句は言わないさ」

 ニフは窓の外を見つめたまま、淡々と言った。

「私は決めたんだ。アマリリスが勝手に決めたように、私も勝手に決めた。そんなふざけた約束なんて認めないよ」

 私は何も言えなかった。

 強く出られてしまうと、言葉が出なくなる。カリスとあんな約束をしたのも、いつの間にか他人とは思えなくなってしまったか弱き人間を守るためでもあったはずなのに、強く主張を通せない。

 口げんかになったとしても、私とニフの結論は変わらないままだろう。

「この話は止めましょう」

 私はニフに言った。

「明日は早いのよ。リヴァイアサンの御前にプシュケが立つまで気は抜けないわ」

 私の言葉にニフが振り返った。

 その表情には怒りも悲しみもない。ただ、私に縋るような目をしていた気がした。それは、恋人の正体を知り、その死を目の当たりにし、もう町には戻れないと思い知った時の彼女の表情によく似ていた。

 だが、それもほんの一瞬の事で、すぐに彼女は私から目を逸らした。

「そうだね。寝坊したら大変だ」

 濁し笑いを浮かべると、彼女は素直に寝台の上に横たわった。

 それを確認すると、私はすぐにルーナへと視線を移した。ルーナは私を見つめていた。私とニフのやり取りにまごまごしていたようだ。きっと、不安を感じたのだろう。そんなルーナに笑みを見せ、私は言った。

「ルーナも早く寝なさい」

 私の言葉にルーナはぎこちなく頷いた。


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