表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
六章 ダフネ
60/213

8.暴かれた約束

 声の主はニフだった。

 この獣の町を去る前にと探索をするルーナに付き合わされて出ていったのだ。それが、ルーナと共に戻ってきた。

 私が返答する前に、扉は開かれた。カリスは焦ってはいたが、遂に、物影に隠れる事は出来なかった。入室するニフの後ろで、ルーナが身を強張らせている。ルーナに気を悟られるほど、今のカリスには余裕が無い。

 そしてニフは、入室してすぐに、私が対面している者の姿を見て目を丸くした。

 私は開き直って、ニフに頼んだ。

「今すぐに手伝って」

 何か言いかけるカリスを制し、ニフだけを見つめる。

「深手を負っているの。でも魔女の私には触れない傷なのよ。お願い、毒消しと清潔な布を何処かから貰ってきて」

 私の懇願に、真っ先に動いたのはルーナの方だった。しもべとして動かされてしまったのだろう。私が魔女のさがから解放されていても、私はあるじであり彼女は可愛いしもべであることは変わらないのだ。

 残ったニフは茫然とカリスを見つめていた。

 だが、ゆっくりと私に近づくと、カリスを注意深く見守った。

「どうして、こんな事に……」

 手を伸ばしかけ、カリスが素早く威嚇した。

「触るな。私の正体を知っているのだろう?」

 唸るカリスにニフは怖気づく。しかし、すぐにまた恐れを消した。

「前に、アマリリスが言っていた」

 ニフはカリスに対して告げる。

「私が人食いに攫われた時、捜してくれたのはあなたなんだって」

 その言葉にカリスの唸りが止まった。意外そうな視線でニフを見つめている。

 その隙に、ニフは素早くカリスに近寄った。

 私の触れられない怪我を確認しているようだ。カリスはその間、じっと耐えていた。人間の臭いが彼女にとってどういうものなのかは分からない。だが、カリスは根気強く自分を抑えているようだった。

「私は……」

 不意にカリスが口を開いた。

「お前が思っているような者ではない」

 ニフに対して向けられているらしい。

「お前と、そして、あの下級魔物に、心底恨まれる予定の者だ」

「カリス――」

 私はカリスを制した。彼女が何を言うつもりなのか分かったからだ。だが、カリスは私の言う事など聞いてはくれなかった。

 怪訝そうなニフに対して、カリスは真っ直ぐ睨みつけるように視線を向けた。

「私は約束しているのだよ」

「カリス、黙りなさい」

「全ての役目が終われば、アマリリスの命は私のモノになる。その代わり、お前とルーナには手を出さずに守ってやるとね」

「カリス!」

 私が叱咤した時、背後から視線を感じた。

 ルーナだ。このタイミングで戻ってきたらしい。手元には消毒液の瓶と白い布が抱えられている。だが、彼女は立ち尽くしたまま、目を見開いてカリスを見つめていた。

「私を助ければ、アマリリスは死ぬ事になるんだぞ」

 カリスはそう言って、ニフの手を払った。

 ニフは手を払われたまま、ルーナと同じように茫然としていた。私は二人から目を背けた。いつか言わなくてはとは思っていた。だが、こんな形で伝わってしまうなんて。

「嘘でしょ」

 ルーナの声が響いた。

「ねえ、アマリリス」

 縋るような視線を見つめることが出来なかった。

「嘘って言ってよ」

 私は目を逸らしたまま、答えた。

「本当よ」

 溜め息混じりに、答えた。

「カリスの言う通り、私は役目を果たしたらこの身体をカリスに捧げるわ」

 その途端、ニフが振り返った。

 目に浮かんでいるのは怒りだろうか。私に掴みかかるように迫ってきた。避けることも出来ず、私はそのままニフを受け止めた。

「どうして」

 ニフは唸った。

「どうして、そんな恐ろしい約束を……!」

 ニフの言葉を噛みしめながら、私は落ち着いた声で答えた。

「終わらせたいの。このままこんな事を続けていても、いつか私の気は狂って、あなた達を失ってしまうかもしれない。だから――」

「そんなの勝手だよ!」

 私の言葉を遮って、ニフは叫ぶ。

「自分だけが強いと思っているの? 私とルーナの事を信じていないって言うの? そんな事をして、私達が満足するとでも思った? 仲間の仇に見守られて安全に暮らして、それで私が幸せになれるとでも思っているの?」

「分からないわ」

 私は素直に応えた。

「でも、私はあなた達に生きていて欲しい。それにはね、私が守り続けるよりも、カリスが守り続ける方がずっと確かなのよ」

「私は、アマリリスにだって――」

 ニフは言いかけて俯いた。感情の揺らぎに押し潰されて、その続きはなかなか出てこないようだった。

 沈黙の中、ルーナの足音が聞こえてきた。ゆっくりと近づいてきたルーナは、静かにカリスの前に座り、私の指示で持ってきたものを並べた。

「わたしもいや」

 ルーナは言った。

「そこまでして生き延びたくない。アマリリスがピンチになったって、わたしとニフなら守れるよ……」

 呟きながら、消毒液を布に浸し、カリスの傷にあてる。すでに意識が混濁しているカリスの表情が歪む。だが、ルーナは気にせずに、治療を続けた。

「でも、わたし、アマリリスの決定には逆らえないもの」

 その言葉は、私の身を抉るようだった。

「アマリリスがこの人を助けてっていうのなら、助けないわけにはいかないの」

 ルーナはそう言いながら、そっと涙を流していった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ