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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
一章 ルーナ
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4.黒い獣

 村ではちらほらと松明の光が見え始めていた。

 しかし、その誰もが逃げ出した黒豹に気付けていない。そして、黒豹を惹きつける私の存在にも気付かないでいる。

 私は黒豹に追われながら、村から距離を置いた。

 今頃、村人たちは開け放たれた小屋を発見しているだろうか。厳重に閉じ込めていた娘が居なくなっている事に気づいたら、大騒ぎする事だろう。

 しかし、だからと言って何かを感じるわけでもなかった。

 村人たちの事なんてどうでもいい。今はただ、この黒豹を人気ひとけのない場所まで連れていくのが先決だった。

 カリスとは違って、この獣は怒りで我を忘れているらしい。

 その怒りの全てはカリスが生んだものだが、カリスが去った今、向けられているのは私の方だった。

 だが、別によかった。それについては怒りを感じる事はない。私が感じている怒りはそういったものではない。

 この黒豹のせいでカリスを取り逃がした。

 その事だけが私に怒りを与えていた。

「こっちよ」

 私の呼びかけに、獣は真面目についてくる。私の身体に一太刀浴びせないことには気が済まないのだろう。丁度いい。私も同じだ。欲求を満たせなかった怒りを晴らさせて貰わないことには気が済まない。

 そうして、ようやく村から距離を置いた野原へと辿り着いた。

 私は逃げるのを止め、迫りくる黒豹を振り返った。

「――さあ、来なさい」

 追いついた黒豹が一瞬立ち止まる。しかし、まだ興奮は収まっていないようだった。それならいい。全力で対抗するまでのこと。命を奪ったとしても、私は罪悪感など持たない。何故なら、私は人間達に毛嫌いされる魔女だから。

 黒豹が飛び掛かってくる。

 それを避けて、私は魔力を放った。

 黒豹もまたそれを避ける。

 カリスを取り逃がし、欲求を満たせなかった分、私の魔術は乱れてしまっている。それでも、負けるとは思えない。この黒豹に憂さ晴らしをしたら、すぐにでもカリスを追いかけたかった。

 黒豹が再び飛び掛かってきた。

 私は力を溜めて、黒豹が近づくのを待った。

 この魔力が彼女の肉体をバラバラにしたとしても、私は後悔しない。むしろ、清々することだろう。

 黒豹が私に爪と牙を喰い込ませようとする。

 その瞬間、私は溜めた力を放った。

 光が生まれ、強い衝撃が私と黒豹を弾き飛ばした。地面に倒れつつ、私は黒豹を見つめた。人狼の肉体を傷つける事の出来る力なのだが、得体の知れない黒い獣の肉体を傷つけることは出来なかったらしい。

 それでも、黒豹は地面に叩きつけられ、動けなくなっていた。

 唸りながら、立ち上がろうとしたその時、黒豹の姿が歪み、元の少女の姿へと戻っていく。黒い衣に身を包んだ黒髪の娘だ。

 私は身悶えする娘に近寄った。

 近くで見れば、瑞々しい肌が浮いて見える。カリスが狙ったのも頷けるほど、柔らかそうな身体が黒い衣の間から見えた。

 獣でなくなれば、人間と全く変わらない。

 そんな姿に戻った娘は、爛々とした目でハッと私を見上げた。怯えるようなその目には、先程までの荒々しさがない。

「御免なさい、許して……」

 弱々しく震えるその姿は、豹というよりも子猫のようだった。

 私は娘の前に座り込み、その目を見つめた。内面を探り、心の中核に入りこみ、娘の情報を引きずり出す。

「ルーナ」

 その名を導きだすと、娘は怯えたように両目を瞑った。

「それがあなたの名前ね」

 出来るだけ冷静に問いかけるとルーナは震えながら頷いた。

 私は溜め息を漏らした。

 カリスを取り逃がした事は腹立たしいけれど、震えながら懇願するこのルーナという娘を一方的に暴行する気にはなれなかった。ルーナが人狼ならば違ったかもしれない。けれど、ルーナはどう見ても人狼ではない。

 幾ら魔女の私でも、人狼でない相手を意味も無く暴行する事は気が引けた。

「分かった。襲いかかってきた事は許してあげる」

 私がそう言うと、ルーナの身体からやや力が抜けた。

 その姿を見ていると、ふと、嫌な予感がした。このルーナという娘は何故、村の者達に隔離されていたのだろう。村の男達の話では、餌をやり続けなくてはならないと言っていた。きっと、彼らにとってこの娘は必要なものなのだろう。

 だが、このまま村に返していいのだろうか。

 この無知な娘は村の誰かに私の話をするかもしれない。

 そうすれば、魔女狩りの輩に噂が伝わるだろう。魔女狩りというものは多くの場合、私が気にするほどのものではないが、中には厄介な者もいる。

 特に、都会よりやってきた魔女狩りの剣士の中には、怪しげな能力を用いて魔女を見分ける者もいるという。また、そうでなくとも、正式な魔女狩りの剣士たちが持つ剣は、魔女にとっては猛毒のようなものなのだ。

 面倒な事は嫌いだ。

 カリスを追う上でも邪魔となる。

 それならいっそ、このルーナという娘は村に返さない方がいい。

「でも、ルーナ」

 私は座り込むルーナの目を見つめたまま言った。

「あなたをこのまま帰すわけにはいかないわ」

「どうして?」

「私にとって不都合な事があるかもしれないから。どうしても帰りたいのなら、今ここで命を奪う。死にたくないのなら、私の言う事を聞きなさい」

 私が目を細めると、ルーナは再び震えた。

 その様子からは黒豹に変身出来るなんてとても思えない。そのくらい、弱々しい面持ちでルーナは私を見つめていた。

「お願い、殺さないで……」

 泣きだしそうな声がその口からは漏れだした。


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