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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
六章 ダフネ
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7.死にかけの狼

 翌日、私達は獣の町に戻った。

 ウィル達は私達の帰りをやはり待ちわびていた。当然だろう。この時ばかりは彼らも自分が異なる神獣の血を引いている事を歯がゆく思うらしい。そのくらい、彼らにとって自分達の巫女の安否は重要な事なのだ。

 彼らによれば悪魔の影は遠いらしい。

 けれど、確実に近づいて来ているそうだ。

 やはり、カリスが言っていた通り、人間の巡礼者に同行しているのだろう。だが、何のために。どうして。考えても思い当たる想像が出来ない。

 ウィル達の話では、人鳥の使者も来ていないらしい。

 何かあっても無くても教えてくれるはずなのだが、何もないのは不可解だ。だが、だからといって旅の歩みを遅くすれば、グリフォスが追いついてしまう。

 それだけは避けたい。リヴァイアサンの加護がないプシュケとグリフォスを近づけるわけにはいかない。伝説通り《赤い花》とその使者が同行しているからといって、警戒心を忘れるのは愚かな事だ。

 それに、あとはリヴァイアサンの元にプシュケを届けるだけなのだ。

 リヴァイアサンは待っている。それに、プシュケもまた近づいて来る時に恋い焦がれ始めていた。

 生まれる前から結ばれていた者同士が出会うのだ。

 人々の恋愛によく似ているが、それよりももっと強固なものらしい。

 ただの魔女である私には分からない。だが、プシュケが海巫女として主に寄せる思いは日に日に募っていくらしい。

 それならば早く引き合わせてあげたい。

 神獣を崇拝する一人として、私は素直にそう思った。

 だからこそ、グリフォスがどうしているのか。ジズの山での出来事はどうなったのか、私は早く知りたかった。

「カリス……」

 獣の町の宿にて、私は一人物影に訊ねた。

「カリス、いないの……?」

 その時だった。物影より突如視線が生まれ、私の姿を捉えた。次いで聞こえてきたのは荒い吐息。焦りを隠せない様子で、《彼女》は私が一人でいる事を確かに認めると、あっさりと影から出てきた。

「カリス……!」

 黄金の髪が暗闇の中でも輝いて見える。

 淀んだ目には疲れが浮かび、美しい顔立ちが汗で汚れていた。だが、カリスは私を真っ直ぐ見つめると、はっきりと口を開いた。

「やっと追いついた……」

 震える声で彼女は言った。

 私は思わず近づきそうになり、堪えた。きっと嫌がるはずだ。己の立場を忘れてはいけない。私は彼女の夫を嬉々として殺した者なのだ。

「とんでもないことが起きた」

 唸るように彼女は言う。

 声と共に身体もまた震えている。息が妙に荒く、肩を庇っているように見えた。

「カリス、怪我をしているの?」

「黙れ、私は大丈夫だ」

 荒々しい目が私を見つめている。

 だが、その目には疲れしか浮かんでいなかった。狼としての誇りを必死に保っている姿。それは、かつて私が何度も見てきた、追い詰められた人狼そのものの目だった。

「嫌かもしれないけれど、怪我を見せて。今なら大丈夫よ。魔女の性から解放された今なら、あなたを治療できる」

「うるさい。私に構うな。赤い魔女になんか助けられたくない……」

 カリスは人間の姿のまま牙を見せようとする。

 今、自分がどんな姿をしているかも分かっていないのだ。冷静でない証拠だ。こちらからは見えていない場所が傷ついている。恐らくそれは想像以上に深いものだろう。

 私は思い切ってカリスに近寄った。

「頼むから、来ないでくれ」

 カリスはそう言ったが、抵抗はしなかった。いや、出来なかったのだろう。

 私は黙ったままカリスの身体を触った。魔女のさがというものがかつてあった事を忘れてしまうかのような感情だった。

 どうして自分があんなにも人狼を殺してきたのか分からなくなるくらい、今のカリスには殺したいなどという欲求を感じなかったのだ。

「ごめんなさい、カリス」

 私は言った。

「じっとしていて」

 カリスの身体を傾け、私はその傷を確認した。

 斬られている。背中をざっくりと。それも、ただの剣ではない。傷口に触れようとした時、カリスが初めて牙をむいた。

「駄目だ。触るな。お前は触ってはいけない!」

「魔女狩りの剣にやられたの?」

 私の問いにカリスは悔しそうに呻いた。

「こんな魔力、私には効かない。だから大丈夫だ。私に構わず、話を聞いてくれ……」

「駄目よ。まだ出血しているわ。魔力は効かなくても、傷口を放っておけばいくら人狼のあなたでも死んでしまう」

「そうだとしても、お前は触るな。これはお前にとって猛毒なのだぞ……」

 強く言われ、私はすごすごとカリスから離れた。

 彼女の言う通り、私では手当てをすることが出来ない。魔女狩りの剣は私にとって猛毒で、斬られた者の傷口や血を触るだけでも命の危機に曝される。

「ニフに頼むわ」

「駄目だ。私は人狼なんだぞ。人間等に触られれば耐えがたい飢えが訪れる。お前は仲間を私に捧げるとでも言うのか」

「でも――」

「いいから、私の話を聞け。もうすぐ奴らはここに来る。その前に、一角と竜族どもに伝えろ。ジズの山で起こったことは地獄そのものだったと」

「どういうこと?」

「人鳥と巫女が……ジズが……」

 言いかけて、カリスは吐きそうになった。

 先ほどよりも息が荒くなっている。血が止まっていないのだ。どうにか治療しなければならないのに。

 私は焦燥感と共にカリスを見守った。

「アマリリス?」

 そこへ、声がかかった。

「誰と話しているの?」


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