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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
五章 カザン
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7.無邪気な僕

「ただいま!」

 部屋に入るなり、ルーナは甲高い声で叫んだ。

 私が入り口のすぐ近くに座りこんでいたのに気付くと、そのまま無邪気に抱きついてきた。妙に威勢がいい。そして、ニフは一緒じゃないようだ。

 ルーナは甘えたまま子猫になり、喉を鳴らし始めた。

 カリスの言葉を思い出す。この光景も影の中から見ているのだろうか。周囲を探ってみたが、カリスの気配を捉える事は出来なかった。

「あのね! 狐人のお姉さんたちに色んな事教えてもらったんだよ!」

 子猫の姿のまま、ルーナは私を見上げてきた。

 私はその頭を撫でながら、訊ねた。

「例えば?」

「ジズの事。あと、魔物の事とか、塵の事とか。それと、シエロの里のことも少しだけ教えてくれたんだよ」

「シエロの里……」

 シエロ。それは、最初にジズに捧げられた狐人の娘の名前。

 その景色は今も断片的に思い出せる。シエロの里は、確か、マルの里と同じような場所だったはずだ。

 私とヒレンが少しだけ通り過ぎた場所。人鳥と狐人が共に暮らし、時折、シエロの生まれ変わりを匿いながら育てる。カザンの生まれ故郷であるはずの場所だ。ここに仕える狐人も、その里からきた者が多いのだろう。

「あとね、魔物のご先祖様は空から来たんだって。ジズの大きな翼に乗って、空から地上へと舞い降りた。そして、リヴァイアサンの背に乗って海から来た人間のご先祖様と出会って、そこでベヒモスが仲を取り持って魔族のご先祖様が生まれたんだって」

 ルーナは無邪気に教えてくれた。

 私は小さく呟いた。

「そのお話、懐かしいわね」

 それは、子供の頃に読んだ本の内容。

 空は全ての魔物の父であり、海は人間を含むケモノの母であった。そして地は私達魔女を含んだ魔族全員の両親であり、誰しもに平等な世界を約束したのだと。

 けれど、世界は常に混沌の中にある。それは、三神獣の命を狙う悪神がいるからだと。悪神は地に堕ち、悪魔を産み出して世界をうろつかせる。

 魔女が性に縛られたのも、その悪魔の一人のせいだと言われていた。

 ――悪魔か……。

 神話に出てきた悪魔が、グリフォスと同じなのかは分からない。グリフォス自身もその悪神とやらに従っているだけなのかもしれない。けれど、彼女は間違いなく、この世界に混沌をもたらしている者に違いなかった。

「アマリリス?」

 考えに耽っている私を子猫姿のルーナが見つめていた。

「もしかして、疲れていない? 大丈夫?」

「大丈夫よ、ルーナ」

 私はそう答えて、ルーナを抱きかかえた。

 立ち上がって窓辺の椅子に座ると、膝の上でルーナの背をゆっくりと撫でた。途端に、聞き心地のいい喉を鳴らす音が聞こえてきた。

「聞いてきた話をもっと聞かせてちょうだい」

 私が促すとルーナは頷いた。

「あのね、シエロの里では年に五回も大きなお祭りがあるんだって。その時は、いつも人間のとある少数民族が参加してくれるんだってさ。魔物と魔族とケモノが輪になって踊るお祭りとか、狐人の子供達が一軒一軒お札を貰いに行くお祭りとか、とにかく色々やるんだって」

「賑やかそうな里ね。私が前に行った時は何もない時だったようだわ」

「運が悪かったんだね」

 無邪気に言ってルーナが私の顔を見上げ、寝転がる。

「じゃあさ、アマリリス」

 子猫の目が私をじっと見つめていた。

「役目を果たしたら、シエロの里のお祭りに行ってみようよ」

 その言葉に、私は思わず口を閉じてしまった。

 ――役目を果たしたら。

 私はカリスに身を捧げるいう約束をした。ルーナとニフに手を出さないと条件を付けて。

 それはつまり、ルーナ達との完全な別れを意味する。カリスに殺されてしまえば、もう二度とルーナの温もりを感じることも出来なくなるのだ。

 ――ヒレン。

 私は友を失った夜の事を思い出した。

 人食いによって残酷に殺されていったヒレン。生きたまま腹を裂かれ、少しずつ喰い荒らされていく中で、彼女は息絶えるまで、私に逃げろと言った。

 私は、逃げられなかった。だが、近づくことも出来なかった。

 サファイアのような目を輝かせながら、ヒレンを喰い荒らす女は私を手招いた。近づけば、私もああなってしまう。その恐怖が私の動きを封じたのだ。

 やがて、ヒレンは動かなくなり、冷たくなったその亡骸を抱えて女は闇夜へと消えた。

 そして、私はヒレンを失った。全ては怯えのせい。私が弱いのがいけなかった。

 その夜の孤独は今でも私を苦しめる。どうして動けなかったのか。どうして後を追えなかったのか。どうしてあの人食い女は私を喰わずにいってしまったのか。

 私がカリスに殺されたら、ルーナはどう思うだろう。

 ルーナにはまだニフがいる。けれど、魂を縛るあるじは私のまま。しもべである事実を消せないまま、彼女はいつまでも私の帰りを待つのだろうか。そして、私を奪ったカリスを恨み続けるのだろうか。

 この無邪気な魔物の娘が。

「アマリリス、聞いてるの?」

 子猫姿のルーナが顔を覗いてきた。

 私はようやく我に返った。

「ごめん。ぼんやりとしていたわ」

「やっぱり疲れているの?」

「そうかもね」

 不思議そうに首を傾げる子猫に答えつつ、私は再び周囲をこっそり探ってみた。やはり、カリスの気配は何処にも感じられなかった。

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