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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
四章 グリフォス
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7.襲撃

 息を切らした状態で扉から現れたのはルーナだった。

 魔物であるはずの彼女は影の中に身を潜めているイリスの気配にも気付かずに客間へと足を踏み入れ、私の名を何度も呼びながら走って近づいてきた。その異様な焦り具合は、ひと目でただ事ではないと教えてくれる。

 ルーナは息を整えながら私の手を掴むと、そのまま強く引っ張った。

「アマリリス、あのね、あの……」

 気が動転して言葉が出てこないらしい。

「ルーナ、落ち着きなさい。何が――」

 起こったの、と聞こうとした時だった。

 開けっぱなしの扉の向こうから、何やら騒がしい声が聞こえてきた。里の人間達のようだ。まさか、グリフォスが現れたのだろうか。

「とにかく来て! ニフが大変なの!」

 その言葉だけで十分だった。

 私はルーナに引っ張られるままに部屋を出た。

 ルーナは私を引っ張り走る。その道中、人間は何処かへ逃げ、竜族は何処かへ向かうのが確認出来た。ルーナが向かうのは、竜族達と同じ方向だった。

 何処かへ向かいながら、ルーナは必死に言葉を探しながら私に説明してくれた。

「プシュケに呼ばれて話をしていたの。そしたら、広間が騒がしくなって」

 早口に喋りながら、ルーナは走る。私は引っ張られながらそれを追った。人間のような姿のままでも、やはり魔物らしくその力は強い。

「行ってみたら、奇妙な人間の女が、人間の見張りを襲って食べていたの。竜族の人達がいない場所にいる人達が次々に……」

 悲鳴のようなその言葉に、私は緊張を深めた。

 やはり、来てしまった。

「ウィルだけじゃ守り切れなかった。ニフは……短剣を構えて、ウィルの手の届かない里の人達をすぐに誘導したの。そしたら、その人食い女、ニフに目をつけて……」

 急がなくては。

 気持ちだけが空回りする。ルーナも私もそれ以上早くは走れない。それでも恐ろしいほど遅く感じたし、残酷なほど大社の廊下が広く感じられた。

「ニフを攫ってどっか行っちゃったの」

 ルーナは泣きそうな声で言った。

「人食いが……ニフを攫って……」

 ルーナが立ち止まる。

 彼女の言っていた広間だ。やっとその場所に付いたのだ。辺りはすでに竜族が数名いた。大社に住みこんでいる竜族以外の者も駆けつけているようだ。

 その場にウィルはいない。人間達を引き連れて避難しているのかもしれない。恐らくプシュケもそちらにいるのだろう。

「グリフォスは……人食いはどっちに行ったの?」

 その場にいる全員に向かって、私は訊ねた。

 焦りよりも怒りが強かった。ニフに手を出したのは、彼女が私の連れだと知っての事だろう。いやな思い出が頭を過ぎる。今は思い出したくもない。

「大社から離れていったようです。我々も今から追う所で――」

「どっち? どっちの方角か教えて!」

「まさかあなたも向かう気ですか? いけません。ここは我々に任せてあなたは大社に居てください」

「駄目よ。人間の連れが攫われたの。相手は人食いなのよ?」

 竜族達が困惑する。

 こうしている間にもグリフォスはどんどん離れていってしまうだろう。私にはその気配を追うことが出来ない。彼女は人狼ではないのだ。魂が悪魔だとしても、身体が人間である以上、離れていったものを捜す事が困難だった。

 それはルーナも同じらしい。竜族ほどに魔力が豊富でなければグリフォスの気配を辿るのは難しいのだろう。

 だが、そんな私に助言する者がいた。

「こっちだ、低能」

 その低い声は皆に聞こえた。

 カリスの声だ。

 竜族達は動じず、ルーナだけが目を丸くした。私は素早くルーナに指示を出した。

「ルーナ、変身して。黒豹になるの」

 驚きから立ち直りきっていないルーナだったが、その指示にはしっかりと従ってくれた。逞しい黒豹の背に私が乗ると、物影の中からカリスが狼の姿で飛び出してきた。

 カリスは振り返りもせずに大社の中を駆けだし、外を目指す。

「ねえ、アマリリス……」

「いいから彼女を追いかけなさい!」

 困惑するルーナをなだめつつ、私は命じた。

「走るのよ!」

「――待ってください、アマリリスさん!」

 竜族達の制止する声が聞こえてきたが、従う気は更々なかった。

「走るの!」

 二度目の命令で、ようやくルーナは走り出した。先を行くカリスの黄金の背中を見つめ、必死に追い始める。カリスはそれをちらりと振り返ると、少しだけ笑ったような気がした。

 どうして、カリスが助けてくれるのだろう。

 私はルーナの背に跨りながら、思考を巡らせた。

 カリスは神獣を崇拝しているだけで、私を憎んでいるのは変わらない。当然の事だ。最愛の伴侶を殺した相手を許してくれるわけがない。これまで私の危機を救ってくれたのは、いつか私を自らの手で殺すためだったはずだ。

 伴侶の仇を討つためだけに彼女は私を監視しているのだ。だから、ルーナやニフに何かがあっても、助けてくれるわけがない。

 そんな彼女が案内をしてくれるなんて。

 ――どうして?

 様々な答えが思い起こされて、気が急いてきた。

 カリスは純粋に私を助けるために案内しているのか、それとも、ニフの死に目を見せてやりたいのか。それに伴う感情は一体何なのか。

 一匹の人狼を前に様々な想像を冷静に巡らせる。こんなこと、人狼の殺害欲求という魔女のさがに縛られている時には絶対に出来ないことだった。

「ねえ、アマリリス」

 走りながらルーナが再び口を開く。

 その間に黄金の狼が大社の入り口を飛び越えた。辺りには血だまりと直視を避けたい人間達の遺骸が転がっている。

 ルーナもまたその骸には触れずに、ただ正面を走る狼を見つめたまま言った。

「あれって、カリスでしょう?」

 黒豹の姿でルーナは首を傾げる。

 ルーナも狼に続いて入り口を飛び越える。足取りは軽く、カリスよりも柔軟な動きを見せる。

「そうよ、ルーナ」

 私は彼女に応えた。

「どうして彼女が案内してくれるの?」

 素朴な疑問と共に、ルーナはカリスを追い続けた。

 私はその背中にしっかりとしがみつきながら、素早く答えた。

「それは、私も聞きたいわ」

 迷いなく走り続けていたカリスが立ち止まった。その姿がすぐに人へと変わる。それを見て、ルーナも思わず足を止めた。

 並々ならぬ殺気が現れた私達を待ちかまえていた。カリスとルーナの視線の先に、彼女はいた。私達の訪れを待っていたらしい。

 グリフォス。

 彼女はニフを捕まえたまま、私達を見つめていた。


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