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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
四章 グリフォス
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4.人狼と過ごす夜

 塵が止むと想像していた通り、美しい夜空が見えてきた。

 月はまだ明るく、明けてくる様子は見られない。一体、どのくらい待てば朝が来るのだろう。私が居ない事に気づいたら、ルーナとニフはどうするだろう。

「アマリリス」

 物思いに耽っていると、奥にいるカリスが私に話しかけてきた。手には使われることのない魔女狩りの剣が握られている。

「お前は今までに、何人の人狼を殺してきた?」

 獣の目が暗闇の中で光っている。

 普段は引き寄せられるその眼差しも、魔力が枯れている今ではいたずらに私の欲を掻き立てるだけの厄介な魔性だった。

 その上で、剣の光が私に緊張を与える。あれで斬られればどんな痛みがもたらされるかは知らない。斬られた魔女が例外なく命を落としているからだ。

「逆に聞くけれど」

 私はその場を動かず、カリスに言った。

「あなたは今までに、どれだけの命を奪ってきた?」

「さてね、人間、魔族、魔物。あらゆるものを喰い荒してきたが、人間に限定しても数え切れないほどかもしれない」

「それなら、あなたと同じ。私も数え切れないわ。あなたがお腹を満たすように、私も欲を満たしてきたのだから」

「力を失っている今でも私を殺したいと思うのか? 私を殺して欲を満たしたいと」

「思う。あなたが近くにいるだけで掻き立てられる。でも、今の私はあなたには敵わない。その剣がなくたって同じでしょうね。気が狂ってしまいそうだわ」

 私の言葉にカリスは笑いながら剣を眺めた。

 人間と魔族によって作られたその刃は美しくがれている。カリスが手入れをしたのだろう。

「なるほど。どうやらお前は我々人狼に神々がもたらされた災厄のようだ。この世が狼だらけにならぬよう、お前という存在をつくり、この世に送り出したのだろうな」

 カリスは笑いながら言った。

「人間が増え過ぎぬよう我々人狼がいて、我々人狼が増え過ぎぬようお前のような魔女がいる。そしてお前のような魔女が限度を過ぎれば、こうして――」

 と、カリスは剣を左右に振るった。

「斬り捨ててしまえばいいわけだ」

 矛先が私に向けられる。

 距離を置いていても、魔女の命を狩り取る剣の威圧感は凄まじいものだ。

「供物に選ばれた《赤い花》は殺せないのでしょう?」

 息を飲みつつ私は言った。

 それに対して、カリスは溜め息混じりに剣を下ろす。

「今は、ね。だが、役目を終えたら話は変わる。お前が役目を終えるまで、私は恨みを溜めておくよ。絶対に逃がさないし、絶対に殺されはしない」

 その目の奥に揺らぐ炎のようなものに気付いて、私は口を閉じた。

 私は彼女の伴侶を殺した。その事実は変わらないし、変えようとも思わない。彼女は人狼に過ぎないし、魔力さえ戻ってくれば今すぐにでも殺したいと思う存在。欲望を満たすための獲物でしかない。

 今だけが特別な状況なのだ。

 ふとカリスが顔を上げた。

「どうやら」

 気だるそうな声で彼女は告げる。

「お前の迎えが来たようだ」

 その言葉を聞いて、私はやっと気付くことが出来た。

 何かがこちらに向かって近づいて来ている。その気配はすぐに正体がつかめた。私は岩場の隙間から頭を出した。

 塵のなくなった世界の見晴らしはとてもいい。

 その向こうから、闇夜に紛れるような色の体毛に覆われた獣が走って来るのが見えた。その背中にいるのは、短剣を携えた人間の女の姿。

 ルーナとニフだ。

 二人は私に気付き、まっすぐ接近してきた。

「アマリリス!」

 ニフの声が響く。

「何処をほっつき歩いてたのさ!」

 二人は気付いていない。この岩場の中に狼が潜んでいる事を。

 私は慌てて振り返った。

 カリスは魔女狩りの剣を持ったまま遊ぶように揺らしている。起きあがるつもりは一切ないらしい。だが、まだ分からない。来ないと思わせて来るのが人狼という生き物なのだ。私は殺せないと言った彼女だが、あの二人を見逃してくれるとは言っていない。

「二人には手を出さないで」

 私はカリスに言った。

「お願いよ――」

 カリスは失笑する。

 聞いてくれるのか、くれないのか、その様子からは全く分からない。

「アマリリス?」

 ニフが問いかけてくる。

 視線を戻せば、怪訝そうな顔がそこにあった。

「誰かいるのか?」

 その時、ルーナが立ち止まった。

 毛を逆立て、野太い唸り声をあげ始めた。

「ルーナ」

 私の呼びかけにも応じず、ルーナはただ私の背後へと目を向けている。カリスに気付いたのだ。ニフだけがそんなルーナの様子に困惑している。

「行くといい」

 背後でカリスが言った。

「追いかけもしないし、襲ったりもしないよ」

 カリスは私の姿には目を向けず、ただ剣を見つめていた。

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