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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
四章 グリフォス
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2.助太刀

 どうやらカリスにまたしても助けられたらしい。

 いや、これを「助けられた」と言ってもいいのだろか。彼女は私を殺したいから助けているのだ。矛盾しているようだが、きっと彼女の中では矛盾してはいないのだろう。

 それよりも、私は不快になっていた。

 彼女に密着されているだけで、欲が溢れそうになる。

 さがというものは魔女が身を滅ぼす要因だ。このまま長くカリスに捕まっていると、気でも狂ってしまうかもしれない。

「カリス」

 放して、と懇願しようとした言葉は殺されてしまった。カリスに腹をきつく絞められたせいだ。吐き気を抑えながら、私はカリスの力に従った。こうしている間にも、どんどん欲望は掻きたてられていく。

 殺したい。

 後ろにいるこの女を。たった今、私を助けてくれたこの女を殺してしまいたい。

 動かない身体の中で、そんな感情だけが空回りしていた。

「じっとしていろ」

 脅すような口調でそう言うと、カリスはグリフォスに注意を向けはじめた。人狼の目にはあの女が何に見えるのだろうか。私には人間にしか見えない。彼女にも人間にしか見えないものなのだろうか。

 カリスが微かに唸り始める。グリフォスの異常性を嗅ぎ取ったのだろうか。

 グリフォスはそんなカリスを面白そうに見つめていた。

「綺麗な狼さん。あなた、アマリリスが何者か知っていて助けるのね?」

 甘い声が問いかけてくる。

「知っている」

 カリスはその問いに少しだけ息を漏らした。

「さすがに黙って見ている事が出来なくてね。この女はいずれ私が殺す。だから、お前にやるわけにはいかないんだ」

「なるほど。その《赤い花》に執着しているのね」

 グリフォスはますます目を細めた。

 煽っているように見えるが、カリスは全く動じない。逆に、グリフォスもまた襲ってくる気配を見せなかった。

「それならいいわ」

 グリフォスが言った。

「今ここで殺しなさいよ。わたしは邪魔をしない。黙って見ていてあげる。見ているのが嫌だったら立ち去ってあげる」

 カリスが少し動揺した。

 グリフォスの言葉が意外だったのだろう。腹に爪が喰い込んでくる。もしかしたら、グリフォスの言葉通りに動くかもしれない。

 だが、カリスもまた冷静だった。

「いや、その手には乗らない」

 あっさりと拒絶した。

「悪魔の言う事なんて信用できないからね」

 カリスは不敵に笑みながらそう言った。

「――ふうん」

 グリフォスの表情が変わる。

 カリスの態度に何かが急激に冷めていったようだ。

「じゃあ、あなたもわたしの邪魔をする気?」

 穏やかな口調に脅しが含まれているのを私は見逃せなかった。

 しかし、カリスは物怖じせずに短く答える。

「さてね。この場合、どうなるんだろうね」

 そう言いつつも、カリスは殺気だった視線をグリフォスに向けていた。

 戦う気でいるのだろうか。敵う訳が無い。相手は得体の知れない存在。人狼であろうと互角に戦えるかも怪しい。

 グリフォスもまたカリスを見下すように眺めていた。

「人狼を食べたこともある」

 ぽつりと言葉を漏らす。

「そんなに美味しくなかったわ。でも――」

 うっとりとした表情が月明りに浮かび上がっていた。

「あなたの毛皮は綺麗なのでしょうね」

「生憎だが、しばらく手入れしてなくてね」

 苦笑しながらカリスは言った。

 若干だが、手に力が入っている。何かしら動くつもりだろう。もがこうにも爪が喰い込んでいてもがけない。

「それに、人間の身体を持つお前には、タイムリミットが近づいて来ているようだぞ」

 ――タイムリミット?

 カリスの言葉が気になった丁度その時、空から雪のようなものがはらりと落ちて来る事に気付いた。

 それに気付いたグリフォスが我に返ったように空を見上げる。

 雪ではない。

 何の前触れも無く降っては止む、この世界の現象。魔物の神が魔物達を憐れんでもたらしたという恵み。

 人間の身体を持つ者にとっては苦痛でしかないその物質。

 塵だ。再び降ってきた。

 途端に、グリフォスが口元を覆い始めた。苦しそうにしている。そうだ。彼女の身体はやはり人間なのだ。怪しげな術と能力で魔女である私を脅かしていたけれど、その基本は人間と何も変わらない。

「残念だったな。グリフォスとやら」

 カリスは嘲笑う。

「ついでに言っておくが、もうとっくに大社は竜族で一杯だよ」

 吠えるように言い捨てると、私の身体を強く引き寄せた。

「来るんだ。今のうちに離れるぞ」

 拒否する権限はないようだった。

 この塵が止めば、グリフォスはまた襲いかかって来るかもしれない。欲望をどうにか抑えながら、私は静かにカリスに引っ張られていった。


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