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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
一章 ルーナ
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1.赤い魔女

 しとしとと降り積もるのは雪ではなく塵だった。

 夜間にしばしば降り注ぐ肉と灰が混ざり合ったような空気は、綺麗好きの人間達にとって吐き気をもよおすほど酷い悪臭がするらしい。

 その為、普段は人の多い村の中だと言うのに、今は人間の血を引く者の全てが何処かへと潜んでいた。

 けれど、私には分からなかった。どんなに鼻に訊ねてみても、人間達の嫌う臭気そのものを感じ取ることが出来なかった。私は人間ではないのだから。

 私は魔女。魔女と呼ばれる存在。

 何かと引き換えに大きな魔力を手にした罪深い存在。

 この国の人間達は魔女というものに敏感だ。他人と何処か違う者をすぐにやり玉に挙げて、何の証拠も無いままに《神の名のもとに》と処刑を行う。魔女狩りと呼ばれる残酷な所業の犠牲となるのは、殆どが只の人間達だ。

 愚かな人間達。この世をうろつく魔物達にとって喰われる存在でしかないか弱き者。

 守ってあげるつもりはない。

 しかし、無知な人間達を食らう生き物の一つを、私は毎日のように殺していた。

 人狼と呼ばれる魔物。人間と狼の間のような存在。

 その多くは男女ともに美しい見た目をしていて、闇夜に潜む吸血鬼のように官能的であることが多い。

 私は彼らを愛していた。魔女として、愛していた。

 大地をうろつき、人狼を見つける度に追いかけて殺す。それは、私が魔力を得るために課せられた罰のようなもの。

 人間達を残酷に喰い殺す人狼を、極限まで追いつめてから殺す。その温もりが最期まで私の手に馴染むのが楽しくて、気持ち良くて、美しくて、私は人狼狩りに明け暮れた。

 自分で制御する事も出来ないような感覚だった。食欲、性欲、睡眠欲のように、人狼を殺したいという欲求は常に私の心身に刻み込まれている。

 そんな私の事は、人狼達の間でもすっかり知れ渡っていた。

 狼狩りの魔女。衣を血に染める赤き花の魔女。

 残酷非道なアマリリス。

「そうか……お前がアマリリス……」

 野太い声が私の耳に届く。

 塵の中で目を光らせて、その声の主は私を睨みつけていた。雄の人狼。美しくて逞しい肢体は、今はよく見えないけれど、しっかりと脳裏に刻み込まれている。

 塵は私達を遮り、ここが何処だったかさえも忘れさせるほど辺りを白く染めていた。

 この塵が消える前に、彼の命は消えるだろう。そして、私もこの村を立ち去る。狼だけを殺して、人間達が私の異常性に気付く前に消え去る。

「噂は知っているぞ。私のことも殺す気か……」

 警戒心の強い声が可愛らしくて仕方がなかった。

 私が一歩踏み出せば、声の主は一歩退く。

 つい昨日、罪のない人間の少女を残酷にも喰い散らかしたとは思えない程の臆病さだ。そんな愛しさに私が堪らず笑みを浮かべると、声の主が唸りだした。

「殺されるわけにはいかない……お前の悪行、ここで終わりにしてやる……」

 来るつもりだ。面白い。

 理由は何だろう。臆病な狼が自分の身を守るために逃げずに戦うなんて。理由は何だろう。だいたい察しはついている。人狼が逃げない時は、自分よりも弱い仲間や子供が近くに隠れ潜んでいる時と決まっている。

 私はしゃがみこんで、声の主の目を見つめた。その視線を深く探り、彼の存在の中枢を辿っていく。そして、私はその名を導きだした。

「来なさい。クロ」

 名前を探られたのが気に障ったのだろう。

 クロという名の人狼は、怒りを顕わにして飛び掛かってきた。非常に素直に、非常に美しく、私が期待したとおりに飛び掛かってきた。

 立派な狼の姿をしていた。

 美しい動作で私の首をかききろうと狙う。

 その姿を十分目に焼き付けてから、私は魔力を放った。細い糸が喰い込むように、私の魔力が彼の身体を襲った。避ける間もなく、彼の身体が血に染まる。呻き声を聞きながら、私は降り続ける塵の臭気を探ってみた。

 やっぱり、私には分からないらしい。

 分かるのは、傍で倒れるクロの鮮血の匂いだけ。

「クロ」

 倒れ伏す狼はまだ生きている。

 傷だらけになっても、私の姿を睨みつけるのを忘れない。ただ、その足はもう動かす事が出来なかった。切り取られてしまっては、四肢を動かす事なんて出来ない。それでも私が覗き込むと、クロは噛みつこうと首を上げた。

 痛みを忘れるほど、私の事が憎いらしい。

 私はクロに言った。

「心配しなくても、あなたの奥さんは私が可愛がってあげる」

 その瞬間、クロの表情が一変した。

 私を噛みつくことも忘れ、茫然と私の目を見つめている。そして、私の真意を探りきった後、彼は震えた声で言った。

「頼む……」

 それは、人狼としてのプライドの全てを捨てた懇願だった。

「彼女には手を出さないでくれ……」

 それが、彼の最期の言葉だった。


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