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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
三章 プシュケ
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6.生まれ変わり

 塵が降りしきる中、私はウィルによって里の外れへと連れていかれた。

 あったのは豪勢な大社のような建物。

 そこは集落からも少々離れたような場所で、旅人等が不用意に訪れないように見張りが立てられているらしかった。

 塵が降っている今、見張りはいない。

 見張りは人間がやるらしく、彼らが見張っているのは同じ人間だけであるそうだ。では、塵の降る時間、魔族や魔物は誰が見張るのか。

 その答えは建物の入口にあった。

 三神獣をかたどった像にはまじないがかけられており、それを解けるのはウィルただ一人であるらしい。これがあれば、悪意のある魔族と魔物を弾くことが出来る。塵が降っていようといまいと、見張りとまじないで中には入れないようになっているそうだ。

 しかし、最近ではその二重の守りも信用できないことがあるらしい。

「ここには私の他に三人の竜族が住んでいます。いずれも、里の人間の見張りと、呪いで弾けない存在の接近に備えての事です」

 ウィルはそう説明しながら、呪いを解く。

 扉が開かれ、入るように促されて、私は思わず怖気づいてしまった。

「ここは……一体……」

 ようやく出たその言葉を向けても、ウィルは手招きしかしない。

「詳しくは中で。どうか……」

 周囲を窺いながらウィルは私を招く。

 どうやら、今もその弾けない存在とやらに怯えているらしい。

 私は恐れを押し殺して、どうにか足を踏み入れた。

 大社のような、といったが、本当に大社だった。建物の中は民宿などよりもずっと頑丈に作られていて、あちらこちらに温かな炎が灯されている。

 入口から入ってすぐには広間があり、その先には小さな入口が何か所もあって、様々な間に続いているらしい。その厳かな雰囲気からは、勝手にうろついてはいけないような空気が伝わってきた。

 私はウィルに従った。ウィルは迷いなく進み、私を案内する。出来るだけ早く、《その御方》とやらに会わせたいらしい。

 ウィルの後に続きながら、私は神話を思い出していた。そして、ヒレンと共に巡った聖なる場所の事を思い出していた。大いなる空、大いなる地、大いなる海。それぞれの近辺には町があり、そこに暮らしている人々は聖地を巡る人々のために様々な話を教えてくれた。そのどこでも聞かされるのが、現在の巫女についての話。

 ――巫女。

 彼女達は必ず決まった里で生まれ、年頃になると儀式が行われる。他の二神獣の元で祝福を受け、永遠の忠誠を誓うべき相手の元へと向かい、捧げられるのだ。

 人間達を守る海の獣リヴァイアサン。

 彼女に最初に捧げられたのはマルという人間の娘。

 そう。このマルの里とは、リヴァイアサンに最初に捧げられた海の供物の生まれ故郷なのだ。それ以来、ここではマルの生まれ変わりと呼ばれる娘が一つの時代に必ず一人生まれてくる。

 ここは海の供物を育む場所。

 リヴァイアサンからの預かり物を大切に守る場所なのだ。

 ウィルに案内された先は、竜族の青年一人が見張りをしており、扉もしっかりと施錠されていた。

 ウィルの一言で扉は開かれる。

 現れたのは、窓も無いような檻のような部屋。けれど、豪勢な家具と装飾は、この里の誰のものよりも明らかに格が高かった。そして、その部屋の中心で静かに座りこむ見事な衣装の人間の少女を目にした時、私は思わず膝をつきそうになった。

 相手が何者なのか、一瞬で分かってしまったのだ。

 後ろで扉が閉められた音がしたが、振り返るのも躊躇ってしまうほど、私は目の前の少女に目を奪われていた。

「海巫女様……」

 ウィルが少女に向かって告げた。

「彼女が人狼狩りの魔女、アマリリスさんです」

 私が直接言ってもいない事を、平然とウィルは言ってのけた。

 これが竜族。並々ならぬその魔力でさまざまな事を見通しながら、そのことを無駄に口から滑らせない。

「この人が、魔女……」

 巫女と呼ばれた少女が、美しい瞳で私を見つめてきた。

「あなたが、アマリリス……」

 穢れを許されない瞳が私を見つめている。塵に塗れ、薄汚れた欲望を満たし続けてきた私の姿を。巫女に見つめられれば見つめられるほど、何かが私の身体を根底から揺さぶって来るかのような感覚に陥った。

「あなたが、獣と人を引き連れた赤い花……」

 謎めいた言葉を口走りながら、巫女は目を潤ませた。

 私が黙ったまま耳を傾けているのを見つめ、丁寧に、そして淑やかに、この私に向かって一礼をした。

「申し遅れました」

 巫女はそう付け加え、落ち着いた口調で語り始めた。

「わたしは、海巫女。この里に生まれ落ち、やがては我が主リヴァイアサンの元へと帰る海の供物……」

 巫女が顔を上げ、私をじっと見つめる。

 その幼げな声すらも神々しく聞こえてしまうのは何故だろう。

「マルの生まれ変わり、プシュケです」

 プシュケと名乗ったその少女はひと目見ただけで、魔女である私でも手を出してはいけないと分かる神聖な存在だった。


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