3.マルの里
竜族の男はまじまじと私達を見つめていた。
彼と共に出てきた老人二人は、そんな男の様子に気づき、不思議そうに私達を見比べていた。彼らには私達の異様さが分からないのだろう。この老人たちは人間の血しか引いていないのだから。
私達が黙っていると、竜族の男が歩み出した。
ルーナが怯え、ニフも私を窺った。
彼女達にも彼が何らかの魔族である事は分かるのだろう。竜族をひと目見て、それが人間であると思う者など殆ど居ない。彼らは竜の目と呼ばれる爬虫類のような瞳を持ち、鰭のような耳がある。個体によっては鱗もあるのだ。
目の前の男には鱗はない。だが、鰭のような耳と真っ赤な爬虫類の目が私達を見ている。そんな彼を見て、ただの人間であると思う者がいるだろうか。
多分その者は、人間というものを知らない。
「あなた達は誰です? この里に何をしに来たのですか?」
丁寧に、礼儀正しく、竜族の男は訊ねてきた。
老人二人も彼にすべてを任せているようだ。その様子だけで分かる。彼はこの里にとって地位のある者だ。それも、人間達を怯えさせているわけではなく、深い信頼を得ているように見える。
私は竜族の男に向かって一礼をした。
「初めまして、私はアマリリス。狼を狩ることに魂をかけた旅の者です」
そう言って、私はちらりと竜族の男を見つめた。
「この里へは羽を休められないかと参りました。もしもお邪魔でなければ、ぜひとも私どもの滞在をお許しくださいませ」
彼は表情を変えずに私を見ている。彼には私の正体などお見通しだ。その竜の目を誤魔化す事なんて出来ない。隠す必要などまったくない。だが、敢えて言う必要も無い。私のこの一言で、彼には十分私の事が伝わったはずだ。
彼は小さく目で頷くと、口を開いた。
「なるほど、旅の方ですか」
思った通り、彼はそれ以上私の正体について追及しては来なかった。竜族とはそういうものだ。不必要な争いを生みだす様な真似はしない。必要と判断するまでは、彼は両脇にいる老人にすら私の正体を言わないだろう。
「そちらの御二方は?」
彼の静かな問いに、私は素直に応えた。
「ルーナとニフテリザです。私の連れに過ぎません。長旅で身なりも汚れて見えるかもしれませんが、二人とも中身は穏やかで慎ましい淑女です」
「そのようですね。私の目にも確かにそう見えます」
竜族の男は穏やかにそう言うと、改めて私達に向かって胸に手を当てた。
「初めまして、アマリリスさん、ルーナさん、そしてニフテリザさん。私はウィル。ここ、マルの里を長老がたと共に取り仕切っている者です」
ウィル。そう名乗った竜族の男が一礼をすると、長老たちもまた丁寧に頭を下げてきた。私もそれに倣い、慎重に頭を下げる。ウィルはともかく、人間である長老たちに不審に思われたら終わりだ。ここに居座る事が出来なくなってしまう。
生憎、老人たちが私に対して懐疑的な眼差しを向ける事はなかった。
ウィルという男がそれだけ信用されているのだろう。それとも、何か別の理由があるのだろうか。内心あらゆる思いを巡らせながら、私は彼らを見つめた。
「あなた達の滞在を歓迎しましょう。ただ、私共は今、問題を抱えておりまして、大変申し訳ありませんが、あなた達の御相手をしている余裕がありません。代わりに民宿を用意させますので、どうかそこで羽を御休めください」
申し訳なさそうに彼は言った。
問題というものが妙に気になったが、深く首を突っ込むべき事でもないだろう。私は穏やかな声を意識して答えた。
「お気遣い感謝します。疲れを癒し、支度を整え次第、私共は立ち去ります。ですから、どうかお構いなく」
私が目を細めると、ウィルは若干憂いを帯びたような表情を見せた。
その問題とは、そうとう厄介なものらしい。ならば尚更、進んで首を突っ込む事はしない方がいいだろう。
「それがいいでしょう」
ウィルは小声でそう言うと、私達の後ろへと視線を移した。
「旅の方の御相手をお願いします」
彼の声が里中に響く。
少しも経たない内に、数名の人間達が駆けつけてきた。その中には、先程、私達を警戒していた者もいるだろう。
「失礼を、旅のお嬢さん方。どうかこちらへ」
ウィルの指示があったからだろう。
その誰もが恐れを隠し、率先して私達を案内し始めた。少々怯えている様子のルーナの手を握り、私は素直にその案内に従う姿勢を見せた。ニフもまた私の行動に従って警戒を完全に解いていた。
私達が踵を返すと、ふとウィルが口を開いた。
「アマリリスさん……」
呼びとめられた気がして、私はそっと振り返った。
彼の表情には再び憂いが戻っている。何かを訴えたいようなその目に、私は思わず目を逸らしそうになった。
そんな私の感情を察したのか、ウィルは再び微笑みを取り戻して言った。
「どうか、ごゆっくり」
何かを呑み込んで産んだその言葉。
そんな彼の様子を長老たちだけが心配そうに見つめている。
魔女である私にはなんとなく分かってしまった。彼が求めていること。彼が言いたかったこと。彼が抱えていること。
だが、分かったからといって、何をしようとも思わなかった。
「ありがとうございます」
私は冷静にそう答え、案内人達に従った。




