表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
三章 プシュケ
25/213

3.マルの里

 竜族の男はまじまじと私達を見つめていた。

 彼と共に出てきた老人二人は、そんな男の様子に気づき、不思議そうに私達を見比べていた。彼らには私達の異様さが分からないのだろう。この老人たちは人間の血しか引いていないのだから。

 私達が黙っていると、竜族の男が歩み出した。

 ルーナが怯え、ニフも私を窺った。

 彼女達にも彼が何らかの魔族である事は分かるのだろう。竜族をひと目見て、それが人間であると思う者など殆ど居ない。彼らは竜の目と呼ばれる爬虫類のような瞳を持ち、ひれのような耳がある。個体によってはうろこもあるのだ。

 目の前の男には鱗はない。だが、ひれのような耳と真っ赤な爬虫類の目が私達を見ている。そんな彼を見て、ただの人間であると思う者がいるだろうか。

 多分その者は、人間というものを知らない。

「あなた達は誰です? この里に何をしに来たのですか?」

 丁寧に、礼儀正しく、竜族の男は訊ねてきた。

 老人二人も彼にすべてを任せているようだ。その様子だけで分かる。彼はこの里にとって地位のある者だ。それも、人間達を怯えさせているわけではなく、深い信頼を得ているように見える。

 私は竜族の男に向かって一礼をした。

「初めまして、私はアマリリス。狼を狩ることに魂をかけた旅の者です」

 そう言って、私はちらりと竜族の男を見つめた。

「この里へは羽を休められないかと参りました。もしもお邪魔でなければ、ぜひとも私どもの滞在をお許しくださいませ」

 彼は表情を変えずに私を見ている。彼には私の正体などお見通しだ。その竜の目を誤魔化す事なんて出来ない。隠す必要などまったくない。だが、敢えて言う必要も無い。私のこの一言で、彼には十分私の事が伝わったはずだ。

 彼は小さく目で頷くと、口を開いた。

「なるほど、旅の方ですか」

 思った通り、彼はそれ以上私の正体について追及しては来なかった。竜族とはそういうものだ。不必要な争いを生みだす様な真似はしない。必要と判断するまでは、彼は両脇にいる老人にすら私の正体を言わないだろう。

「そちらの御二方は?」

 彼の静かな問いに、私は素直に応えた。

「ルーナとニフテリザです。私の連れに過ぎません。長旅で身なりも汚れて見えるかもしれませんが、二人とも中身は穏やかで慎ましい淑女です」

「そのようですね。私の目にも確かにそう見えます」

 竜族の男は穏やかにそう言うと、改めて私達に向かって胸に手を当てた。

「初めまして、アマリリスさん、ルーナさん、そしてニフテリザさん。私はウィル。ここ、マルの里を長老がたと共に取り仕切っている者です」

 ウィル。そう名乗った竜族の男が一礼をすると、長老たちもまた丁寧に頭を下げてきた。私もそれにならい、慎重に頭を下げる。ウィルはともかく、人間である長老たちに不審に思われたら終わりだ。ここに居座る事が出来なくなってしまう。

 生憎、老人たちが私に対して懐疑的な眼差しを向ける事はなかった。

 ウィルという男がそれだけ信用されているのだろう。それとも、何か別の理由があるのだろうか。内心あらゆる思いを巡らせながら、私は彼らを見つめた。

「あなた達の滞在を歓迎しましょう。ただ、私共は今、問題を抱えておりまして、大変申し訳ありませんが、あなた達の御相手をしている余裕がありません。代わりに民宿を用意させますので、どうかそこで羽を御休めください」

 申し訳なさそうに彼は言った。

 問題というものが妙に気になったが、深く首を突っ込むべき事でもないだろう。私は穏やかな声を意識して答えた。

「お気遣い感謝します。疲れを癒し、支度を整え次第、私共は立ち去ります。ですから、どうかお構いなく」

 私が目を細めると、ウィルは若干憂いを帯びたような表情を見せた。

 その問題とは、そうとう厄介なものらしい。ならば尚更、進んで首を突っ込む事はしない方がいいだろう。

「それがいいでしょう」

 ウィルは小声でそう言うと、私達の後ろへと視線を移した。

「旅の方の御相手をお願いします」

 彼の声が里中に響く。

 少しも経たない内に、数名の人間達が駆けつけてきた。その中には、先程、私達を警戒していた者もいるだろう。

「失礼を、旅のお嬢さん方。どうかこちらへ」

 ウィルの指示があったからだろう。

 その誰もが恐れを隠し、率先して私達を案内し始めた。少々怯えている様子のルーナの手を握り、私は素直にその案内に従う姿勢を見せた。ニフもまた私の行動に従って警戒を完全に解いていた。

 私達が踵を返すと、ふとウィルが口を開いた。

「アマリリスさん……」

 呼びとめられた気がして、私はそっと振り返った。

 彼の表情には再び憂いが戻っている。何かを訴えたいようなその目に、私は思わず目を逸らしそうになった。

 そんな私の感情を察したのか、ウィルは再び微笑みを取り戻して言った。

「どうか、ごゆっくり」

 何かを呑み込んで産んだその言葉。

 そんな彼の様子を長老たちだけが心配そうに見つめている。

 魔女である私にはなんとなく分かってしまった。彼が求めていること。彼が言いたかったこと。彼が抱えていること。

 だが、分かったからといって、何をしようとも思わなかった。

「ありがとうございます」

 私は冷静にそう答え、案内人達に従った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ