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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
七章 アマリリス
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6.ある青年の死に様

 全てが終わった後に、私は頼まれていることがある。

 巫女に選ばれた《赤い花》の生き残りとして、勇者として、操り人形となったアマリリスという魔女に、託されていることがあるのだ。

 それは断罪。

 彼女自身がゲネシスを断罪する身でありながら、彼女もまた私に断罪を求めてきた。その理由はつまらないものだった。人間が人間でありながら、鶏を食らうことを悔やんでその罪を鶏に裁いてもらうようなもの。

 ばかばかしい。

 けれど、哀れだった。

 魔女の性はそれほどまでに苦しいものだったのだとその時になって知る事となったのだ。彼女は私を殺せない。殺せなくなってしまった。最初はただの恐れだったかもしれないが、今は違う。全く違う感情が、今の彼女には生まれてしまっている。

 でもそれは、きっと役目を終えたアマリリスから没収されるものだろう。

 勇者じゃなくなれば、アマリリスには魔女の性が戻る。そうなれば次に彼女を襲うのは飢え。魔女としての飢えが彼女を狂わせ、その本能がすぐ傍に居る私を食えと命じることだろう。そんな未来がよく見える。

 大人しく喰われるつもりはない。

 かつてそれはクロの為だった。亡き夫、今でも愛する伴侶の無念の為に、アマリリスと戦って勝つことが目的だった。

 でも――でも、今は変わった。

 アマリリスが死にたがっている。

 断罪という名の死を求めている。魔女の性は死ななくては解放されない。永遠に存在し続けるのならば、永遠に付きまとって来る影となるだろう。そして、いつかはその影との付き合いを誤り、破滅へと向かう。それが魔女だ。

 アマリリスが一体どのくらい生きているかは知らない。

 だが、彼女はもう自分の終わりを決めてしまった。

 ニフテリザが知ったらどう思うだろう。今だって竜の町でアマリリスの帰還を信じて待っているだろうに。でも、そんな事はアマリリスの心には響かない。彼女が気にしていたのはニフテリザ自身の今後のみ。それと自分の未来とは話が別ということだろう。

「その願いを叶えてやりたいのなら、今すぐに叶えてやればいいじゃない」

 グリフォスが私を煽る。

「あなたがどうしてもと望むのなら、選ばれしあの《赤い花》はあなたにあげてもいい。ゲネシスには違う《赤い花》を与えればいいもの。たとえば、この森の近くに隠れ住む魔女が大切にしている幼い花とか」

 ローザの顔が頭を過ぎる。

 カタリナが抱える《赤い花》の子供。壁に囲ませ、厳重に管理しているが、この女の助力があればゲネシスにも簡単に奪えることだろう。

 アマリリスが負け、好き勝手させれば全ての芽を摘まれるかもしれない。そう、負けさせてはいけない。それがクロの愛したこの世界を守るための条件。

 目に見えている誘惑に負けてはいけない。

 そうでなければ何のために――何のために私は憎しみを抑えてきたというのだ。

 ――私を殺すなら殺すがいい。

 言葉を失った獣として、私はグリフォスを睨み続けた。

 ――何を言われようとこの意思は変わらない。

 アマリリスがゲネシスを討ちとるその瞬間まで、私はアマリリスに寄り添う犬であり続けよう。もしもその為に殺されるのなら、後悔はない。彼女を裏切って、クロの生きたこの世界の全てを裏切るくらいなら、アマリリスの頼みを叶えられない方がましだ。

 ――殺せ、悪魔め。

 牙を剥いて唸る私を、グリフォスが蔑む。

「そんなに死にたいのなら、今すぐに喰い殺してあげる」

 たしか、人狼は好みじゃないと言っていたか。

 なら面白い。好みでもない味を嫌々食らうがいい。だが、黙って喰われるなんてことはあり得ない。

 ――貴様も道連れだ。

 奴に奪われた力は私では取り戻せない。しかし、奪われたからといって抗わないのでは意味がない。必死に、私は思い描いた。この女に一矢報いるということ。その想像を頭の中に浮かべ、そして身体を動かした。

 奪われているのはただの筋力ではない。

 抗うという心の根底のようなもの。

「――これで終わりよ。あの世で後悔なさい」

 グリフォスの集中が私に向けられる。その目は既に羊を捕える狼のような色をしている。

 そんな時だった。

 強い衝撃が私たちを襲い、グリフォスの身体を大きく揺さぶった。熱気のようなものが私の身体に伝わってくる。直撃を受けたグリフォスはすぐに立ち上がれず、そのまま無様にも床に崩れ落ちる。

 死んではいない。だが、人間の肉体には強過ぎる刺激。

 放ったのは、アマリリスだ。ゲネシスと戦っていたはずの彼女が、私の危機に気付いて救ったのだ。

 見れば、アマリリスが半ば茫然とした様子でこちらを見ている。定まらない自我の中で、どうにか私を救ったのだろう。しかし、忘れてはいないだろうか。お前はゲネシスと戦っているのだぞ。

 ――あの馬鹿。

 飛び込む私をグリフォスは追っても来られない。だが、私は私で焦っていた。今の一撃は大きな隙を産んだ。ゲネシスがそれを逃すわけがない。

 ――間に合え!

 足なんて千切れてしまってもいい。風となって身体が擦り切れてもいい。そのくらいの思いで私はアマリリスの元へと走った。だが、間に合いそうにない。私とアマリリスの間は、絶望的なくらい距離が開いていた。

 だが、そこへさらに別の介入があった。

「また、会いましたね」

 冷ややかな声。無感情な声が響いたかと思えば、いつの間にかアマリリスとゲネシスの間に割って入る何者かの影があった。

 ――ウィル。

 竜族の青年。プシュケを殺され、罪人を恨んだその人物。その名を思い出し、私の足が止まると同時に、ゲネシスの身体をウィルの持つ大剣が襲った。罪人の荒々しい目がウィルを新たな敵として睨む。

「ウィル……」

 アマリリスが朦朧とした様子で何とかその名前を呟いた。

 その姿に、ウィルは乾いた笑みを浮かべた。

「すっかり、勇者様となってしまったのですね。羨ましいくらいです」

 ウィルもまたかつてのような印象は何処にも残っていない。

「こいつは我らが母の仇、そして、あちらに転がる女は、我らが巫女プシュケ様の仇。その為ならば、命など惜しくはありません」

 自分に言い聞かせるかのように、彼は動きだす。ほぼ同時に、ゲネシスも動いた。

 アマリリスだけが取り残された。その隙に、私はアマリリスの横へと近づくも、アマリリスはまだウィルとゲネシスの戦いに惚けてばっかりいた。

 ――アマリリス。

 吠えてみるも、アマリリスは動こうとしない。

 仕方ない。どうせグリフォスは動けないのだ。アマリリスを置いて、私はゲネシスとウィルの戦乱に飛び込んだ。このまま二人きりで戦わせているわけにはいかなかった。

 人間と竜族。普通に考えれば勝つのは竜族だ。しかし、ゲネシスはもはやただの人間ではない。三神獣を殺してしまった大罪人なのだ。

 ――ウィル、退くんだ!

 吠えながら指示を送り、彼の退路を作るべくゲネシスを襲った。

 竜族ならば今の私の言葉も分かるはずだろう。しかし、ウィルは引きさがらなかった。彼の頭にあるのはプシュケを失った悲しみと、悔しさと、恨みばかりだろう。

 ――それではいけないのだ!

「大罪人。お前だけは許さない」

 ウィルが大剣を振るってゲネシスの命を狙う。ゲネシスの方はただ黙ったままその隙を窺っている。全ては時間の問題だった。

「ウィル!」

 ようやくアマリリスが意識を定め、叫んだ。魔力と断罪の剣。これらを駆使して引き下がらせることは出来ないわけでもないだろう。

「ウィル、もういい、離れて!」

 しかし、ゲネシスはアマリリスを警戒していた。ウィルなど、最初から相手に思っていなかったのだろう。

 退く事を知らないウィル。そもそも、退く気なんてなかったのだろう。それでも、私は助けてやりたかった。怨みに任せて身を滅ぼそうとする姿が、放っておけなかった。

 ――ウィル、下がるんだ!

 その姿があまりにも、あまりにも、他人のようには思えなくて。

 けれど、ゲネシスは強かった。

「勇者様……いいえ、アマリリスさん」

 その瞬間が分かったのだろう。ウィルが言葉を残した。

「どうか、あなたに御武運がありますよう」

 呪われた剣。ジズもベヒモスもそしてリヴァイアサンも犠牲になったその剣は、ウィルの身体を斬り裂くことに苦労なんてしなかった。吐息のような悲鳴があがり、ウィルの身体から呪いで穢された血が流れ出す。そうして動きの鈍った彼を、ゲネシスは容赦なく斬りつけ、首を刎ねようと睨み付ける。

 ――ゲネシス、駄目だ!

 言葉にならないのが悔しかった。それだけはさせまいと遅れて飛び掛かる私を、ゲネシスは冷静に弾き返した。突き飛ばされて床に投げ出される私を、ウィルに止めを刺そうとしたその目で見つめている。

「カリス、逃げて!」 

 冷静さを取り戻したアマリリスがそう叫んだが、間に合わなかった。

 ――頼む、ゲネシス。もうやめてくれ。

 心の中で縋ったそのすぐ後に、痛みは訪れた。

 激しい熱さを感じながら、見下ろしてくるゲネシスの表情を見つめる。かつて魔女狩りの剣だった呪いの刃。しかし、持っている武器よりもずっと、その表情が恐ろしかった。

 無表情だ。ウィルや私を斬った事に戸惑いも感じていなければ、苛立ちすら感じてない。無感情。魂の宿っていないような顔だった。

 倒れ伏す私を見届けると、ゲネシスはゆっくりとウィルの近くへと歩み寄った。

 アマリリスは間に合わない。彼女の魔術がゲネシスの注意を逸らそうとしたが、その魔術は遠くで傷を抱えるグリフォスが力を振り絞って打ち消してしまった。

 そして、ゲネシスの剣の切っ先が、ウィルの身体へと突きつけられる。

「お前の姿は似ている」

 魂の抜けたような声が、ゲネシスの口から漏れだす。

 向けられているのは、今際を彷徨うウィルの姿。もがきながら、ゲネシスをまだ怨んでいるのだろう表情を見つめるゲネシスの目から、涙が零れたような気がした。

「何故だろう、お前の姿は私によく似ているんだ」

 そして、涙が枯れぬうちに、止めはさされてしまった。


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