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AMARYLLIS(旧版)  作者: ねこじゃ・じぇねこ
二章 ニフテリザ
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7.追跡者

 現れたのは人狼とは全くタイプの違う顔立ちの男だった。

 私の好みではないけれど、人間達の中には彼をひと目見ただけで恋に落ちてしまう者がいるかもしれない。

 それは、吸血鬼という魔物の性質がなかったとしても言える、外見上の長所の話だ。

 獣の姿のままのルーナとそれに跨る人間の女を下がらせて、私は男を睨んだ。男もまた、私をじっと見据えていた。

 どうして追ってきたのか分からない。

 だが、決して友好的な理由ではないようだった。彼はしばし私を見つめていたが、やがて、周囲をちらりと見渡した。

「何だろう。やけに騒がしい気配だな」

 気取ったような声で彼は言う。

「君を追いかけている人は沢山いるようだね、アマリリス」

 瞬時に名前を読みとられてしまった。

 それは彼に宿る魔力が並々ならぬものである証拠だ。対する私は、未だに彼の名を読み取ることが出来ていない。

「それにしても驚いたよ。いるのは分かっていたが、まさか手を出すなんて。低俗な鬼どもの依頼をあっさり引き受けてしまうなんて、お人好しが過ぎるんじゃないかい?」

「そんな事も分かってしまうのね」

 私は半ば感心してしまった。

 普段命を奪っているような魔物達とは比べ物にならない。圧倒的な力を持て余して存在し続ける事は、さぞ退屈な事だろう。

「お人好しなわけじゃないわ。ただ、つまらないから人間達をからかっただけ。あなたの気分を害したのなら謝るわ。だから、もう追いかけてこないでくれる?」

 出来るだけ丁寧に、私は頼んでみた。

 そんな私の態度に、吸血鬼は呆れたような表情を見せる。

「そんな薄っぺらい謝罪で満足するくらいなら最初から追いかけてこないさ。私が追いかけてきたのは、別に怒っているからではない。そちらに控えるレディに今一度会いたかったからさ」

 吸血鬼の視線が女に向いた。

 女の表情が強張っている。罪を着せてきた相手だ。恨んでもいいはず。けれど、私は奇妙な事に気付いた。女の見せる表情が、怒りよりも哀しみの方が勝っている気がしたのだ。

 吸血鬼が微笑みかける。

「ああ、ニフ。助け出されてよかったねえ」

 わざとらしく彼は言う。

 その言葉に震えながら、ニフと呼ばれた女は目を背けた。

「どうして……ハノ、どうしてなの……」

 ハノ。読みとる前に、ニフの口から漏れた。吸血鬼の名前だろう。ハノと呼ばれた吸血鬼は黙ったまま首を横に振った。

 近づこうとする前に、私は阻んだ。彼もまた魔物に違いないのだ。ニフやルーナに近づけない方がいい。

「無粋なものだね、アマリリス」

 ハノが私を見つめて言った。

「ちょっと退いてくれないか? ニフとゆっくり話がしたいんだ」

「何だかよく分からないけれど、出来ない相談だわ」

「おや、頭が固いね。ニフは私と話したいようなのだけれど……」

「彼女がそうでも、あなたがそうじゃない事くらい私には分かるのよ。あなた、ニフの血を飲みたくてしかたないって思っているのでしょう?」

 私が問うとハノは黙りこんだ。

 その目はただ私を見つめている。だが揺らぐことのない瞳の奥では、私に対する殺気が芽生えているのがよく分かった。

 それは、私が人狼狩りを阻まれた時に抱く感情と同じものかもしれない。

「そうか」

 しばらくしてからハノは言った。

「君はどうやら愚かな魔女のようだ。汚らしい狼だけ狩っていればいいものを、まさか私の邪魔をしようだなんて」

 冷静さを装っているが、その内面は苛立っている。

 私にゆっくりと近寄り、彼は目を光らせ始めた。

「大人しくその女を寄こせば見逃してやろうと思っていたのだが、もう遅い。まずは君を黙らせる事にしようか」

 ハノの殺気が私に向いた。

 私はすぐにルーナに告げた。

「ルーナ、その人を連れて逃げなさい。魔物達に気をつけて」

「え……でも!」

「いいから早く!」

 ルーナの返答を待たずに、私は魔力を放った。

 何でもいい。その身体に傷と怯みを作ることが出来れば、それで十分過ぎるほどだ。だが、私の攻撃は虚しいものだった。全力で放ったはずの魔力も、ハノの手で容易く受け止められてしまったのだ。

「アマリリス……」

 ルーナが不安げな声をあげる。

 私が不利だと言う事はさすがに分かるのだろう。

 ハノは人狼ではない。吸血鬼は人狼とは違って身体能力も低く、動ける時間にも制約があるようだが、その分、けた外れの魔力を秘めている。そんな吸血鬼にとって、私の放つ魔力など赤子にも劣るのだろう。

 魔女として生まれた私も、所詮は魔物の血の薄い出来そこない。高貴な彼にとっては、血を吸う楽しみすら見いだせない虫けらも同然だろう。

「それだけかい?」

 ハノが目を細めた。

「それなら、遊びは終わりだ」

 彼の周りで空気が渦巻く。

 私が起こせる風よりも、ずっと安定している。その力が放たれる時、私の存在の全てが彼の気分にかかってしまうだろう。

 覚悟を決める他なかった。こんな詰まらない依頼を引き受けてばかりに、と悪態を吐く余裕もなかった。

 ハノは勝利を確信していることだろう。私も敗北を確信していた。

 だが、そんな時だった。

 急速に近づいてきた気配に気づいて、ハノがそれに気を取られた。私もまた、その気配に気づき、惚けてしまった。

 私達を追いかけていた気配のうちの一つが、やっとこの場に辿り着いた。

 それは、今も何処かで距離を取りながら見つめているらしいカリスの気配ではない。もっと違う類の、複数の気配が、勢いそのままに私達のいる場所へと飛び込んできた。

 人食い鬼達。

 私にニフを助けるように依頼した若者たちが、今、駆けつけた。


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